4話
遠征から戻って来た一週間後の日。
僕らは今、一列に並んでいる。
通常の訓練は今日は休みらしく、その代わりこの列に並ばされているという訳だ。
さて、この列が何の列かと言うと。それは、魔法使いの適性を調べるための列としか言いようがない。
どうやら、カーギルちゃんからうまく情報を引き出せた上に、彼女による魔法を使うための能力のような物を、全員に調べさせいるらしい。
詳しいことはよく知らないけど、それはかなりのーーというか過労死するくらいの重労働なんじゃないんだろうか。
魔法を使う能力をどうのような方法で調べるかなんて僕には分からないけど、それが簡単なことにしろ、それを軍に所属するほぼ全員を対象と言うのは、これはもう単純に時間だけ考えても足りない気がする。
もっとも『時間が足りない』と言った所で、制限時間なんて今のところないんだけど。
しかし、こんな風に軍に所属している全員にこんな検査を強要すると言うことは、やっぱり王様、魔法に対抗するために、魔法使いの軍団を作ろうとしているんだろう。
まあ、魔法使いなんて期待される役職、僕は着きたくないけど。だから、僕に魔法を使う能力がないことをただただ祈る。
--さて、そんなことを考えていたら僕の番になった。
僕は前後に並んでいた人たちーー僕含めて計五人の人数で、カーギルちゃんが中にいるであろう部屋の中に入る。
中には案の定、カーギルちゃんと、その両脇を固めるような形で屈強な護衛ーーいや、この場合カーギルちゃんの監視係とでも言うべきかーーがいた。
僕の姿を視認したカーギルちゃんが、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
僕はあの時これと言って何もしてないんだけどなーーいや、何もしなかったからか。
僕ら五人は、カーギルちゃんが座っている前にある椅子に座らされる。
簡素な作りの、木製の椅子だ。ちなみに僕が座っているのは一番右端っこ。
カーギルちゃんは何も言わず、こちらの額を押していく。
遂に僕の番になった。
少し緊張する。頼むから、魔法の才能がないようにと願う。
しかし。
僕の額に触れた瞬間、ぱっと彼女の目が見開かれた。
怯えるように、後ずさる。
……何なんだろうか。嫌な予感がする。
口をぱくぱくと動かすカーギルちゃんだけど、その口から音は全く聞こえない。狂ったように口を動かすけど、それでも何も聞こえない。
その行動を、見張り役の人は不審に思ったのか、すぐさまその口に猿ぐつわをし、両手両足を縛った。
……えっと……。僕のせい?
と、こんなことを言ったら好感度が下がるんだろうけど、今はそんな場合じゃない気がする。
というか、これはあれじゃないんだろうか。僕に魔法の才能が有り過ぎて、カーギルちゃんが驚いたパターンじゃないんだろうか。
もしそうだったんなら、僕はもう絶望するしかない訳だけれど。
カーギルちゃんは、縛られた手足を器用に使って立ち上がると、ふらふらと僕の方に近づいて来た。
見張りの人は訝しんだ表情で彼女の挙動を見ているけど、今の所それ以上何かをする気配は感じられない。
カーギルちゃんの顔が、僕の顔に息がかかりそうな距離まで近づく。別にこれと言って男の子らしい感情は抱かないけど、しかし不安になるのは確かだ。
じっと僕の目を見つめているカーギルちゃんは、一度目を閉じて深呼吸をして、意を決したようにその目を見開いた。
怖ぇよ。
ごんと、と。音が僕の額から聞こえる。
……カーギルちゃんが僕の額に頭突きーー否、ひっつき合わせたのだ。
「ふがっ」
カーギルちゃんの口から、そんな言葉が。
猿ぐつわをしてて、何言ってるのか分からないけど、まあ多分していなかったところでこれと言った意味のない言葉だったろうから、その辺はあまり関係ないかもしれないな。
というか、今日初めてカーギルちゃんの声を聞いたような気がする。僕らを検分する前に、何やら口を動かしていたけど、僕の聴覚じゃ拾い取れなかったーーじゃなくて、それどころじゃなくて、え? 何があったの?
彼女の顔がかなり赤い。だけどそれは、別に照れてるんじゃなくて、熱でうなされているような赤さだ。
……え、ちょ、え? 何があったの? え? ちょ、え?
