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マヒロは、ゲンセイたちが、森から姿を現した時から一人の男を目にいれていた。ズシーヨの起こした馬鹿騒ぎのなかでも、視界の端で男を観察していた。
あの男が、セシリエス殿下か。
皇帝グランジウスの兄と聞いた。皇帝のような堂々たる体躯の男を想像していたが、その姿は、あまりにもかけ離れていた。
がっしりした体格の者が多い『黒の民』の中ではマヒロ自信も細身だが、男はもっと細い。貧弱としか思えない。
しかし、帽子を脱ぎ、その姿が目に映ったとき、マヒロは、我知らず跪いていた。
一瞬、光の塊かと思った。それも、崇高な白い煌き。
マヒロは、『白の民』を見たことはなかった。恐らくそれは、若いズシーヨも同じだろう。かつての十年に及ぶ戦争の中で、『白の民』は迫害を受け、もともと少なかったその数を減らした。
頭ではわかっていたことだが、初めて目にする『白の民』、皇帝の兄の男は、本当に色を持っていなかった。
きらめきを集めた絹糸を思わせる白い髪が、体を覆う。長い睫毛が縁どる少し垂れた枠には、輝く真珠のような白い瞳が納まる。
―― 白い髪、白い瞳を持つ『白の民』 ――
それは、なにものにも属さない孤高の気高ささえも感じさせた。
マヒロを惹きつけたのは色だけではなかった。目鼻立ちが整っているだけの者なら、もっと美しい者は幾らでもいるだろう。
そうではない。
男のまとう心癒す清流のような清らかさに、マヒロは跪いていた。
「セシリエス殿下、お初にお目にかかります。この度の従者を務めさせていただきますマヒロと申します。殿下の手足となる所存にございます」
「……よ、よろしくお願いします」
戸惑ったような返答が返ってくる。
それに反応したのは、自称この旅の責任者だ。ズシーヨは、自分を挟んで交わされた言葉に我に返った。口をパクパクさせたあと、やっと声を出した。
「ば、ば、ば、馬鹿な。下賤な色なしが殿下なはずがない。何一つ精霊の加護のない色なしが」
「何言ってんだい。さっきまでセシルに見惚れてたくせに。これ以上、セシルを悪く言ったら、あたしが許さないよ」
「う、うるさい。うるさい。この卑しい色なしを私に近づけるな」
がなり立てるズシーヨとセシルの間に、バナルが割って入った。バナルの握った拳に筋が浮かび上がる。
「ヒッ」
ズシーヨは息を飲み身構えたが、殺気立つバナルとの間に、今度は、騎士団隊長ゲンセイが立った。
味方を得たりと、ズシーヨが声を張り上げる。
「ゲンセイ、色なしと、この無礼者たちを捕り抑えろ」
振り上げられたバナルの拳を、ゲンセイが制止した。次の瞬間、剣が抜かれた。
その切っ先は、ズシーヨを向いていた。
「ズシーヨ殿、これ以上の不敬を許すことはできぬ」
「……ま、待て、ゲンセイ。何を血迷っている」
「白の民への差別は、先代皇帝ダヴィーグ様が、即位後すぐに法をもって禁じた。教育を受けた者なら知らないはずはない」
ゲンセイは淡々と述べているが、剣先はズシーヨの真ん前にある。
「ゲンセイ……落着け。……まず、剣を下せ。私は一般論を……穢れ(けがれ)た白の民の皇族など、前代未聞で言語道断……」
手入れの行き届いた鋭い刃が、いよいよ鼻先に近づき、ズシーヨは、勢いよく地面に尻を打ちつけた。それでも、剣が下ろされる気配はない。
「ズシーヨ殿、あなたも読まれた殿下の報告書に『白の民』の記載があったはず。総じて、この方は、セシリエス殿下に間違いない」
冷然とした、しかし有無を言わせない凄みを遮るように、ズシーヨは泥のついた手をかざした。
「わかった。……悪かった。……さすがの私も初めて、いろ……、白の民を目に、いや、お目にかかり動揺したのだ。酌量の余地があるはずだ。絶対ある」
剣は、どうにか鞘におさめられた。




