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  作者: まころん
第1章
20/70

19

いつの時からか、その影は、忍び寄っていた。


―― 黒源教 ――


精霊と精霊の創世物語を否定し、『黒の大地』『黒の民』が、この世の源であり、最も優れた特別な存在である。そして、『白の民』は、侮蔑すべき存在であると説く。


人は、誰しも特別と称されれば悪い気はしない。特に皇族、貴族は、その手の類が大好きだ。いつしか、その教えは、『黒の大地』の高位の者たち、そして全土へとじわりじわり静かに浸透していった。

やがて、先々代皇帝サモンが、その教義に溺れ国家宗教としてしまう。自分たちは、源であり、特別である。その勢いのまま、隣国リュイファ帝国へ侵攻した。


二十六年前、こうして戦争の火ぶたが切られ、同時に『白の民』の迫害と拘束が激化していった。

その後、戦争は十年にも及んだ。


黒源教に支配された『黒の大地』は、先々代皇帝サモンの命令によって大食堂の天井画のみならず、『黒の大地』に存在する精霊の全てが、否定された。

それは、皇帝サモンを弟ダヴィーグが討ち取る時まで続いた。その後、ダヴィーグが皇帝に就き、戦争を終わらせ『黒源教』を禁じた。





晩餐を終えた皇族たちは、広やかなサロンに移った。サロンには、楽隊の奏でる優しい音が漂っていた。厳かな大食堂より、明るい雰囲気のせいか、人を覆う空気も緩やかになり、室内のあちらこちらで談笑する姿がみられた。


皇帝グランジウスの隣にはリオンが立たった。

二人のもとには、大食堂では、挨拶も出来なかった領地に退いた皇族たちが寄った。数代経れば皇族ではなくなる。その前に少しでも繋がりを持っておきたい。

皇帝グランジウスの纏っている凍てつくような威圧感に怯えながらも、近づく機会は今しかなく意を決する。

「皇帝陛下、本日は、お招きいただきありがとうございます」

口ぐちに皇帝に挨拶を述べるが、返すのは、リオンだった。


サロンに流れ出す調が、華やかなワルツへ移っていくと、優美な曲に誘われた客が、手と手をとり舞踏の円を描き始めた。


「リオン、まだ引っ込むわけにはいかないのか?」

「何を言っているグラン。まだ、サロンに移ったばかりだ。皇族の繋がりを深める為にも、もっと親睦をはかれ」

リオンは呆れた顔を向けてくるが、グランにとって、このくだらない集まりは、無駄以外の何物でもない。いざとなったら、ここにいる殆どの者は、何のあてにもならない事を経験している。


「グラン兄様、難しいお顔していては、せっかくの男前が台無しですわ。それに、周りが暗くなってしまいましてよ」

「……」

声をかけたのは、リオンの妹カレンナだ。リオンの四つ下で今年十七歳になる。兄妹とはいえ、物腰のやわらかな兄リオンに似ず、母親譲りの自由奔放で明朗快活な性格をしている。

「カレンナの言うとおりだ。晩餐会の主催は、一応皇帝になってるんだ。カレンナと一曲踊って、会を盛り上げるくらいしたらどうだ」

「くだらん」

その言葉にカレンナが控えめに小声で噛みついた。

「ちょっと、グラン兄。私が相手じゃ不服なわけ」

学術に優れ古語にも精通したカレンナは、更に、お忍びで市街を徘徊し庶民の言語も修得していた。

しかし、努力の末、覚えた庶民の言語に、皇族の鏡と言われるリオンは、こめかみを押さえた。

「カレンナ、兄としてその言葉づかいは、どうかと思うぞ」

「ですが兄上、悪感情を表すには、こちらの方が適しているのですわ。それより、グラン兄様です」

「そうだった。グラン、おまえは……」

グランが、従兄妹の二人の小言にも動じず聞き流していると、優雅な調とはかけ離れた笑い声がサロンに響いた。


「わっはっはっはっ」

目を向ければ、視線の先には、一際大きな集団がいた。中心にいるのは、でかい腹をゆさゆさ揺らしながら笑っているギヌダ大公とその娘ミラだった。


 ―― ギヌダ大公 ―― 前皇帝ダヴィーグの従弟にあたる。

十六年前、終戦を迎えたとき、当時の皇帝ダヴィーグは、『黒源教』と結託して戦争を引き起こした皇族、貴族を粛清した。その中にギヌダ大公も含まれるずだったが、いかんせん、証拠がつかめず葬ることは出来なかった。ある意味、一番たちが悪いと言える。

皇帝ダヴィーグは、限りなく黒に近いギヌダ大公を『皇族の丘』から放逐するはできなかったが、皇位継承権を剥奪することで決着とした。

今また、ギヌダ大公の周りには、『黒源教』の臭いがたちこめている。


視線を感じたのか、ギヌダ親子が集団を離れて三人のもとに歩みを進めた。

「グランジウス皇帝陛下、本日の晩餐は、とても素晴らしいものでしたな。いやいや、幸甚の至り。のう、ミラ」

「はい、父上。久しぶりに、皇帝陛下と同じ卓を囲ませて頂いての晩餐。ミラは、殊更美味に感じましたわ」

真っ赤な紅で彩られたミラの唇が、弧を描く。身を包むドレスも赤く、大きく開いた襟ぐりは、豊かな胸もとを強調している。カレンナと同じ十七歳だが、既に完璧な女という生き物だ。

その娘をさし、ギヌダ大公が、言う。

「陛下、我が娘ミラは、親の欲目を抜きにしても美しく育ちましてな。淑女の嗜みも身に付けた自慢の娘でございます」

「まあ、父上ったら」

 

否定しないんだ ― と、グランの後ろに控え、ギヌダ親子から無視されているカレンナは思った。

これって、確か〝シカト〟っていうのよね。カレンナは、新たに収得した言葉を頭の単語帳に記した。


更にギヌダ大公は、おもねるような響きを帯びさせ続けた。

「グランジウス皇帝陛下、我が娘と一曲踊っていただけませんかな」

皇帝グランジウスは、これまで、公の場で誰かと踊った事は一度もない。もし、ここでミラの手をとれば、皇后候補の名に連なる事は間違いない。

「……ギヌダ、余は、そのような風雅な事は、得意とせぬのだ。その代り、このリオンが、相手をしたいと申しておる。それでなければ、カレンナでもどうだ」

これまで、蚊帳の外にいたリオンは、急に話を向けられ言葉に詰まる。

体よくかわされたギヌダ親子は、微妙の面持ちで無言になった。

「まあ、グラン兄(陛下)ったら。ホホホホッ」

5人の間に、カレンナの乾いた笑いが流れた。カレンナとミラは、同い年であり、共に『皇族の丘』に暮らしてはいるが犬猿の仲である。



そして、結婚は、男女間が当然多いが、同性同士でも認められている。なぜなら、人はみな等しく精霊の子だからだ。















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