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42の旋律

いちぼ好きですさんの小説に出演させていただいた際に原作Ep.8で発覚した『42問題』に言及していただいたので、ナーサリーなりの考えを書いてみました。


〈吟遊詩人〉たちに付きまとう問題なので、やっておこうかと。




「……はい?」


「ですから、我々は42の音楽しか知らなかったのです。そのことに疑問も抱かず、新しい音を生み出すことも出来ずに」



 僕は、その言葉の意味を理解したくなかった。〈イーハトーブ幻想館〉馴染みの〈大地人〉詩人、その賞賛に値する伸びやかな声が何を呟いたのか、わかりたくなかった。


 42、と彼は言ったのだ。ひらがなの50音すら越えられぬ、あまりにも僅かな旋律。

 であれば、〈大地人〉にとって音色とは常に一定した存在ということになってしまう。


 楽譜はあるのだろう、感情を大いに込めることもあるのだろう。だが、それだけでは意味が無い。決まった音に感情を込めるだけなら、まだ思いの丈を言葉にした方が上等だ。彼らの言葉は贔屓目なしに美しい。

 その美しい言葉を飾る音色を、彼らは持たないという。これはそういう類いの告白だった。



「今もそう。あれほどうつくしい音色を紡ぐ術をご教授いただいたにも関わらず、我が指は簡素な旋律ひとつ生み出せておりません」


「では、」


「短いメロディとリズムを組み合わせる、アルスター式の演奏法ですら手一杯。──〈大地人〉には、音楽を創造することは出来ないのです」



 自分の唇が戦慄くのがわかる。渇いた喉がひりついて、不格好な呼吸音を鳴らした。

 つまり、彼らは“42通り”に裁断された世界に囚われているということだ。


 〈冒険者〉はいい。自分で好きなように好きなだけ音楽を作ることが、世界の法則に許されている。

 だが〈大地人〉は違う。彼らはたった42のルートから選ぶことしか、選択肢が存在していない。かつて料理がそうであったように、その存在を知覚することすら不可能だったのだ。

 だから、つまり、それは───



「──あは、あっはっは!あっははははははっ!!」


「な、ナーサリー殿……!?」



 笑えて、たまらない。喉からせり上がる哄笑が止まらない。不審がる詩人には悪いが本当に笑うしかなかった。



「あはは、つまり、つまりだ。この世の神様は、たったの42曲で世界が語り尽くせるとタカをくくったんだね」



 ふざけるな。それこそが僕の偽らざる本心だった。


 どうやら普段から悲しい面構えの分、僕は怒ると笑うらしい。つり上がる口元を放って、青ざめた詩人に言葉を続けた。



「42だよ、たったの42曲。それではサウンドノベル並みだ、冗談じゃない。名も無きダンスの伴奏や儀式の詠唱、『オデュッセイア』など太古の物語、宮廷音楽や市政の物語詩(バラッド)、果ては賛美歌からポップスに至るまで。今まで、世界を表現しようと何億の音楽の徒が苦心し音楽を作り上げたと思っている!」



 これは冒涜だった。神はこの世界を42曲で表現しようとしたのだ。この、半分になってなお広大かつ深遠な世界を。

 それは不可能だ、と僕は思う。今〈冒険者〉が産み出している音楽もまったくもって足りない。


 過去より積み重ねた歴史の分だけ、世界に生きる人々の分だけ、新たに生み出された品物の数だけ、自然の中に生きる生き物の分だけ、空に浮かぶ星の分だけ、そしてそれらの出会いの分だけ……それよりもっと多く、音楽は必要だ。

 だから、駄目なのだ。神は僕の愛したこの世界を、42で愚弄した。



「ジョン・ケージが『4分33秒』(ひとつのこたえ)を生み出した後も、音楽は続いている。人も自然も、心も歴史も、あらゆるものが変わりゆく故に。〈大災害〉を経て大きな変革を迎えつつある〈セルデシア〉にこそ必要なんだ、音楽は!」



 爪が白くなるほど握り締めた手は、手袋がなければ切れてしまっていただろう。


 この音の震えにしか過ぎないはずのモノは、人間をあらゆる重みから解放する。1日の終わり、楽しい時間を共有するために古きケルトの民は歌い踊り、現代においてカリブ海に浮かぶ島国の民は、“自分たち”を表現しようと新たな楽器を生み出した。

 それならば、やることはひとつ。〈吟遊詩人〉(ぼく)は〈ダザネッグの魔法鞄〉から五線譜を引っ張り出し、机の上に叩き付けた。右手に羽ペンを、左手でインクを引っ張り出す。



「書くよ」


「えっ?」


「僕が書く。記憶に残ってるだけの楽譜全て、クラシックからポップスまで記録する。この世界にない楽器のパートは編曲すればいいし、楽譜そのものを見たことがなくてもいちから書き起こせば済む」


「あの、ナーサリー殿!あなたにそこまでしていただく必要は」


「いいや必要だね、なんてったって僕が聴きたいんだ!他の〈冒険者〉にも当たって、古代や神代の楽譜が見付かっていないか調べる。これはもう決まったことだよ」



 まだ何も書かれていない、真っ白な五線譜を睨む。〈吟遊詩人〉の端くれとして、こんな現実を許す訳にはいかなかった。



「僕は、君たちの紡ぐ音楽が聴きたいんだ」



 〈大地人〉と音楽の出会いによって生まれるであろう物語。その産声を聞けるのが、今から待ち遠しくてたまらなかった。







五十鈴とは年齢も趣味も違うので、まったく同じように悩むわけではないでしょう。

けど彼はロールであっても〈吟遊詩人〉です、とても許容できるような話ではありませんでした。


文字が生まれる前から、そして文字が生まれた後も物語と音楽は共にありました。そのようにして人間の歴史に寄り添い、人間の物語を広げるのが彼にとっての音楽です。

だからナーサリーは怒りました、こんなに大事なものを取り上げた神様に。


……歌唱システムとか楽器演奏システムはあったはずなのに、なんでまたあれだけだったんでしょうね、本当に。

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