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  作者: まころん
第1章
19/70

18

パサッと卓の上に1枚の紙が、投げ出された。

そこには、


「    無事     」


の二文字。もはや、この薄すぎる報告書にも慣れた。


紙を投げ出した当の皇帝グランジウスは、自分の定位置の長椅子に座し、背もたれに両腕を預け長い足を組むいつもの姿勢をとった。


「此度の件、主犯は、まだ判明しておりません。手を下した者は、皆、金で雇われた者です」

宰相リオンは、薄い報告書に突っ込む事も、件の主役への気遣いの言葉もすっとばし、事後報告だけを述べる。


グランも知りたい事だけを問う。

「ドモン、『黒源教』との繋がりはどうだ?」

「無いとは、いえねぇ。未だに、皇族や貴族の中には、禁じられた『黒源教』を隠れて崇めている奴らが結構いる。特に皇族のギヌダ大公あたりが、かなり臭うな。今、それも含めて探らせている」


「それから」と付け加え、親衛隊長ドモンは、子供が新しい玩具でもみつけたかのような顔した。

「ゲンセイの指示でちょっと面白いもんが見つかった。計画的な襲撃にしては甘いと睨んだゲンセイが、周りを詳しく確認させたんだ。すると、街道脇の崖の上に死体が、五つ」

「それは、いったいどういう事です?」

宰相リオンは、すらりと伸びた中指で眼鏡をすっと持ち上げた。

 

「奴らの計画では、本当は、三方から攻めるつもりだったんだろう。先ず、崖の上から弓を射る。暗闇の上に雨だ。射る方は、数射りゃ当たる。しかし、受ける方は、見通しが悪くダメージも大きい。その後、混乱しているところを前後から挟み打ちって寸法だ」

「それを阻止した者がいると?」


皇帝グランジウスが、言う。

「この策を知っている者で、なお且つ、あの厄介者に肩入れする輩……か。イオリ、アモウ親子の動向を申せ」

「はい。息子のカイト・アモウは、平常通り宮廷勤務をしております。事件当日の夜も自宅に居りました。父親のバナル・アモウも村から一歩も出ておりません。ただ…」

「ただ、なんだ?」

「監視に付けていた影の者にバナルの妻が差し入れをしてくるらしく…」

「……」


「差し入れだとぉ?なんだそりゃ…」

親衛隊長ドモンが、愛用の肘掛椅子から身を乗り出す。

「影の者の存在をバナルがすぐに勘付き、それを聞いた妻が、雨が降れば家の中に入るように言い、あげく、ただ見ているだけなど男の仕事ではないと、影の者に牛の世話をさせていると。…なかなかの強者らしく、…監視を増やしました」 

「ぶっ、はっはっはっ、そのかみさん、最高だな。はっはっはっ」

ドモンは、ひとしきり腹を抱えた後、すっと真顔に戻り付け足した。

「息子のカイトだが……。あの男が、自宅でちゃんと大人しくしていたのか、もう一度探りを入れた方がいいな」

その意見に他の二人も同意した。


話が落着くと、ドモンは、椅子の背にふんぞり返り、どこか面白がるような視線をグランに向けた。

「そういえば、明日は、皇帝が主催する皇族晩餐会だよな。リオン殿下は、誰かさんの代わりに準備の為、皇宮に行ってるってわけか」

「あれの方が、上手くやる」

「まぁ、確かにそりゃそうだ」

黒耀の間は、相変わらずの夜が更けていく。



政を行う宮殿の裏に、民の者が『皇族の丘』と呼ぶ小高い丘が広がっている。村が一つすっぽりと入るほどの広大なその丘に、皇族たちが住んでいる。

『皇族の丘』には、皇帝の住む皇宮があり、その周辺に他の皇族が住む離宮が点在していた。


離宮に住むのは、今生皇帝に血縁の近い親族だ。皇帝の代が替われば、血縁が遠くなった者から領地に退く。領地に退いた皇族は、数代経ると臣籍降下し公爵となる。


現在、離宮に住むのは、皇位継承順位一位のリオンの家族をはじめとする四家だ。以前は、もっと多かったが、先代皇帝ダヴィーグが、政権争いを避ける為に減らした。


『皇族の丘』の中央には、皇族が集うための堂である『豊饒の会堂』が建っている。三百人を収容出来る大広間、五十人掛けの長卓を構えた大食堂、サロン、図書室、会議場、謁見の間を備えていた。


その『豊饒の会堂』で、年に二回、皇族晩餐会が開かれる。

今日、『豊饒の会堂』の大食堂には、離宮に住む皇族、領地に退いた皇族たちが、姿を見せた。

表向きの趣旨は、皇族たちの親睦とお互いの息災の確認だが、実際は、謀反や不正の疑いはないか、自分に不利な動きはないかの腹の探り合いである。



重厚な趣を醸し出す大食堂の中央に長大な卓が据えられている。その脇に、皇族たちが立つ。

「皇帝陛下、ご入場」

大食堂に声が響き渡り、その場にいた者たちに緊張の波が広がった。

扉が左右に開かれ、皇帝グランジウスが姿を現した。

身に纏う深緑のマントは金糸で縁取られ、背には皇帝だけが許されたロウダン国の紋章に黒の雫が加えられた紋が浮き上がっている。

ロウダン帝国皇帝グランジウスは威風を纏い歩みを進め、頂点の席に着く。


列席者の席次は、皇位継承順位の高い者から、皇帝の近くに位置する事が許される。

一番上手に立つ皇位継承順位一位のリオンが、酒杯を高く掲げ声を発した。

「我、精霊に願う。ロウダン帝国の繁栄と民の多幸を」

次に、皇位継承順位二位リオンの妹のカレンナが続く。ロウダン帝国は、女性にも継承権がある。

「我、精霊に願う。ロウダン帝国皇帝グランジウス陛下のご健勝を」

そして、全員で酒杯を掲げ皇族晩餐会が、厳かに始まった。


真っ白なクロスが掛けられた長卓の上には、金製の花器にバラが格調高く活けられ、燭台の灯りが優雅に煌く。

白い大理石の床には、『黒の大地』の象徴である黒曜石が、所々はめ込まれている。さらに、天井には、精霊の創世物語が美しく描かれていた。


かつて、この天井が黒く塗りつぶされた歴史があった。




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