異世界召喚(笑)
どこにでもいるような高校生、瀬田翔太は今、目の前で起きていることを未だに信じられずにいた。
さかのぼるごと二十分前。翔太は珍しく遅くまで学校にいたため、周りが暗くなっている頃に下校している途中だった。
ふと上を見ると雲一つない空、住宅街がある場所にしては珍しく幾つもの星々が輝いて見えた。あまり見ないその光景に目を奪われ、翔太はそのまま上を向きながら歩いていた。
すると突然見えていた星がみるみると小さくなっていった。
最初は何事かと思った翔太だが、すぐにその違和感の正体に気づいた。それは星が小さくなったのではなく、彼自身が星から遠ざかるように移動していた、正確に言えば落ちていた。
さっきまでこんな落とし穴のようなものはなかったはずなのにと考えるが、突然の出来事で頭がうまく働かない。その中でただ一つ分かっていたことがあるとすれば、このままではどこかに落下死するということ。
「何かないか、何かないか!?」
某猫型ロボットのようにカバンやポケットの中を探す翔太だったが、それは徒労に終わる。
なぜなら穴だと思っていたものは途中から少しずつ斜めに曲がっていて、最終的に滑り台に乗ったかのようにその道を滑って行ったからだ。
ひとまず落下死はまぬがれたということに安堵した翔太だったが、今まで体験したことのないスピードで明かり一つない道を滑っていく。
いったいこれは何なのか、どこまで行くのかという疑問が浮かんでくるが、ここである問題が彼を襲った。それはジェットコースターに乗っているかのような、一回転する箇所がいくつかあったことだった。作った人の悪意がこもっているかのように、それは見事でダイナミックな一回転。
「なにこれ怖っ、それにすげー気持ち悪い…」
何も見えないという恐怖とこれがいつまで続くか分からないというストレスにより、翔太の胃が限界を迎えようとしたとき、出口らしき光が見えた。
とりあえず状況を把握した後、こんな訳の分からないものを作ったやつを思いっきりぶん殴ろう、話はその後だと心に決めた翔太だったが、この後起きた出来事で、しばらくこの決意を忘れることになる。
ようやく出口に到着したと思い安心した翔太だったが、彼が流れ着いた場所ははるか上空だった。しかもさっきまでの星がよく見える夜空ではなく、晴れやかな青空。
翔太がその出来事に驚いていると、青空にぽっかり空いている穴はどんどん小さくなっていき、最後にはきれいに無くなった。残ったのは翔太が落下しているという事実だけ。
実を言うとその穴は翔太が中を滑って通り過ぎると同時にその箇所は消滅していたのだが、翔太は知る由もない。
一日に二回も落とされたうえに、唯一の出口まで断たれる、こういう状況のことを絶望と呼ぶのだろうと翔太は悟った。
「もうだめだ、絶対死んだ。悔いと謎が残る人生だったな」
翔太が死を覚悟したとき、何の前ぶれもなく目の前に蝶のような羽が生えた手のひらサイズの女の子が現れた。その女の子は人形のような愛らしい顔立ちで金髪をツインテールにし、花を連想させるようなデザインのひらひらとしたワンピースを着ている。
予想のはるか斜め上にいくような出来事に呆然としている翔太に、その女の子は笑顔で話しかけた。
「私の名前はテイル。このたび瀬田翔太様の冒険のナビゲーターとして神様から命じられ、あなたの元にやって来ました」
「その自己紹介は今じゃなきゃ駄目か!?とにかく助けてくれ!!」
「仕方ないですね~、では一つ貸しということで」
テイルと名乗った女の子はそんな翔太の必死の叫びをクスクスと笑いながら、ぼそっと何か呪文のようなものをつぶやいた。すると翔太が地面に激突する瞬間、落下地点にクッションでもあったかのように翔太の身体はバウンドし、そのまま弾かれたように地面に投げ出された。
どうにか落下死だけは免れた翔太はこの時ほど強く「生」を実感したことはない。
「どうしました、もしかしてちびっちゃいました?」
さっきから笑顔を絶やさない女の子のそんな言葉に無性に腹が立ったが、こんなやつでも命の恩人だという事実を自分に理解させ、翔太は思っていたことを口に出すことを控えた。
今はひとまず助かったことだけを認め、テイルと名乗る女の子にここがどこなのかを尋ねた。
「ここはリドル。あなたでも分かるように言えば、ここはあなたがいた世界とは違う世界、つまり異世界です」
翔太は自分の質問に答えたテイルに、本来ならば「そんなバカな話があるか!」と言う場面だが翔太は落ちているとき確かに見た。
