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  作者: まころん
第1章
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蒼の皇子が、皇宮に迷い込んだその日の午後、宮殿の謁見の間で皇族貴族の重職たちが列席する中、『蒼の大地』リュイファ帝国第五皇子ティーリウの到着の挨拶が行われた。白々しく「初めまして」と述べる皇子にグランも形ばかりの歓迎の言葉を口にした。

当初の予定では、午前中に両帝国の会見が組まれていた。


その後、『皇族の丘』にある『豊饒の会堂』で、セシルの体にある皇族の証を確認し、セシルが、先代皇帝ダヴィーグとリュイファ帝国の皇女フィオナの間に生まれた子であることが正式に認められた。


『豊饒の会堂』は、皇族が集う場として『皇族の丘』の中央にあり、幾つかの棟を持ち敷地も皇宮に匹敵する広さを持つ。その中に大広間や謁見の間、図書館、礼拝堂などがあり、更に、他国の皇族を迎え入れる宿館も備えていた。

皇子ティーリウをはじめとするリュイファ帝国の使者は、ロウダン帝国に滞在中は、ここに身を置くこととなる。

蒼の皇子は、この『豊饒の会堂』に今朝到着した。長旅に飽き飽きした皇子は、宿館を抜け出し、いつの間にか隣接する皇宮の庭に入りこんでしまった。これが、今日の騒動の真相だった。




その夜、『黒耀の間』には、いつもの二人の姿があった。

「まったくもって、ありえません」

宰相イオリが、吐き捨てた。対する親衛隊長ドモンは、イラつく宰相に共感してやるとばかりに持っていた杯を卓に置いた。

「まあなぁ、蒼と白の皇子が、そろって畑仕事なんてな……」

「そんなことは、どうでもいいんです」

「……へっ、違うのか」

「あのセシリエス(ぼんくら)殿下が、精神年齢の近い蒼の皇子と泥遊びしようが、ままごと遊びしようが、そんなことはどうでもいいんです」

「……じゃあ、何にいらついてんだ。宮殿の侍女たちが、最近見目麗しい宰相様の顔色が優れないって嘆いてたぞ」

「それもどうでもいい事です」

「だからなんだ?」

宰相イオリは、好きでもない酒を一気に呷った。

「リュイファ帝国のいけ好かないやり口とそれを見抜けなかった自分にいらついているのです」



『蒼の大地』リュイファ帝国は、水の加護を受けているといわれ、河川や湖が豊富だ。その為、水運に優れ、遠く離れたロウダン帝国とリュイファ帝国の間を、船を使い一週間あれば辿り着ける。

宰相イオリの目論見では、リュイファ帝国の使者は、祝宴の一月前には到着する予定だった。

その後は、到着した使者にセシルの皇族の証を確認させ、リュイファ帝国に戻るさいに祝宴の招待状を托し、祝宴にはしかるべき地位の人物に出席してもらう予定だった。

しかし、使者が、実際に到着したのは、わずか一週間前だ。


「我々のセシリエス殿下輸送作戦の裏をかかれたというか、更に上を行ったというか……。商人の出で立ちで二台のぼろ馬車に乗り、わざわざ陸路でいらっしゃったそうです。あのお子様は」

「……まじかよ。ぶっ、はっはっはっはっは。……だから、足取りも掴めなかったのか」

宰相イオリは、眼鏡を外しこめかみを押さえた。

「笑いごとではありません。これが、何を意味するかおわかりですか?祝宴には、三つの大地の皇族貴族が集まります。その中で、リュイファ帝国の代表は、成年式前の若干一四歳になったばかりのあの坊やだと言うことです」

「でもよ、坊やもれっきとしたリュイファの皇子だろうが」

「はい。これが、ただの新しい皇子のお披露目なら問題はないかもしれません。しかし今回は、大戦後、リュイファ帝国と『善隣友好の議』が締結されてから初めての大きな祝宴なのです。リュイファ帝国の出席者の如何によって、我が帝国に対する本気度が伺えるのです。ましてや、セシリエス殿下は、リュイファの血を引く者」


