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誰ソ彼×異譚  作者: 冬樹蓮
2/2

夕暮れ×異世界

眩しい。


目に飛び込んで来た赤色に眉根を寄せて寝返りひとつ。

覚醒を促す強い色に渋々ながら体を起こして目を閉じたまま手探った。

おかしい。部屋のカーテンは閉めた筈。

のそのそと光を遮ろうとしてみても目当ての布は捕まらず、諦めて目を開けた。

「は?」

絶句する。

部屋を覆うは蔦。蔦。蔦。

窓に硝子はなく、あろうことか柱から枝が伸びてなんとも緑豊かな光景。

あゝ。これは命の息吹を感じる。否、これは明らかに異常だろう。異常事態だ。エマージェンシー。

「なにこれ‥」

まさかわたしは半世紀以上も眠っていたのだろうか。そんなこたないだろう。

混乱錯綜する思考を叱咤し、見下ろして悲鳴を呑み込んだ。

「だれ?」

眠っていたシングルの狭いベッドに誰かが寝ている。


赤色のメッシュで彩られた腰まで伸びたさらさらな漆黒の髪。

日に焼けていない肌は白く、腰はくびれてキュッと細く引き締まったその女性。

小ぶりな胸は腕に潰されて身じろぐ度マシュマロの様にたぷんと揺れた。

大人の女性だ。

きっと20代前後だろう。

広がった髪が顔を隠してしまっているが同性であれこの色気には当てられる。

ごくん。生唾を飲んで見下ろして、その体を包む衣服に違う意味で体が震えた。

ショート丈のへそ出しタンクトップにダークグリーンのジーンズパンツ。なにより腰と脚に巻きついたベルトにあるのは所謂鉄砲。マグナム。銃器。映画で見た事あるぞ、これデザートイーグルってやつだ。

「あの・・?」

意を決して話しかけてみても彼女が目を覚ます様子はない。

揺すってみても「ん・・」と吐息を零すばかりで深い眠りに落ちてしまうその姿に諦めて現状を再度見つめた。


異常な部屋。

茜色の強い光。

ベッドの上の危険人物。

そこまで考えて決意した。

「よし。一度外に出てみよう。」と。


親、兄弟の姿もない自宅から一歩外へ踏み出す。

家の中も酷い有様だったが、ここまで来れば逆に爽快だ。


「すげぇ」


赤。緑。赤。緑。赤。緑。

いつもの町が苔と緑に覆われて上空からは轟々とうねりを上げる火柱が幾つも垂れ下がり、空を茜色に染め上げていた。

暑い。

じりじりと肌を焼かんばかりの熱気を受けて緑は視覚しうる勢いで増殖、成長しているのだ。

乾燥しきったひび割れた大地で、熱く熱された割れたコンクリでよくもまぁこんなに成長できるものだと命の尊さを実感する。

実感している場合じゃないが、呆然とこんなことを考えていたあたり自分は理解が追いついていなかったのだと思う。

靴底ですら溶けてしまいそうに熱いコンクリの上。

初めての世界に不安より好奇心が凌駕して緑茂る鮮やかな大輪に近づいた。

「なんだろうこれ」

見た事の無い赤い花だ。

大きくて、瑞々しくて、幼い頃に植物園で目にした南国のハイビスカスを連想させる。

両腕程もあるハイビスカスなんてはたしてあるのだろうか。

しかし。

「綺麗だ」

良い匂い。

目の前がくらりと眩む。

騙し絵の中を歩いているように足元が揺れて、まるで球体の上を歩いているように覚束ない。

それでも一歩。一歩。その花へ近づいた。

手が届く、その距離。



「触るな!!!!!!!!」



怒声にビクリと体が跳ねた。

元来人の怒声というものは慣れる事がない、慌てて振り向けば自然と体が硬直して怒鳴り散らすその人を眼鏡越しにじっと見つめた。

若い男性だ。人数は三人。

まさかこれは展示品か何かで触れてはいけなかったのだろうかと慌てて手を引っ込めて「触ってませんよアピール」をせんと上げた瞬間、見てはならないものを見てしまった。


「えっ」


目の前に、赤と黄色。

雄蕊に見えたのは黄色く、緑の粘液を零す鋭い牙で緑に茂る葉の一枚一枚に苦悶に満ち満ちた人の顔面が浮かび上がっていた。

否。人の顔の面の皮。だ。

何人、何十人の皮が熱風に煽られて茂っている。

「ヒッ!!?」

此れはなに?

此れはなに?