てっぺんは雲に隠されて見えなかったが、何色かに色分けされ、その色ごとに環境が大きく変化している異様な大地。まるで太陽のプロミネンスのような動きをする波が漂う、海のように波打つ山。付近の木々とは比べものにならないほど巨大な樹木。
どれもこれも翔太の知る世界ではありえないものばかりで、これは夢かと思ったが、吹き付ける風は優しく肌を撫で、手に付着している土にもちゃんとした感触がある。だから信じられないのに信じるしかなかった、ここが異世界だということを。
そして現在に至る。
「それで何で俺はこんなところに連れてこられたんだ?」
連れてこられたという言葉が正しいかは別として、当然の疑問を聞くと、テイルは嬉しそうにしながら答えた。
「パンパカパーン、よくぞ聞いてくれました。今回、あなたは神様の命により冒険者としてこの世界を冒険してもらいます。ちなみにあなたに拒否権はありません」
テイルが言ったことをすぐには理解できなかったが、最後の部分はすぐに理解できた。先に退路を断たれたため、せめて「嫌だ」と心の中で叫ぶ。
翔太はテイルが言ったことを頭の中で復唱しながら、精一杯理解しようとしたが、その中で気になるフレーズを見つけた。
「ちょっと待て。あんた今、『今回』って言ったがこういうのは俺だけじゃないのか?」
「はい。ちなみに前回の方は巨獣にぱっくり食べられ、ぽっくり逝きました」
前半はともかく、後半の部分は明らかに必要ない、むしろ聞きたくない情報だ。いくらテンポ良く言っても、内容のやばさは変わらない。あっさり人が死ぬような世界だと遠回しに言われたような気がした。
そんな翔太の不満そうな気持ちを無視するかのように、テイルは話を続けた。
「さて、質問はこれくらいにしてもらって、説明に入らせてもらいます。あなたにはこれからこの世界で冒険をしてもらい、自身のレベルを上げ、最終的に次の神様となってもらいます」
「まだ質問は一つしかしていないのに」というつっこみを抑えた翔太だが、さらにわけの分からないことを言い出すテイルに「いきなり神になれとかふざけているのか」と言いかけたとき、テイルがいきなり翔太の胸ポケットに入り、何かを取り出した。
「これは特質な才能と呼ばれる神様から与えられた能力について書いてあるカードです」
次から次へと分からない単語が出てくるなか、特質な才能とかいうお助けアイテムがあるということは理解できた。ひとまず、翔太はそれがいったいどんなものなのか確かめることにした。
さっそくテイルからカードを受け取り、記載されていることを読んでみる。
「えーと、“分析者”?」
「Bランクの特質な才能とは…」
テイルが残念そうにつぶやいた。しかしBランクというものがどういうものなのか分からない以上、どういうリアクションを取ればいいのか分からない、テイルの反応から見てそこまで良いものではないということは分かった。
だが、翔太はとりあえず聞いてみることにした。
「このランクってなんだ?」
「特質な才能にはそれぞれランクがあり上から順にSS、S、A、B、Cとなっています。ランクが高いほど強い特質な才能ということです」
“分析者”(Bランク)
他者の特質な才能を識ることで、それと同じ能力を発動させることができる。
※特質な才能保有限度:六種。
「つまりこの特質な才能は相手の特質な才能をコピーすることができるということか」
記載されている内容に納得した翔太だったが、テイルが即座に反論した。
「そんな便利なものじゃありませんよ。“分析者”は他者の特質な才能を知るだけでなく、発動条件や弱点を識ることで初めて使える特質な才能です。逆に言えば他者の特質な才能について今言ったことのうち、一つでも知らないことがあると特質な才能を発動させることすらできないということです」
テイルが微妙な顔をした理由が分かり、翔太もとても面倒な特質な才能だと理解した。
ここは可哀そうな主人公の唯一の希望である、なにか強い能力をもらえるという場面なのに、発動させることすら難しいモノを与えるとか神様ってのはどんな鬼畜野郎なのかと考えるが、翔太はとにかくなんでもいいから情報を集めるべきだと判断した。この理不尽な世界で生き残るために。
「なぁテイル、他に何か言うことや、言い忘れていることとかないのか?」
すると、テイルはその小さな身体のどこに入れていたのか、一枚のDVDを取り出した。
「そういえば神様からこれを渡すように言われていました。内容は知りませんが、翔太様が気になっている神様についての情報が手に入るかもしれませんよ」
