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  作者: まころん
第1章
13/70

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「畑を全て焼き尽くせ」

 ロウダン帝国の『裁きの間』に皇帝グランジウスの声が低く響き渡る。


 本日、詮議になっている件は、ご禁制のアヘンの製造だった。被告の男は、爵位を持つそこそこ有力な貴族だった。  

 男は、領民を脅かしアヘンの原料となるケシを隠れて栽培していた。更に、若い娘たちにも無理やりアヘンを摂らせ、地下に監禁し貪りつくし、使えなくなったものは娼館に売り払っていた。

 逆らうものは、容赦なく切り捨て、幾人の領民の犠牲者が出たかわからない。

「判決を言い渡す。領地没収の上、死罪だ」

 被告の男は、その場に崩れ落ちた。

 現皇帝は、貴族といえども特権的扱いはしない。『裁きの間』に参列する者たちは、顔色一つ変えず下された極刑に身を震わせた。その多くが貴族だった。

 

 一人の貴族が、手を挙げた。

「恐れ入りますが陛下、死罪とは、いささか性急な判決かと」

 それを、皮切りに次々にと声が上がる。

「もう少し議論の余地が」「どうか酌量を」

 この『裁きの間』の間で、気がついた者は何人いるだろう。無表情とも言える皇帝グランジウスの眼光が、鋭さを増したことに。 

 この優しき者たちは、死罪を受けた貴族に同情や良心から異を唱えているわけではない。これを機に相手に恩をうるか、もしくは、万が一、自分に同様の状況が降りかかった場合に、少しでも有利な前例を作っておくためだ。

 とんだ茶番である。


 今まで、多くの似た光景をみせられてきた。これから、幾度、この光景をみせられるのか。彼らの、行動のもとにあるのは、つねに自分の利益と欲望のみだ。

 揺るがない鋼の皇帝の声が、低く響いた。

「如何なる事があろうとも、この判決が覆ることはない。以上を持って閉廷とする」

 皇帝は、立ち上がると、皇帝の紋が印されたマントをひるがえし、一度も振り返ることなく『裁きの間』をあとにした。


 裁きの後、いつものごとく『黒耀の間』にいつもの姿があった。

「リオン、此度の件、ご苦労であった」

 皇子リオンが、胸に手を当てる。

「……いや、もっと早く解決していれば、犠牲者がより少なく済んだかもしれない……」

 不正の臭いを嗅ぎつけた皇帝が、観光という名目で皇子リオンを実態把握のため送り込んだのだ。

 皇帝の労いの言葉も、事件の痛ましさにリオンの顔は晴れない。

 宰相イオリが、棚の奥にしまってある極上の茶葉を入れた。

「殿下、どうぞ」

 リオンは、いつもの椅子に座り、茶を口にした。

 

 宰相イオリは、密かに分析していた。

 皇帝であるグランの椅子は、芸術品ともいえる極上品だ。細やかの彫刻が施され、金糸、銀糸の紋ビロードにワインレッドのパイルが織り込んである。丸みを帯びた大きな肘掛と背もたれをもち、三人の大人がゆったり座れる長椅子だ。

 グランは、その長椅子を当然のように独占している。主なので当たり前なのだが。

 親衛隊長ドモンは、自分用の馬鹿でかい肘掛椅子を勝手に持ち込んだ。ここにあるのは座り心地が悪いし、気にいらんと。一時は、満足のいく椅子を求めて、仕事より椅子探しに夢中だった。

 皇子リオンの椅子は、上等ではあるが普通の一人掛け用の椅子だ。元々この部屋にあり、イオリと同じものだ。

 たかが椅子一つのことだ。それでも、各々の性格を表していると、イオリは思う。

「うまい茶だ」

 皇子の言葉にイオリは、頭を下げた。

 一息ついた皇子リオンは、気になっていたことを口にした。

「ところで、セシリエス殿下の件は、どうなっているんだ?」

「ゲンセイからの報告書が、こちらです」 

 宰相イオリが、封書を手渡す。開けて見ると中には


「   ご出立    」


の三文字だけがあった。

「これだけか?人物像なり状況報告はないのか?」

「報告する価値もない者ということだ。厄介者め」

 感情も何もない声が答える。

「グラン、血の繋がった兄君だ」

「血の繋がりがなんだ。兄だと、そんなものは、いらん」

 リオンは、幼いころを思い出した。

 ロウダン帝国帝都には、政を行う宮殿の裏に小高い丘が広がっている。広さは、村が一つすっぽりと入るほど広い。その広大な敷地に、皇族が住んでいる。民は、その丘を『皇族の丘』と呼んでいた。

『皇族の丘』で、宮殿に一番近いところに皇帝の住む皇宮がある。さらに奥には、他の皇族の住む離宮が点在している。

 皇宮や離宮は、皇族にとって自分の家だ。自身たちは、みやと呼んでいる。それぞれの宮は、樹木や美しい庭園で彩られていた。

 宮と宮は、道で繋げられている。その道は、石畳みを敷き詰め、馬車もすれ違えるほど広い。

 皇族たちは、互いの宮を馬車や時には散歩がてら行き来していた。


 リオンは、その内の一つの離宮に両親と四つ下の妹と四人で暮らしていた。母は前皇帝ダヴィーグの妹である。

 子供のころ、皇族の中でも年が近いグランの宮に、よく遊びに行った。そこには、無駄に広い部屋の中で、大きないすにたった一人座っているグランがいた。

 周りには、多くの仕える者がいる。しかし、グランを見ている者は、誰もいない。

 リオンは、まだ何も知らない子供だったが、これが、「一人」ではなく「独り」だということを学んだ。

 

 グランは、生まれた時から「独り」だった。グランの母アーリャは、グランが生まれると母と妻の責務を放棄した。


 ロウダン帝国は、一人の夫に一人の妻しか認めていない。側室やそのための後宮もない。

 また、女帝にならない限り、皇族の妃(妻)が政にかかわることはなかった。規模の違いこそあれ、庶民の女房と同じように、家庭である宮を守り、自ら乳を飲ませ子を育てることが務めだった。


 当時第四皇子ダヴィーグの妃アーリャは違った。私心の赴くまま花を愛で、詩を嗜み、刺繍などの趣味に勤しむ日々を送った。

 産み捨てられたグランのために、乳母が付けれた。だが、ロウダン帝国におけるその役目は、あくまでも乳を与えるだけのものだった。

 妃である母を差し置いて、子を慈しむわけにはいかず、アーリャの不興を買ってまで、目を掛ける者もいない。


 グランの周りには、いつも乳母や侍女、警護の騎士など多数の人間がいた。その群は、ただそこに在るだけの冷たい壁に等しかった。


 その母が、グランに唯一接する時があった。夫であるダヴィーグが絡む時だ。

 アーリャは、年端の行かないグランに、常に説き聞かせた。夫ダヴィーグが如何に不誠実か。そのせいで自分がどんなに不幸になったかを。


 ダヴィーグも、激務の中、妻とわが子の状況を危惧し歩み寄ろうとした。しかし、ダヴィーグがグランに触れようとするだけで、アーリャは狂乱状態に陥った。激しく罵る妻に為す術もなかった。


 アーリャにとって、グランを奪われることはあってはならない。

グランは、自身を妃に繫ぎ止める大切な道具であり、愛情を注ぐことは無くとも価値ある存在だった。


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