他の国々からすれば、リュイファ帝国は、表向きロウダン帝国を許し友好関係を築いたが、その関係がけっして固いものではないと取られても仕方がない。

ロウダン帝国の立場としては、リュイファ帝国皇帝とはいかなくとも、それに次ぐ高位のものが出席すれば面目が立てた。


宰相イオリが続ける。

「『赤の大地』ブリューデ帝国は、皇帝ゴーラディオンが出席を表明しています」

「あぁ。あの赤の御仁は、たんに祭り好きなだけだろ」

「まあ、そうとも言えますが……」

宰相イオリは、深いため息をついた。




次の日、セシルが、昨日に引き続き苗を植える準備をしていると、また蒼の皇子ティーリウが現れた。

今日は、ちゃんと許可を取っているらしく親衛隊も警戒する様子はない。

「ティーリウ殿下、おはようございます」

セシルの挨拶を受けたティーリウは、一度視線を下に向けた後、何かを踏ん切ったように顔を上げた。

「……昨日は、せ、世話になった。……礼を言う」

どうやら、蒼の皇子は、人に礼を言うことに慣れてないらしい。

「礼なんて……。それより、腕は大丈夫ですか、ティーリウ殿下」

「腕は、なんともない。……それから、……ティーでいい。家族からは、そう呼ばれている。……お前は、……従兄弟だし……」

「あ、そうでした。殿下と俺は、従兄弟同士なんですよね。だったら、俺のこともセシルとお呼び下さい」

そう言われた蒼の皇子は、一旦唾を飲み込んだ後、おもむろに口を開いた。

「……セ、シル……」

「はい、ティー」

蒼の皇子の頬が幾分赤らんだが、セシルが気付くはずもなく、若干顔を俯かせた少年に更に言葉を加えた。

「……あの、よかったら、今日も畑仕事を手伝いませんか」

目の前に立つ蒼の皇子の出で立ちを見れば、誘わない訳にはいかない。足には長靴が、頭には麦わら帽子が乗っていた。



畑は、今日も風がなく苗を植えるにはちょうどいい。二人で並んで畑に入ると、皇子ティーリウが、ちらちらと後ろを振り返った。

「セシル」

「はい、なんでしょう」

「今日は、私の近侍も来ているのだが、一緒に手伝わせてもいいだろうか?」

セシルが、入口の方を振り向くと、幾分というか、だいぶ年季の入った近侍が一人立っていた。セシルと眼が合うと、胸に手を当て細身の体をかがませた。その皺の間に浮かぶ眼差しはやわらかく、昨日の威圧感を放つお目付ではないことにセシルは密かに安堵した。

「はい。人手があると助かります。こちらの方こそお願いします」

セシルの許可を得た蒼の皇子が古老の近侍に頷くと、老人は、静かに二人の皇子の前に来て、また頭を下げた。



セシルは、庭師たちが準備した苗を手にした。

「今日は、さつま芋の苗です」

さつま芋の苗は、種芋からでた蔓を切り取って作ってある。

皇子ティーリウは、

「ふん。私は、一度覚えたことは忘れない。貸してみろ」

と、苗を受けとり、昨日教えられた通り真っ直ぐ地面に突きさしたが、セシルは、慌てて、しかし、そっと苗を引き抜いた。

「駄目ですよ」

「何だと。昨日は、苗はまっすぐに植えると言っていたではないか」

「ティー、さつま芋は、蔦を斜めに埋めるんです。野菜は、種類によって作り方が違うのです」

「そうなのか。……畑仕事とは、難しいものだな」

「はい。だから面白いんです」

その後、蒼の皇子と古老の近侍は、昨日同様セシルと庭師たちから妥協と容赦のない指導を受けながら苗を植えて行った。




白と蒼の皇子が、畑仕事に奮闘しているころ、皇帝であるグランは、謁見の間に縛り付けられていた。今、グランは非常に忙しい。ここ数日、兄セシルの祝宴に出席する皇族貴族が到着し始め、次々と挨拶に来る。セシルとの至福の時間である昼休みも会食の予定がずっと入っている。当然、夕食も一緒にとることなどかなわない。

このままでは、セシルが足らなくなると危惧したグランは、宰相イオリに僅かではあるが無理やり時間を作らせ、皇宮に向かった。おそらく、この時間は、畑にいる。昨日目にした、髪を結いあげたセシルを目にすることができる。足は、自然と忙しく動いた。