ここにきて翔太がいた世界の文明の利器を出されてもどうしろというのか、情報が手に入るのは良いがDVDを渡されてもそれを見るためのテレビやDVDレコーダーがないと見ることができないだろうと言わんばかりにテイルをじっと見つめる翔太だったが、テイルはそんな翔太の考えを見透かしたように答えた。
「あちらにすでに用意していますよ」
テイルが指さした方向には必要な機材が既に準備されていた。
「なんで異世界にテレビがあるんだよ?プラグとかどこに接続してんだこれ!?」
「異世界だから出来たこと」
「そもそもこの世界に電気っていう概念があるのか?よく言う『魔法』とかで作ったのか!?」
「異世界だから出来たこと」
「そういえばこれって…」
「イセカイダカラデキタコト」
それまでの不満をぶちまけるように、おかしいところをひたすら問い詰める翔太だったが、あらゆる出来事を「異世界だから」で片付けるテイルにこれ以上は何を言っても無駄だと悟り、翔太はDVDをレコーダーに入れてテレビの電源を入れた。
画面に映っていたのは二十~三十代くらいの男で、以外にもその服装はスーツ姿、金色のネクタイで自己主張をしているようだった。そして見るからに高そうな椅子に座りながら「暇だな~」とぼやいている。
「ちょっと神様!もう映ってますよ!」
カメラマンらしき者の慌てた声に反応して、画面上の神様が嘘だろという顔で取り乱し、ひとまず身だしなみを整える。そして何事もなかったかのように話し出した。
「コホン、これを見ている若者よ。私はこの世界を管理している者、一言で言えば神だ。すでに君のもとに行ったサポーターから聞いているとは思うが、今回君には次世代の神になる挑戦権が与えられた。私からは神になるための具体的な条件と方法、そしてなぜこんなやり方で神を決めているのか、これらについて話そう」
翔太は映像を一時停止した。
たしかにほしい情報を教えてくれるのは嬉しいが、翔太は神様と名乗る男の最初の雰囲気と、さも何事もなかったかのように話すシリアスな感じが出ている今の雰囲気とのギャップが激しくてちょっとついていけなかった。テイルも笑いをこらえるので精一杯という顔をしていた。
正直に言うと想像していた「神」との違いに翔太は拍子抜けしたのだ。しかし自分のことを神だと言うような変わった人でも、たとえ情けないところをばっちり撮られてしまうような人でもこの状況について教えてくれるのだから、笑うのは大変失礼な行為だ。
だから翔太は笑わず、心の整理をして映像を再生した。
自称「神」曰く、神になるための条件とは、翔太に与えた特質な才能を最上級ランクであるSSランクにすること。
次にランクを上げるための方法だが、簡単に言えば特質な才能を多用すれば良いらしい。ただし、ただ使うのではなく、適切な場面で使うことによりその特質な才能の重要性、価値を示すことが大事。判断基準は神とその補佐官が決めたもので、その評価でランクが決まる。
「ここで注意することはランクが上がることもあれば下がることもあるということだ。だからくれぐれも悪い事はしないように。ランクの評価がかなり悪くなるうえに、場合によっては神の名のもとに断罪することもあるので悪しからず」
神のその言葉を聞いた翔太は再び映像を一時停止し、恐る恐るテイルに質問してみた。
「あの~テイルさん、神様が『断罪する』とか言っているんですけど具体的にはどんな罰があるんですか?」
「罪の裁き方は色々ありますが、私が知る中で一番の罰はその人の魂を神様のところへ強制送還させたことですかね」
遠回しの死。下手をすればその人の存在ごと消されたのかもしれない。その人はいったい何をしたのか。聞くのが怖い。
「その人の特質な才能は千里眼みたいなものでしたが、その人は冒険することをやめてその力を使い他者の立場が悪くなるような現場を見てそのことをネタに脅したり、女風呂を覗いたりしていました」
存外しょうもないことに力を使っていたが、力を使って悪さをしたということに神様は怒ったのかもしれない。決して女風呂を堂々と覗くことができることに怒ったわけではないはずだ。
「ちなみに、現在その人は、正確に言えばその魂はある程度の器を与えられ、神様にこき使われています。そういえば今言った千里眼の特質な才能ですが、そのことがきっかけで使用停止となったので、あなたの“分析者”で識っても使えませんよ」
これ以上は時間がもったいない+聞くのが怖いと判断し、翔太は映像を再生した。
