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皇帝の執務室の右隣には、応接間と少人数の会議を行うスペースがある。
左隣には、プライベートで使う『黒耀の間』があり、その奥には仮眠室と書斎があった。左右とも執務室と扉でつながっている。
『黒耀の間』に入ることを許されたのは、限られた者だけだった。
限られた者の一人である皇子リオンは、卓の上に茶を置いた
「グラン、セシリエス殿下をお迎えに上がるのに、名もない者たちでよかったのか?私が行ってもかまわなかったのだが」
「それには及ばん」
窓際に立ち、階下を見下ろしたまま皇帝は告げる。
リオンは、皇帝の二つ下の従弟にあたり、先代皇帝の妹を母に持つ皇位継承順位第1位の皇子だ。
加えて、皇帝グランジウスをグランと呼ぶ事を許された限られた者でもある。
皇帝の片腕として、ロウダン帝国はもとより、『黒の大地』の国々をも駆け回っている。
ゆるく波打つ黒髪に縁取られた甘い顔立ちは、訪れる国の姫君たちを喜ばせたが、残念ながらすでに最愛の婚約者がいる。
「リオン殿下、私もそう思います。持っていらっしゃる色といい、調査の結果九割方セシリエス殿下に間違いないと思われますが、如何せん、人となりが掴めておりません」
茶を入れた限られた者の一人宰相イオリが言う。
「そうだよなぁ。グランみたいなやつだったら手に負えん」
「それは、私も同感です。」
卓にあった菓子をあらかた一人で平らげた限られた者の一人親衛隊長ドモンの意見と宰相イオリの意見が珍しく一致した。
親衛隊長ドモンは、元傭兵隊隊長だったが、今は、皇帝の命を受け傍らに仕える。許されたわけでもなく勝手に皇帝をグランと呼ぶ唯一の者であり、数少ない皇帝を上回る巨体の持ち主でもある。
彼らは、『黒耀の間』の限られた者であると同時に皇帝を恐れぬ限られた者たちでもあった。
不遜な部下たちの言葉を流し、皇帝グランジウスは、遠くに目をやる。
ここは、宮殿の最上階の3階にある。
眼下には、穏やかな陽ざしに照らされた城下がよく見渡せる。
かつて十年に渡る戦争は敗戦という形で幕を閉じた。
その後、先代皇帝ダヴィーグが十一年の治世の中で戦後の混乱を平定し、跡を継いだ現皇帝皇帝グランジウスが更に五年の歳月をかけ復興を推し進めた。
振り返れば、戦後十六年という長い時間が過ぎていた。
大国といえども荒廃した国と民を癒すのは、容易なことではなかったのだ。
今、皇帝の目に映るこの国は、まだ完ぺきとは言い難いが、やっと往年の豊かさと繁栄をよみがえりさせつつある。それにともない、人々も笑顔を取り戻してきた。
思考に浸るグランをよそに、他の三人は卓を囲んで二杯目の茶を口に含んだ。
「しかし、皇族としてお迎えに上がるのだろう?馬車二台だけというのは、どうだろう。」
この中で一番まともな感覚を持っているリオンは、まだ割り切れない。
策を練った宰相イオリが答える。
「人間は、自分にそぐわない地位や財を得ると怖気づくか、図に乗るものです。殿下と持ち上げられればおのずと本性を曝け出すでしょう。思いあがり、待遇の悪さに憤慨するかもしれませんね。」
「それじゃぁ、その為にわざとかよ。いやだねぇ。これだから、頭のいいやつの考えることは」
宰相イオリの弁に親衛隊長ドモンは、顔をしかめた。
「それだけではありません。まだ、他の者に知られるわけにはいきませんから」
「そりゃそうだな。馬鹿な貴族共に目を付けられ担がれ皇位を狙うってこともあるしな。」
「…今度は、後継者問題で国が乱れることもありうるか」
「その時は、私が処分する」
これまで、背を向けていた皇帝グランジウスが、三人を見据えた。
「グラン、お前が言うと洒落になんねぇ」
「洒落を言ったおぼえはない」
「やっと国が落ち着いたというのに」
「しかし、リュイファ帝国もやってくれますね」