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  作者: まころん
第1章
16/70

15

 

 深夜、セシリエス一行の続報が届いた。中身は、また短く、要件のみ。


「     兄君、毒蛇退治する   」


 騎士団隊長ゲンセイの報告に『黒耀の間』の面々は、唸った。

「これは、どう捉えたらいいものか?」 皇帝の懐刀と言われる宰相イオリも悩む。

 帝都では、毒蛇と言えば獰猛で大型のゾンデバが有名だ。

 親衛隊長ドモンも口を開く。

「慎重なゲンセイだ。殿下に剣は持たせていないだろう。となると素手で毒蛇ゾンデバをってか……。すげえなぁ」

「何を呑気なことを言っているんです。セシリエス殿下は熊か何かですか。……しかし、さすがは陛下の兄君、侮れませんね」

「でもよ、案外、ちっこい蛇かもしれねぇぜ」

「そうかもしれません。ですが、用心するに超したことはありません。本来なら、お立場から皇宮にお迎えするべきですが、そうなると直接お連れするのは危険ですね」

「檻でも用意するか」

「ドモン、口が過ぎるぞ」


 それまで、腕を組み黙思していた皇子リオンが窘める。リオンは、気になることがあった。

「グラン、お前は、セシリエス殿下のことをどう思っているんだ。どうしたいんだ」

 長椅子の背に両腕を広げ預け、じっと眼を閉じていたグランが、瞼をあげた。

「どうとも思っていない。単なるリュイファ帝国との外交の駒だ。」

 それは、グランの正直な感想だった。リオンが、心配しているような憎悪の念も、亡き母アーリャが抱いたであろう嫉妬も、まして、兄弟という情愛も何も感じない。

 全てが今更だ。

 言うなれば、面倒の一言に尽きる。この多忙を極める中、厄介者を背負い込むのだから。

「この件は、お前たちに任せる。好きなようにいたせ」

「御意」

 リオンは、それ以上何も言わなかった。正確には、何も言えなかった。


「もう一つ、報告がある」先程とは違い、親衛隊長ドモンは、顔つきを変えた。「セシリエス殿下一行に対し、いやな動きがある。貴族どもじゃない」

「……それは、……もしや『黒源教』の残党絡みということですか?」

宰相イオリは、眉間に皺を寄せた。

「まだ、わからんが、ゲンセイには、警護を強化するよう言ってある」

 重ねるように、グランも告げる。

「ドモン、人員が足りなければ、増員しろ。リュイファ帝国の手前、身柄を手に納めるまでは、たとえ厄介者でも五体満足でいてもらわねばならぬからな」

 その言葉に、やはり兄への慈愛は、なかった。

 

 話し合いが落着いたところで、イオリが茶を入れた。いつも真っ先に手を出すのは、ドモンだ。

 ドモンの手に納まるとティーカップが小さく見える。これでも、周りより大きいはずなのだが。このカップは、ドモンが、自分の大きさに合わせ持ち込んだ。若干、イオリの趣味に反するが。

「おい、イオリ。この茶、変わった味がするな」

「ええ、だいだいの茶です。鎮静作用がありまして、疲れや緊張をほぐします。寝る前に飲むのがお勧めです」

 衝撃と愁事が続いた後には、効きそうだ。


 橙の茶で一息つき思い出したのか、皇子リオンが「そういえば」と口にし「ムロトが、宮に顔を出してほしいと言っていたぞ」と、グランに言った。

 ムロトは、皇宮の家令だ。宮は、皇族にとって自分の家だ。グランの家は皇宮だが、足を向けるのは、月に一、二度だけだ。

 それ以外のほとんどを『黒耀の間』の隣の仮眠室で寝起きしている。

「あの宮に何がある。帰る意味がない」

「……だが、今週末は、皇族晩餐会がある。少しの時間でもいいから立ち寄ってやれ」

 

 リオンは、グランの従弟でもある。子供の時から、グランを知っている。また、宮殿の裏に広がる丘に住む身として、同じ皇族の立場も理解できる。

 本来、宮(家)は、自分の帰るべき所であり、心のよすがであり、癒しの場だ。そういえる場所が無いということは、まこと頼りなく、寂しいことだ。地に根を張らず、漂う浮草のように。


 従兄弟の言葉に応えることもなく、グランは無言で立ち上がった。他の三人を残し、無言で部屋を後にした。

 グランは、仮眠室に入り、中に待機していた近侍に下がるように命じた。この部屋は、居間と寝室を備えてはいるが、あくまでも仮の部屋だ。

 

 グランは、渇きを感じた。

 棚の扉を開け、酒とグラスを手に取り、自ら注ぎ呷った。しかし、この渇きが酒で抑えられないことを知っている。


 この渇きは、なんだ。

 胸を締め付けられるようなザラザラした感覚。

 何かが足りなくて、手を伸ばしても掴めないようなもどかしさ。

 この渇きを抑えるすべはないのか。

 この渇きを抑えるため、剣を手にしてからは、ただひたすら振り続けた。

 酒を覚えてからは、浴びるように飲んだ。

 女を知ってからは、毎夜のように抱き潰した。しかし、渇きを抑えることは出来なかった。

 いつからだ。

 物心ついたときには、すでにあった。では、生まれた時からか?

 それでは、どうしようもないな、この渇きは。

 グランは、自身を嗤笑した。

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