混乱する。困惑する。体が動かない。動け。動け。動け。

ガチガチと奥歯が噛み合わず足元にボタボタと粘液が落ちてコンクリを溶かしていく。

じゅうと爪先に落ちて靴が溶けた。

熱い。痛い。

「ぐぅ!!」

「ヒッ!?」

ばくん。

頭から喰われる妄想は回避出来たらしい。

目の前に煤汚れた白い包帯。駆け付けてくれた男性の腕に抱えられ、熱い地面に放り出されるその刹那、絶叫に顔を上げて転がるように自宅へ駆け込んだ。


「ハァッ‥!ハァツ‥!!」


見てしまった。

見てしまった。


「ヒィ・・ッ、く‥!」


人が頭から貪り食われるその様を見てしまった。

粘液で髪が溶けていく不快なにおい。

掠れる絶叫、断末魔。

ぞぶり。ぞぶり。と生き血を吸われて萎びていくその体を。


「ぅぐ・・!」

込み上げる嘔吐のまま玄関で吐き散らしながら土足のまま階段を駆け上がる。

嘘だと信じたい。

これは夢なのだ。

駆け込んだ自室の、錆びた扉をなんとか閉めてベッドに乗り上げ、窓の外を見下ろした。

「どうしよう・・!」

窓の外で、人が喰われている。

二人が火炎放射器らしい武器を手に応戦しているけれどまた一人、腕の形をした触手に捕まった。

喰われる。喰われている。

わたしを助けてくれた人はまだ生きているらしい、その人が、仲間の名前を悲痛に叫んで喉を枯らした。

罅割れた絶叫。耳が痛い。

助けてくれた人を放置して、わたしは、なにをしているの。

わたしは。

わたしは?



「化け物ぉ!!こっちだ!っ、こっちに、来てみやがれぇえええ!!!!!!!!!」



やってしまった。

やってしまった!!

痛む喉に、弾む息に、その罵声は自分のものだと今更悟る。

地面に転がって呆然と見上げる男性に迫っていた触手はピタリと動きを止めて、ゆるゆる、ゆっくりと上を向いた。

息を呑む。

緑の触手は人の腕の形をしていた。

手の平に丸い目玉が、ひとつ。

「ヒッ!!」

凄まじい勢いで迫る触手を転がり避ければ、触手は壁を破って隣室への穴を空けた。

「あ、は‥」

夢。これは夢だ。

言い聞かせる。触手がずるずると這って抜ける。

これが夢じゃなきゃなんなんだ。

言い聞かせる。目玉がぎょろりと何度も白目を剥いて、濁った黒目がわたしを映す。

暗く陰った窓の外を見上げれば赤い花。萎れた人の残骸がでろりと垂れ下がって窓の枠で洗濯物の様にはためいた。


夢だ。夢だ。夢だ。夢だ。夢だ。


見上げれば黄色い牙。

ガチガチと喧しい奥歯はこの先一生噛み合わないだろう、否、もうすぐ人生もゴールするかも。

化け物に喰われる。そんな最悪のメリーバッドエンド。で。

「たすけて」

もう笑いがこみ上げる。

せめて苦しくないよう殺してくれ。そして、あの人はなんとか逃げ延びてくれ。

体を張って人を守るなんてまるで正義のヒーローじゃないかと頭を抱えて、きつく、きつく目を閉じた。


「ばからしい」


体を張ったわたしを、誰かが嘲笑った。その瞬間。


ダァンッ!!!


「ひぃ!?」


銃声だ。

超至近距離で耳にしたその轟音に体が浮いた。

おそるおそると顔を上げればのたうつ触手。潰れた目玉。

花火のような火薬の、それに近い硝煙のにおいをこの時初めてわたしは知った。


「ゆめじゃないよ」


眠っていた筈の、あの女性だ。

煙草を咥えて、マグナムを片手に化け物と対峙しているその背中で赤交じりの黒髪がふわりと靡いた。

「死んだら何もわからないこの世界でゲームオーバー。人生もゴール。メリバオメデトウ」

女が笑う。

揶揄するように、軽い口調で。女が嗤う。

「この世界はきっと退屈しないよ。もうちょっと生きてたいなら手助けするけど?」

からん。

落ちた空っぽの薬莢を呆然と見下ろして、そして見上げた。

「助かりたい?」

「たすけてくれるの?」

「助けてあげるよ。貴方が私を信じてくれるのなら」

「私は」。と。歌うように女は綴る。

ぎぃいいいいいいいいいいい。

耳障りな金属音にも似た金切り声を上げた植物が窓枠ごと女を喰い千切らんと牙を剥いても、女は冷静に、冷静に。


「私は、なんだって出来る」


トリガーを引いて、その牙を全て叩き割った。




-to be continued-

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