6、今思えば、アクロバット
「ほらっ、ちゃんと前を向きなさい。死にたいの」
「慣れてないんだから、おっかねーよ」
「死ぬよりはマシでしょ。気合い入れなさい」
俺は今、特訓中だ。木馬に乗る特訓・・字面だけ見ればメチャクチャ恥ずかしいが、現実は非常に恐ろしい。
魔道具の木馬は、操縦方法は自転車程度で左程難しくは無いのだが、移動するのが空中なので楽にはいかない。
上下の安定が微妙で、しかも それほど高くは上がれない為、木々の上をかする様に飛ばなくてはならない。
オマケに、操縦する人の魔力の大きさで早さも変わるらしく、無駄に使えない魔力が多い地球人の俺は 恐ろしい速さの木馬(笑)を動かす羽目になった。
「あー。気持ち悪い・・」
「まぁ こんなものね。ちゃんとワイバーンも振り切ったし。今日はもう時間的に無理だから 明日行ってもらうわね」
(時間有ったら今日行く羽目になったのかよ、可愛い顔して 人使い荒いなぁ)ブチブチ
「ブチブチ文句言わないの。私だって本読みたいの我慢して付き合ったんだから。今日はしっかり休むのよ」
言われなくても疲れ果てて、メシ食べて体拭いたら直ぐに眠れたわい。宿はミャウラ達が取っててくれた。
夢も見ずにぐっすり眠って日の出近くには目が覚めた。
人間はこんな時間の使い方も出来るのか、と大発見でもした気分だった。ネットもゲームもしないで寝たなんて何年ぶりだろう。
「大丈夫か?。恐いならスピード落とすけど」
「あ、い いえ、恐くはありませんの・・乗り物は」
翌日、昨日助けた女の子クラッカスと俺は 二人だけで問題の場所に向けて飛んでいた。昨日 木馬を操縦する特訓を受けたのはこの為だ。
すっかり男性恐怖症になった彼女は 俺と居る事も恐いらしく、飛び始めてからずっとオドオドしている。
「あれか?」
彼女が示した方向に飛んでいくと、やがて 一目で分かるほど異様な高さの植物が見えてきた。
森も その一帯だけが別の場所のように不気味に変化している。
そして、まるで砂糖に群がるアリのように魔物たちが集まっていた。確かに この数で街に押し寄せたら洒落にならない。
「******。」
クラッカスは 証拠の情報を集める為、一見の水晶という魔法の道具を使っている。
「そっちの準備が出来たら教えてくれ」
「あい、今ので記録収集は終わりました。これから攻撃魔法に移行したいと思いますの。その・・手を握っていただけますか・・」
「了解。これでいいか」
「ひぅっ。問題ありません」
クラッカスが これから使うのは戦略クラスの大魔法。しかし、自分の魔力の保有限度を遥かに超える魔法の為 使ったことが無いらしい。
今回、俺が無理やり木馬の操縦を叩き込まれたのは、魔力タンクと呼べるほど魔力を内蔵しているからだ。
地球からの転移者の特徴の一つらしい。
手を繋げば勝手にそれを譲渡できるらしく、英雄と呼ばれている以前の転移者も 奥さんにコキ使われたらしい。
そういえば俺、ハッキリ見える魔法には まだお目にかかれてないな。
「********」
ググォォ。ギャークァ。キゥェェェェッ。
クラッカスが魔法の準備を始めると 明らかに場の雰囲気が変わった。全ての魔物が殺気立っている。
件の植物みたいな魔物も動き出した。枝や根みたいなものをウネウネとさせている。花みたいな部分が何度もはじけて 例のタネをこちらに飛ばしてくる。撃墜する気らしいが 精度はいまいちで助かる。
(ちっ、まずいな。昨日の特訓が生かされそうだ)
ワイバーンが数匹向かってくる。こんな奴まで集まってたのか。
だが、幸いスピードだけなら負けていない。
ゴスッ☆
「!」
そう思ったとき タネが俺の腕に当たった。かなり痛い。
痛む片手で何とか方向を変え、スピードを頼りに攻撃を回避していた。しかし、そう長くは持たないだろう。
ん?
