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「嫌がらせだな」
滞在用にあてがわれたリュイファ帝国宮殿の客間に戻り、親衛隊長ドモンが言った。
フィオナ姫の子をみつけた場合のその後の対応を尋ねると、アルフォン皇帝は答えた。
「フィオナはね、本当に賢くて可愛い子でね。それを、黒の狼藉者が、誑かしたわけ。そんな男の血が混じった子なんて、い・ら・な・い」と。
ロウダン帝国にしても、敗戦から、ようやく立ち直ったところだ。正直にいえば、まだ綻びも多々ある。そこに、先代皇帝の血が混じった新参の皇族が入る事は、からくも形作っている泰平を崩しかねない。
アルフォン皇帝の言葉を借りれば、ロウダン帝国もやはり「いらない」というのが本音だ。
たとえ、グランの兄と言われてもだ。
くそ親父、なにをやらかしいる
グランは、口に出さず毒づいた。
――フィオナ―― その名前、その存在を、グランは幼い頃から知っている。
口さがない侍女たちのおかげで、グランの耳に勝手に入ってきた。
――フィオナ―― その名前を耳にするたび母の顔が歪んだ。
もっとも、母の笑顔を、母が、グランに笑顔を見せた記憶はない。
結局、アルフォン皇帝のお願いを断ることは当然できず、ロウダン帝国に戻りしだい対策が練られた。
深夜、『黒耀の間』には皇帝グランジウスをはじめ、側近である宰相イオリ、親衛隊長ドモンが集まった。
昼間、陽射しを取り込む大きな窓も、今は外からは鎧戸が、中からは厚いカーテンが閉められ、洩れでる灯りを遮る。
『黒耀の間』は、豪華な装飾はない。
アイボリーの壁に上質の黒檀の家具が備えられ、広い部屋の中には、大きな食卓と、出入りする者たちが、とぐろを巻くいっかくがあった。
各々が勝手に好きな物を持ち込み、それらをイオリが、センス良くまとめている。
いつものように、イオリが茶を入れた。
卓を囲み、グランが、長椅子の背もたれに体を預け長い足を組んだ。
ドモンは、どこからか探してきた自分の巨体を受け入れられる肘掛椅子をこの部屋に持ち込んでいて、そのお気に入りの場所におさまっている。
あの場で、アルフォン皇帝は、更にお願いを付け加えていた。
「フィオナの子はね、ロウダン帝国の方で責任もって面倒みて欲しいのよね」
「やはり嫌がらせですね。」
イオリも不本意ながらドモンの意見に同意した。
「だいたい、リュイファ帝国が、本当にフィオナ姫のお子の居場所を掴んでいないのかも怪しい」
「しょうがねぇよな。なんつったって、可愛い妹は亡くなり。その代わり、奪った男が他の女に産ませたガキが、皇帝になった。腹の虫はおさまんねよなぁ」
「親衛隊長殿!あなたは、どちらの味方ですか!」
その後、フィオナ姫の子(グランの兄でもあるのだが)を探しみつけだすまで半年を費やした。
名:セシリエス 年齢:28歳 民:白の民 居住地:アモルエ
深夜の『黒耀の間』には、いつものごとく皇帝グランジウスと他二名。
「セシリエス殿下のお迎えの件ですが、私の弟のズシーヨを使いたいと」
「おい、ズシーヨってあの勘違い野郎で、くそ我儘で、馬鹿なお前の弟か?」
イオリの案に、ドモンは、お気に入りの椅子から身を乗り出す。
「間違いなく、そのズシーヨ・ドウエン、25歳です。ズシーヨには、正式に任務として殿下の御迎えの責任者を命じます」
「マジかよ」
「リュイファ帝国には、これで殿下を受け入れる意思を表明します。不敬に当たるほどの分不相応ですが、警護の為と伝えます。
ズシーヨなら貴族たちの目も取りあえず誤魔化せます。唐突にアモルエに向かったとしても、いつも馬鹿な事をしているので何とも思わないでしょう。
そのために、馬車も私の実家の馬車を使います。リュイファ帝国には、やはり警護の為と伝えればいいのです。他にも理由がありますが……。
リュイファ帝国は納得いかない面もあると思いますが、大丈夫でしょう。あちらも突っ込んでも何の得にもならないので」
「わかった。その策でかまわん。ドモン、警護は、どうなっている?」
「ああ、ゲンセイの第7騎士団を使う。あいつらは、面も割れてないしな。ゲンセイは、堅物な朴念仁だが、腕は確かだ。余計な事を言わず確実に仕事をこなす。それに少々の事じゃ動じない」
表向き騎士団は、貴族の子弟が属する第五騎士団までしかない。第7騎士団は、身分にかかわらず心技体に優れた者を集め、皇帝グランジウスが作った集団だ。
しかし、宮廷の中では、その存在自体が噂の域を出ていない。
隊長ゲンセイは、元傭兵隊でドモンの下についていた。
数日後、身の程知らずの責任者と馬車は、セシリエス殿下を迎えに出発した。




