16
洗濯ものをはずした主人用の馬車は、ズシーヨを加えた三人を乗せ街道を走る。
本当なら、マヒロは、従者用の馬車だが、ゲンセイの配慮で主人用に乗ることになった。
大活躍の『鼻もげ』は、マヒロが、どこからか取り出した湿気を防ぐ油紙に包まれ、革袋に入れられ悪臭も大人しくなった。
そして、旅も3日目を迎えた。
朝、天幕の中でマヒロがセシルの髪を梳く。
今まで、紐で束ねただけで、誰かに梳いてもらうなど母が亡くなって以来だ。
くすぐったくて自分でやりますと言えば、「殿下の御髪はとても美しい」と返された。
そんな事を言ったのは、母ぐらいだ。この髪を長く伸ばしているのも、「セシルの白い髪、大好き」と、母が、いつも言ってくれていたからだ。
しかし、この髪は、決まって災いの元凶だった。
セシルの心を見透かしたようにマヒロが言った。
「殿下の父君である先代皇帝ダヴィーグ様は、16年前即位すると、すぐに10年続いた戦争を停戦に持ち込み、同時に『白の民』の迫害を禁ずる法を制定しました」
そういえば、ゲンセイも同じような事を言っていた。
マヒロは、続ける。
「私は、今年で十九になります。学舎で学ぶ頃は、すでにその法が徹底され教育されていました。
残念なことに、ズシーヨ様のように、いまだ、『白の民』を差別する者がいるのも事実です。
しかし、色を持つ持たないに関わらず、『白の民』も同じ精霊の子と思う者が、少なくないことも確かです。最近、市街では、『白の民』を見かけることもあると聞きます」
セシルは、黙ってマヒロの話を聞いた。
最後にマヒロは「父君が、殿下を守ろうとしたのですね」と締めくくった。
髪を整えた後は、マヒロが用意した貴族然とした服を着せられ朝食を食べ出発する。
その間、ズシーヨが、「私の準備をしろ」「私が先だ」と騒ぐので、セシルは、自分のことは自分でするからと言ったが、マヒロが許さなかった。
天幕の撤収も、セシルは手伝おうとしたが、今度は、騎士団隊長ゲンセイが許さなかった。
ズシーヨはズシーヨで、初日に、セシルは皇帝の兄だ(ズシーヨ的には不本意だが)と告げた後、皇帝とセシルが、人物なり、体躯なり、いかに似ても似つかないかを力説した。
しかし、弟がいるかもしれないという幸せな余韻に浸っていたセシルは、ズシーヨの言葉を聞いても、違うなら違うで仕方ないとふわふわした気分で聞いていた。
帝都に近づくにつれ、道幅が広くなり町も見かけるようになった。セシルたち一行は、町を通り抜け、町と町の間に設置されている野営場に止まった。
辺りは、すでに暗く、何組か先客がいるようだが、馬車が所々数台見えるだけで他は何も見えなかった。
野営場には、広い平地が整えられ、真ん中に井戸と東屋があり、そこには竃も幾つか用意されている。
天幕が張られる間、セシルとズシーヨは馬車で待機し、マヒロは夕食の準備をしに馬車を降り、その代りゲンセイが乗ってきた。
その時、ゲンセイが、これらの野営場は、現皇帝が整備を進め、それにより交易が進み、また、街道沿いの町を潤したと教えてくれた。
ズシーヨの講釈では、たしか皇帝は、若干十八歳で即位し、五年がたち現在二十三歳だという。
俺、十八の頃って何やってたかな。
そういえば、森の中で、初めて罠に猪が掛って喜んでいたら、
逆に追いかけられて、一晩木の上で過ごしたっけ。
それに比べ、皇帝は凄いな。その若さでこんな事業をするんだもんな。
俺と兄弟とは思えない。やっぱり、ズシーヨさんが正しいと思う。
ただ、もしそんな立派な弟がいたら、嬉しくて自慢してしまうかもしれない。
しばらくして、天幕と夕食の用意が出来、セシルは騎士たちに囲まれるように馬車から移動した。
天幕の中には卓と二脚の椅子が置かれ、そこに料理が並べられている。
毎回思うのだが、マヒロの作る料理はうまい。セシルも母が亡くなったあと料理をするようになるが、器用とは言えない手は、味を追求するまでにはほど遠かった。
「マヒロさん、美味しいです」
「殿下、ありがとうございます」
そして、
「まずい。このスープは、なんだ」
毎回、ズシーヨが文句を言う。
「ズシーヨ様、召し上がって頂かなくて結構です」
毎回、マヒロが答える。
言葉を口にすれば言葉が返ってくる。自分の向かいに人がいる。
セシルにとって、母を亡くしてから、長らく忘れていた光景だった。




