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  作者: まころん
第1章
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 セシルは、篭を抱えていた腕に思わず力を込めた。篭に入っているのは洗濯物で、耳に届いたのは人間の足音だ。

 人が、こんな森の奥深くまで入ってくることは滅多にない。足を運ぶべきめぼしい物も何もなく、あると言えば家の前にある精霊の涙で出来たと言われる湖くらいだ。

 それでも以前は、森の外れに住むバナルが、月に1度は訪ねてきてくれたが、年々足が悪くなり、近頃はだいぶ遠のいた。

 その森の外れまでも、ここから獣道より僅かにましな道を歩いて一日はかかり、村に出ようと思えば更に二日かかる。訳もなく、人がこの森に紛れ込むことはないのだ。

 今、聞こえる草木を踏む音は一つではない。複数の足音が、どんどん近づいてくる。逃げろ。隠れろ。味わった過去が、そう叫ぶ。

 セシルは、動揺する自分を叱咤し、なんとか足に力を入れた。その瞬間、目の前に男たちが飛び出し、あっという間に取り囲まれた。

 見知らぬ黒目黒髪の巨漢が五人。小柄なセシルから見れば聳え立つ壁のようにも見える。更に男たちの腰に提げられた剣も目に入り、頭も体も固まった。壁の一人が、声をあげた。

「お迎えにあがりました。殿下」

 男は、そう言うと跪き頭を垂れ、他の男たちも一斉にそれに倣った。

「……、へっ」

 セシルは、意味をなさない声を発した。男の言葉が、頭に届くまで時間がかかったが、どうやら男たちの目的は、自分ではなさそうだ。自分は、どう間違えても殿下ではない。 

 では後ろに誰かと振り向いた。そこにあるのは、見慣れた小さな家だ。あちこちガタが来ているが、愛着のある我が家だ。その後ろには、森の緑だけが深く続いている。奥に進めば、ここから見えはしないが、『精霊の涙』と『黒の大地』を祀る古びた祠がある。

 しかし、男の言う殿下らしき人の姿はない。セシルは、ゆっくりと前を向き、首を傾げた。男たちを窺ってみれば、頭を垂れたまま危害を加えてくる気配はなさそうだ。皆、揃いの深緑色の上下衣に膝まである皮靴を身につけている。上質の物だ。森からほとんど出た事のないセシルでもわかる。

(……、これは、いったい?)

 セシルは、固まっていた頭を巡らせた。確か、今日は何の変哲もない日だったはずだ。朝、晩春を向かえやわらかくなった陽ざしが窓から入り込み、まぎれもない洗濯日和だった。  

 こんな陽ざしのもと洗濯物を干せば、母が好きだった『お日様のにおい』がふんわりとする。なにより天気のせいか体の調子もよかった。

 上機嫌で洗濯物の入った籠を抱え外に出れば、木々に囲まれた空は青く輝き、湖の洗い場の水面も陽に照らされ揺れていた。いつものように洗い場に足を向けた。そこへ、森の平穏を崩す音が伝えられたのだ。音の主は、この男たちだった。

「……あ、あのぅ……」

 セシルは、恐る恐る声を絞り出した。男たちの跪く姿は目に入ってはいるが、何が起きているのか訳がわからない。

 先ほどの男が、おもむろに顔をあげた。男たちの頭役だろう。厳つい顔つきに、鋭い眼光、歳は四十代前半くらいか。

 男が口を開く。

「私は、『黒の大地』ロウダン帝国第七騎士団隊長ゲンセイにございます」

 ―― 『黒の大地』 ―― 

その言葉が、頭をかすめた。

ああ、そうか。やっぱり。この男達は、その容姿が示す通り『黒の民』だ。肥沃な土と同じ色の黒を身体に持っている。セシルは持ち合わせていない黒の色を。ここが、『黒の大地』だから当たり前か。

 男は続ける。

「この度、我々は、皇帝グランジウス様の命によりセシリエス殿下を皇宮にお連れするために参りました」男は、いっそう目に力を入れセシルに言った。「貴方様は、セシリエス殿下に相違ございません。我々と一緒にお出で頂きます」

 どさりと抱えていた籠が落ち、セシルの色を持たない白い髪が揺れた。視界の端っこに、久しぶりに見るバナルの姿が映った。

 







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