―― ……シル、セシル、――

畑の入口にある、深紅のバラのアーチをくぐったグランは、耳に入った言葉に眉間の皺を寄せた。

皺を寄せたまま、声の主を探れば、畑で兄セシルの隣に位置する蒼の皇子がいた。

「セシル、苗の葉はどうする?」

「ティー、さつま芋の大きさはね、葉っぱの数で決まるんだ。大きくしたかったら葉っぱを少なくしたほうがいいんだよ」

「わかった」

馴れ馴れしく〝セシル〟と呼ぶ小僧に、兄もいつの間にか親しげに言葉を返し、手とり足とり畑仕事を教えている。その後ろには、蒼の老いぼれた近侍もいる。

精霊の加護を受け色を持った人類は、年を重ねてもその髪から色が無くなることはない。蒼の民の髪は、老いぼれといえども蒼だ。



グランは、ズンズンと畑に入っていった。しゃがんで作業をする二人は気付いていない。

「おい小僧」

地面に響くような鋼の声に二人の皇子は、顔を上げ立ち上がり、蒼の近侍は、跪いた。

「……」

「あ、グラン。どうしたの?ここ数日は忙しいって、家令のボウヘイさんが言ってたけど」

グランは、セシルの問いに応えることなく、蒼の皇子をねめつけた。

「 余の兄を気安く呼ぶではない」

「……私は、小僧ではない。それに、セシルとは従兄弟同士だ」

「ふん、小生意気な」

睨みあう二人の間にセシルが入った。

「グラン待ってよ。ティーにセシルと呼んで欲しいって言ったのは俺なんだ。俺も、ティーって呼ばせてもらったんだ」

「だからと言って、このような半人前が兄上を馴れ馴れしく呼ぶことは許されない。名を呼びたければ、一人前に皇族の仕事が出来るようになってからするんだな」

蒼の皇子は、長身のグランの胸までしかない。その皇子が、にらみ返した。

「半人前だと、……私が、半人前だと……ただ、歳が若いだけで半人前だというのか。私は、学業に置いても、武術に置いても誰よりも勝っている。子どもだと思ってバカにするな」

「子どもであろうと何だろう関係ない。その優秀な皇子が、リュイファ帝国の代表としての役目も果たさず、なぜここにいるのか」


今回の祝宴に際し、『蒼の大地』を統べるリュイファ帝国と接する機会を持ちたいという国は、いくらでもいた。しかし、代表が、年若い第五皇子と知れると、その矛先は、皇子のお目付役であり尚且つ有力公爵でもあるガンテツへと変わった。それに従い、第五皇子ティーリウの時間が空いた。ティーリウは、これ幸いと、昨日初めて会い、心惹かれた従兄弟のセシルに今日も会いに来たのだ。


「私が、望んで時間が空いたのではない」

「国を担う覚悟があれば、おのずと行動に現れ、相手にも伝わる。

旅に飽きたからと宿館を抜け出し、謁見をすっぽかすようなガキを誰が相手にするものか。

皇族は、民を護り、民の為に国を営むのが生業。時には、下げたくない頭を下げ、目にしたくない面も拝まねばならない。聞きたくもない話にも耳をかさねばならない。

お前にその気さえあれば、幾らでも他国と接する場は作れるはず」

「……」


蒼の皇子ティーリウは、リュイファ帝国皇帝アルフォンが、遅くに持った子だ。五人兄弟の末っ子でもある。当然のごとく甘やかされて育った。何をしても、しなくても怒られたこともない。してもらうこと全てが当然だった。人に詫びたことも、礼を言ったこともない。


「グ、グラン、言いすぎだよ。ティーは、まだ子供だし……。それに俺だって皇族の仕事は何もしていない」

「兄上の今回の仕事は、お披露目の祝宴に出席される事です。立場が違います」

「……そうだけど」

「それに、もっと大切な仕事がございます」



「陛下、お時間です」

今まで、黙って控えていた宰相イオリが、言う。

セシルの所に行けば、グランは、すぐには戻らないと危惧した宰相は、畑まで付いてきたのだ。


「兄上、今夜は、お泊りに行きます」

「あ、うん。じゃあ、起きて待ってるよ」

「はい。ですが、余り遅いようでしたら先にお休みなっていてください。勝手に床に入らせて頂きますから」

そう言った、グランは、どうだとばかりに蒼の皇子に視線を向け、そして、宰相を従え帰って行った。


「おいセシル」

グランにあれほど言われたが、蒼の第五皇子は、改めるつもりもない。

「なに、ティー」

「黒の皇帝の言うお泊りとは、……」

「あれ、ティーも知らないの。皇族ってみんなそうなのかなぁ。グランも知らなかったんだ。いいかい……」

セシルは、人差し指を立て、年下の少年に言って聞かせるように言葉を続けた。

「お泊りって言うのは、他の家に行って泊まって来ることだよ」

セシルは年上の者として、少年に言葉を教えることができご満悦だが、それを聞いた少年は、頭を抱えた。

「……そうではなく。同じ家にいて、お泊りというのは、おかしいではないか。それに、床に入ると言うのは?」

「そういえば、同じ家だね。でも、グランのいうお泊りは、俺の部屋に来て一緒に寝ることなんだ」

「い、一緒に寝て何を……」

「何をって、……寝て一日の疲れをとるんだ。布団に入ったらそれだけだろ。ただグランは、カイト兄さんと一緒で、寝像が悪くて、たまに絡まってきたりするんだ。……でも、いびきは掻かないな。歯ぎしりも……」

蒼の皇子は、更に頭を抱えた。

このセシルをあの黒の皇帝に任せてはおけない。

そして、心に誓った。黒の皇帝を見返すためにも、そしてセシルの為にも早く一人前になると。


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