「さて、最後に神の決め方について話そう。これは君たちに与えた特質な才能と深くかかわっていることだ」
正直話がとても長いため割愛、翔太なりに要点だけをまとめるとこうなる。
特質な才能は元々、今いる世界の中で足が早いことや記憶力が良いなどといった一つの才能という認識だった。そしてその事と次世代の神を決めることとは何も関係がなかった。
だがある時、神様がいる世界である天界で一番の権力があったにもかかわらず、あまり多くの者に慕われていなかった神がいた。その神はなぜ自分はこうなってしまったのかと考え、ある一つの結論を出した。
それは自分には周りに恐れられるような力や威厳がなかったから自分は他の奴らになめられているのだと。そのときに思いついたのが今回のやり方だ。このやり方なら自分の行ってきた事を他の者に伝えることができ、尚且つその者に自分の威厳を示すことができる。また培ってきた力にも拍が出る。
だが、このやり方だとどうしてもハイリスクになってしまうからやり遂げた証として神になれるというハイリターンを用意しているというわけだ。
さっきは特質な才能とは一つの才能と言ったが例に出した他のものとは明らかに違うところがある。それは輪廻転生を繰り返している人間の魂と同様に特質な才能もまた人から人に受け継がれているということだ。しかもその評価、ランクはリセットされない。
つまり自分の特質な才能を神級の能力にするのも、最低な能力にするにも自分次第ということになる。
そしてこのランクは前の持ち主の努力の結晶だから、それを無駄にするのは到底許されることじゃないと神様に念を押された。
翔太はこの時点で映像が終わると思い映像を停止させようとしたが、この後に起こったこと、正確にいえば言われたことが、翔太が神になろうと思った理由の一つになる。
「あ、そういえば言い忘れていたことがあった。君がこの世界に来た時に通った道なんだが、あれを作ったのは私だ。最初は異世界に来た者たちのとっさの判断力を計る目的で作ったんだが、今ではいい暇つぶ…、その者がどういう人間なのか見極めるいい参考にしているんだ。一目で君はとっても素晴らしい人間だと思ったよ。思い出しただけで…ブフッ、本当にあれは素晴らしいものだった。では神を目指して冒険してくれ、健闘を祈る」
翔太にとってこの世界に来て初めて殺意が沸いた瞬間だった。どれだけ怖かったことか、というより本当に死にかけた出来事だったのたが、それを見ながら爆笑していた神の姿を想像すると…
だが頭に血が上ったところで一つ疑問に思ったことがあった。
「そういえば今さらだが俺は神候補ってことだろ、それって実は結構すごい事なんじゃないのか?」
「確かに神様候補は善人に限りますが、あなたが選ばれたのはただくじ引きで当たったからですよ」
テイルから最低の真実を聞かされ、翔太はショックを隠し切れなかった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。え?そんな方法で決めてるの?そんなにあっさりしてて良いの?」
「はい。翔太様の場合ですと、確か宴会の席で決まったはずですよ」
「…ふざけるな、簡単に人の人生ぶち壊しやがって!神だからって、して良い事と悪いことがあるだろ!」
噴火のように湧き上がる感情を抑えられず、地団駄踏んで神への怒りを表現した翔太だったが、そんなことをしても無駄だと悟り、いったん頭を冷やしてから翔太は考え、そしてある決断をした。
「なぁテイル、俺決めたよ。神になってやる。そして、あのふざけた神を思いっきりぶん殴ってやる。その後にこう言ってやるんだ、『殴り返してみろよ元神様』ってな」
その発言を聞いて、いきなりテイルは吹き出し、空中で腹を抱えて笑い転げた。もちろん、翔太としては冗談で言ったつもりはないのだが。
「今まで色んな神候補を見てきましたが、神様を殴るために神様になると言う人は初めて見ました。本当に面白い方ですね、翔太様は」
翔太は思いっきり背伸びした、その表情はとてもすがすがしいものだ。
「さて目標を決めて、開き直ったところで本格的に冒険を始めるとするか。改めてこれからよろしくな、テイル」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。ではさっそく付近の町へ行きましょう」
理不尽な異世界に召喚?された翔太は吹っ切れた様子で初めの一歩を踏み出した。
今回が初投稿です。至らぬ点があったらすいません。基本的には一週間ごとに投稿しようと思っています。