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  作者: まころん
第1章
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5

「セシリエス殿下、ロウダン帝国皇帝陛下の命、受け入れていただきお礼申し上げます」

 騎士団隊長ゲンセイが、胸に手を当て頭を下げた。

「それでは、ご同行願います」

「えっ、そんな。もう出発?あの、あの、家から荷物をとってきてもいいですか?あ、それから、洗濯物……」

洗濯物は、セシルが拾う前に、ゲンセイが目配せし騎士に拾わせた。それを受け取ろうと手を出したが、お持ちしますと断られた。

「こんな時、洗濯物を心配するとは、セシルらしいな」

「俺、着替え、他に持ってないから」

「御心配には及びません。必要な物は、全て準備してあります。」

セシルは、ゲンセイの言葉に驚いたが、何も言わなかった。バナルが、当然だという顔をしたからだ。


セシルが家に向かうと、バナルとの間に騎士が割って入り、隣にはゲンセイが立った。


二人の騎士を家の外に残し、セシルたちは、中に入る。

セシルの家は、狭い。5人の男達が入るといっぱいだ。

入ってすぐにテーブルと2脚の椅子、竈、梯子があり、その奥に扉が一つ。余計な物は、何もない。強いて挙げれば、窓際に干された薬草の束が目につくだけだった。


セシルは、梯子を登り自分の屋根裏部屋に向かった。ふと、振り向くとゲンセイも登ってくる。


「職務です。お許しください」

セシルは、はっとした。

ゲンセイは、セシルが何か武器でも持ち出すのかと警戒しているのだ。

ゲンセイの見つめる中、セシルは、屋根裏にも干してあった薬草と少しばかりの身の回りの品を持って梯子を下りた。


次に、奥の部屋へ入った。母の部屋だった。

ゲンセイは、そこにも付いてきたが、ただ黙ってみていた。


セシルが、手に取ったものは二つ。

母が大事にしていた薬草の本と形見の髪飾りだ。

「他には、よろしいのですか」

「はい」


本当は、他にも母が大切にしていたものがあった。鞘全体が鹿角で作られ、美しい彫刻に蒼玉がはめ込まれていた小刀だ。

子供の頃、初めて目にした時、母が「これはね、護り刀なの。それから、自ら命を絶つときにも使うのよ」と言い、それを聞いて怖くなった記憶がある。

小刀は、枕の下にあるが触れなかった。先の見えない旅に持っていくことにより、大切な思い出を失うのが怖かった。

まして、下手な物をここで出して取り上げられてはかなわない。


集めたわずかな品は、ゲンセイの指示でテーブルの上に並べられた。

「この薬草は、お預かりします。どのような作用を及ぼすものか、私どもには解らないので」

両脇を騎士に挟まれたバナンが、

「さっきから、くそ真面目な事だな、まったく」

と、吐き捨てたが、ゲンセイは、

「職務ですから」

と、繰り返すだけだった。


集めた品の中に、擦り切れたつばの広い帽子とスカーフがあった。

「こちらは?」

ゲンセイの視線が、暗に必要なのかと聞いている。

しかし、セシルにとっては、外出する際の必需品だった。『白の民』の証である白い髪と瞳を隠すためのものだ。

答えに窮するセシルと顔をゆがめたバナルを見て、ゲンセイは、それ以上何も言わなかった。


セシルは、荷物を入れるため、使い込んだ革の鞄をとりだした。

月に一度バナルの家に行商が来る。帽子とスカーフで白を隠し、セシルも買い出しに行った。

森の中では目にすることのないもの手にし、また、行商人が面白おかしく語る各地の話を聞くのを楽しんだ。

その際、買った品物をこの鞄に詰め、森に帰った。

今度は、鞄に思い出を詰め込み、森を出る。


しっかりと戸締りをしたセシルは、ゲンセイから少し時間をもらった。


家の裏手に、白木蓮の木がある。母が、好きだった。

白木蓮は、早春に咲く。冬に銀色の産毛に包まれた蕾が、春の陽射しを受け少しづつ膨らんでいく。

やがて、純白のビロードの花びらを、春を喜ぶように天に向って咲かせる。


甘い香りに引き寄せられた鳥たちが、白木蓮の花びらを食べてしまうこともあったが、母は、「白木蓮の花って、よほど美味しいのね」と笑うだけだった。


この木の下に母は眠っている。


セシルは、さっき髪から解いた青い紐を取りだした。この紐は、母が作ったものだ。

子供のころ、母と同じ蒼がいいと駄々をこねた。母は、蒼い絹糸を取り寄せ、糸を組んで紐を作った。

組紐という母の故郷の手技だと言っていた。今思えば、その絹糸は決して安くはなかったろう。

そして、蒼い紐が出来上がると、「ほら、母さんと同じでしょ」と、母は言い、セシルの髪を結ったのだ。


それから、誕生日のたびに蒼い紐を作ってくれたが、残っているのはこれだけだ。

母が亡くなってから作ってくれる者は当然おらず、毎日使えば擦り切れる。

最後の一本の紐を白木蓮の枝に結んだ。


「母さん、なんかね、俺、殿下らしいよ。知ってた?

それでね、ロウダン帝国の皇帝陛下が、俺に用があるみたいなんだ。

うん。大丈夫、心配ないよ。それでは、行って参ります」


蒼い紐が、風になびいた。






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