なんか・・暑くなってきた。今まで涼しい位だったのに。
そして、レンジは見た
「うお、すげー」
目標である魔物の上には 直径30メートルを超える火の玉が浮いている。その放射熱で早くも魔物の上の部分が燃え始めていた。
これが、魔法か・・とんでもないな。
「準備できたの。いきます」
「了解。離脱する」
予め決めておいた合図と共に 俺は逃走するための舵を切り。彼女は火の玉を投下した。
まるで ぶら下げていた糸が切れたように落ちた火の玉は、植物の魔物は勿論 あたり一帯に広がり 集まっていた魔物の大群を燃やし尽くした。
「うおっ、何だこれ」
「あぅっ、あっん」
二人は 異様なエネルギーの高まりを体に感じた。
これ、ひょっとしてレベルアップの症状なんじゃないのか?。
これだけ大量の魔物を殺したから 俺と彼女は大幅にアップしたのだろう。
ローレシアが道具を使ってステータスを見せてくれた時には そんなの無かったけど、きっと道具には表すことが出来ない項目に レベルが存在するんだ。いいぞ、テンプレらしくなって来た。
「うえっ、・・ぐすっ。ううっ・・」
帰り道、俺の背中に頭を付けてクラッカスは泣いていた。
彼女は仲間の弔いの為に 逃げたいのを堪えて今回の作戦に参加していたのだ。
*********
昨日、ギルマスが帰った後、ローレシアはファニルとクラッカスの二人に聞いていた。
「二人とも、使える魔法の中で最強のは何か教えてくれる?。魔力が足りなくて使えなくても、使った事が無くてもいいわ」
「えーっとぉ。使った事は無いですけど、私はギガバーストですねぇ。普通は中級の魔法で間に合いますし」
おっとりのファニルは爆発系の魔法らしい。似合わないが、意外と彼女の本質はこっちだったのかも。
「あの・・憶えているだけでいいの?」
「いいわ、教えて」
「一応、焔獄は覚えています。テストにも術式の暗記が出ますし。でも、魔力が遥かに足りなくて試した事もありませんの」
「うんうん、偉いわ。よく憶えててくれたわね♪」
「「「?」」」
「明日、その焔獄で魔物たちを退治してもらいます。ギガバーストだと 毒が広範囲に飛び散るから使えないのよ。クラッカスさん、仲間の敵を討ちたいなら覚悟してね」
「でもぉ、魔力が・・」
「大丈夫よ。良い方法があるの。丁度いいわ、女子はこっち来て。レンジ君の取り扱い方法を説明するから」
なんだよ、取り扱い方法って。俺は電化製品かっての。
離れて集まった女たちはコソコソと内緒話を始めやがった。
「えっ、そうなの♪・・・・」
「こら、声が大きい、ボソボソ・・」
「えーっ、嬉しいけど・・・・」
ほんと、自分の事を言われるのは嫌なくせに 人のプライベートにはズケズケ入り込むよな、こいつら。
何を吹き込まれたかは分からないけど、魔力の心配が無くなったクラッカスは殲滅作戦に志願した。
俺には選択の余地など無かった。理不尽だ。
経緯はともかく、これで魔物の大攻勢と謎の毒物に関する懸念が無くなった。報告に行くとギルドマスターは、あの強面の顔を笑顔に変えるほど喜んでいた。そして二人とも ギルドに対する功績が100も加算された。
この世界のギルドの評価はテンプレなアルファベット式では無かった。ポイント加算式で多いほど信頼される。勿論、昨日登録したばかりで100も付くのは異例な事だ。仕事一つ達成して1と言うのだから恐ろしいほどの高評価である。
依頼では無かったのでギルドからの収入は無かったが、後で皆で現地に行ってみると、物凄い数の魔石があたり一面に散乱していて その収入だけでも家が立つくらいだった。
「レンジ君、気が付いたかしら?。この世界では人がそのまま一つの企業であり 産業であり 生産者なのよ。日本では一人の人間なんて余程の特殊な才能でも無ければ、取替えの利く単なる部品でしか無かったけど。ここでは違うわ、がんばりなさい♪」
今回、俺たちだけで 魔道具に使うという魔石を数百個生産したことになる。
職人一人が工場だったり、獣車と知識が有れば一人で交易すらできる。
不便も多いが、その分だけチャンスも有るようだ。
余談では有るが、魔物を燃やした煙が流れて行った風下の国は、次の年 始まって以来のベビーブームを迎え 少しだけ人口が増えたらしい。