……これはもしかしてあれだろうか。村に住んでいた頃、吟遊詩人の口からよく聞いた、物語の主人公のアレだろうか。
アレって何なんだろうか。アレって。
そういえば、あの時のことを思い出すな。別に僕は吟遊詩人が話す物語がこれと言って好きではなかったけど、姉に連れられてよく聞きにいったっけ。
--って、現実逃避している場合じゃなく。
何があったんだえろうか。
見張りの二人は、急に苦しみ出した彼女に戸惑うように、互いに目を配せている。つまり、彼らにも想定外ということだろう。
どうしたものか。まあ、これを僕が解決する義務はないのだから、何か言われるまでこのままこうしていればいいのだろうけど。
監視役の二人が、カーギルちゃんの両脇を持つようにして持ち上げ、何処かに連れて行った。
残された僕ら五人は茫然としていると、少し経って、僕以外の四人は帰され、僕だけこの部屋に残された。
……これはヤバい。これはヤバい。
しばらくすると、猿ぐつわを外されたカーギルちゃんと、その横にライトさん、そして見知らぬ男の人が現れた。
「……あの、ライトさん。これ、何がどうしたんですか?」
きょとんとしているだろう僕の声音に、ライトさんは答える。
「今からそれを説明する。とにかく話を聞け」
声音が低くなっている。僕はこれを、仕事モードライトさんと呼ぶことにした。
仕事モードライトさんは、もう一人の人と共に、カーギルちゃんを椅子に座らせると、自分はその脇に、しかし彼女の口の動きが見えるだろう位置に立った。もう一人の男の人も同じだ。
「カーギル、話してくれ」
それだけライトさんは命令する。僕はカーギルちゃんを見る。彼女の熱は、既に治っているようだった(治る、という言葉が適切かどうかは置いておいて)。
彼女は少し戸惑うようにして、きょろきょろと見回したけど、それでも意を決したのか、口を開く。
「ーー……最初にこのことを言っておくが、この事は私にも良く分からない」
カーギルちゃんが僕の瞳を見つめて来る。射抜かれそうな、何故か羨望が感じられるような、そんな眼差しだ。
「まず、魔法のことについて簡単に説明しておこう。魔法を使うには、主に二つのステップに分けられる。まず、魔法のイメージをすること。そして、魔法語で呪文を作ることだ。魔法語、呪文については、追々説明する」
ふむ、魔法語、呪文というものをよく知らない僕だけど、大体のことは分かった。何というか、まずどんな魔法を使うのかイメージをして、それに合わせて呪文を作ると言うことだろうか。
「そして、魔法を使うには『魔力』というものが必要だ。これはそうだな、人間が何かする時の『体力』や『集中力』とは概念を別にするものだ。強いて言えば、魔法を使うための水が体の中にあって、それを魔法を使う時に使用するということだろうか」
なるほど、それは少し分かりやすい説明だ。
「魔法使いは、この『魔力』と『呪文』を使って魔法を使う。魔力は訓練次第でいくらでも伸ばせるし、呪文を作りだす能力も、簡単に伸ばせる」
ふむふむ、それは逆に言うと、誰にでも魔法使いになれるチャンスはあると言うことか。努力次第でどうにでもなる、と。
「まあ、普通の人間は、最初はそれほど多大な魔力を有していない。訓練を積んで増やしていくのが常套手段だ。--なのにお前は」
そこで、カーギルちゃんの視線が強くなった気がした。あくまで『気がした』だけど。
「お前は、普通の人間が持っている魔力の量を、軽く超越している。超越しているなんてものじゃない。まるで、魔法使いになるべくして生まれてきたかのような、そんなレベルだった」
……やっぱりか……。
何というか、かんというか。どうしてこうも僕の人生と言うのは、僕自身に不都合なように出来ているんだろうか。
まったく、魔法使いなんて冗談じゃない。僕は自分が知らない物が一番苦手なんだ。
それにさっきも言ったかもしれないけど、魔法使いなんて周りから期待されるじゃないか。
ああもう。どうしてこうも。
「もっと言うなら、お前の持っている魔力を私は把握しきれていない。お前の魔力が異常だと言うことしか分からなかった」
まじまじと、僕を観察するようにカーギルちゃんが見つめる。その可愛らしい容姿のせいか、不思議といやな感じはしなかった。
「--お前は、一体何者だ?」
……それは僕が一番知りたい。何なんだこれは。まるで僕が、選ばれた勇者のようじゃないか。選ばれる? 冗談じゃない。もっと静かに、波風一つ立たないような、そんな生活を望んでいるんだ。この軍に入ったのだって、僕の意思じゃない。
まったく、周りから非難されてもいいから、あの時逃げ出すべきだったんだ。
カーギルちゃんは、これで一通り話し終わったのか、今度はライトさんが話し始める。
「という訳で、エラル。お前には、帝国のために魔法使いになってもらう。いいな?」
この『いいな?』に、僕に確認をとる意味は全く含まれていない。頷かないとこの場で殺す、そんなニュアンスを含んでいた。というか、そんな意味しか含まれていなかった。
僕は心の中で溜息をつくと、精一杯の笑顔を作る。
「分かりました。帝国のため、一生懸命頑張ります」
……対応の仕方は、これでよかったんだろうか。
主人公補正どーん。
と言う訳でエラル君の隠された力の鱗片がさっそく露わになりました。