3話
「まったく、魔法なんぞの対策を立てねばならんとは」
忌まわし気に、一人の男が呟いた。
マダリン・グラウン。帝国の王。絶対支配者。
そんな彼は今、信頼できる護衛と自分しかいないテントでブツブツと一人言を言っていた。
もちろん愚痴などではない。『魔法』に対する対抗策だ。
と言っても、すぐ隣に人がいるため、独り言を言いながらではさほど肝心なことまでは考えられない。
先ほど護衛のことを『信頼している』と書いたが、それはあくまで他の人物に比べてであって、別に心の底から信用している訳ではない。
彼がこの世で心の底から信頼している人間など、自分しかいないに違いない。いや、もしかしたら自分すら信用していないのかもしれなかった。
まあそれは今すぐ、物語の進行に関わって来るという訳ではないので取りあえずは置いておいて。
つまり、今彼が呟いていることは、逆に言うとブラフだとも言える。もちろん今このテントの中にいる護衛が魔法側の人間だと考えている訳ではないがーーだからと言って、考えてない訳でもないがーー、しかし、彼はその生き様に、人を騙すことが染みついているのかもしれなかった。
と、そんな時、入り口の外で周りを警戒していた見張りの一人が、失礼します、と中に入って来た。
「陛下、ライト・オールダー殿が、何やら捕虜のような人物を連れて来ました」
マダリンはその報告に片眉だけ上げると、入れろと命じた。
入って来たのは、見覚えのある兵士に見覚えのない少女。
一人はライト・オールダー。
そしてもう一人は、さっき見張りの一人が言っていた捕虜だろう。
その少女は猿ぐつわをされ、手を逆どりに背に押さえられている。完全に捕まっている状態だ。
入って来た瞬間、ライトは少女ーーカーギルを抑えながら片膝を付き、主である王に向かって頭を垂れた。
それは、とても綺麗な忠誠の証だった。
「ふむ、顔を上げろオールダー。ーーして、その女は誰だ?」
その少女に興味があると言うより、あくまで一つ手が増えたかと言ったような目で、彼女を値踏みするように眺めた。
「はい」
ライトは言われた通り顔を上げると、作ったような声音で答えた。
「この少女は、私が先ほどの奇襲より逃げる際中に発見した小屋にいた者です」
『先ほどの奇襲』と言う言葉に、若干顔をしかめる。あの攻撃は想定外だったとは言え、逃走時の指揮系統がまるでなっていなかった。
本来ならば、もっと秩序が取れた状態で逃げることが出来るはずだったのだが。
一瞬、そのことに関して逡巡したものの、それは本当にほんの一瞬ですぐに表情を元のものに戻す。
「--そして、驚くことにこの者。魔法が使えるそうなのでございます」
マダリンの顔の変化こそ乏しかったものの、しかしそれに対する驚きはかなり大きなものだった。いや、『驚き』ではない思いがけない幸運による『戸惑い』だろうか。
これを奇跡と呼ばずして、何と呼べばいいのか。
だが、ここで取り乱してーー露骨に悦びを表に出したりして、この魔法使いの少女に隙を見られるのは些かマズイだろう。
内心の驚愕をおしこめ、声音は無理矢理にも冷たくする。
「--ほう、それは本当なのか?」
相手を見下すように、顎を突き出して言う。これはもはや癖のようなものだ。
「私も本当かどうかは分かりませんがーーしかし、そうでないと説明が付かない体験を、私はしました」
ここで、逃げてからの一部始終を、虚実織り交ぜて話す。どういうことかと言うと、自分に都合よく、同行する形となってしまったエラルには都合悪く、話を多少ーーあくまでも多少ーー捻じ曲げた訳である。
それを聞いて、信じているのか信じていないのか全く読めない表情でマダリンは軽くうなずくと、カーギルの方を向いた。
「さて、アレクダー。貴様、魔法が扱えるそうではないかーーしかし、そうだな。使わせるにしてもここで妙な魔法を使われたら些か問題が出る。ふむーー」
少し思案するような仕草をーーあくまで仕草だけだがーーをし、考えるように顎に手を当てると、ゆっくりと外していた視線をカーギルに戻す。
「それでは少し、質問に答えてもらおうか」
ーーー
現在僕は、宿舎に帰るために馬車で移動している。と言っても贅沢な、お姫様なんかが乗っているイメージの馬車ではなくて、これと言ってなにもない荷馬車だ。
僕が乗っている馬車はそう広くない。しかしその中に乗っている人数は打倒な数字だったので、息苦しさは感じなかった。
あれから、散り散りになったほとんど全員が軍の所に辿りつけた。
何故あんなにも逃げる時の体制がおろそかになっていたのか、その辺りはよく分からないけど、まあ結果的に良かったのだから別にいいのだろう。
あ、そういえば、ライトさんがカーギルさんを王様の所に連れてってたけど、僕が不利になるようなことを言っていないだろうか。あわよくば、何かしらの褒美のような物をもらいたい所だけど、それは少々望み過ぎというものか。
さて、と。宿舎に帰るまで特に何もすることがないので、一眠りしようと思ったら、横から、誰かが話しかけて来た。
「……あら、エラル君じゃない。どうしてたの? 無事に軍の所まで辿りつけたのね」
隣を見ると負のオーラを全身から放っている少女が。幼い子供に間違えられるくらいに小さい。最初に見た時、誰かの妹か何かと思った程だ。
彼女の名前はベルテ・ドルテーア。
背こそ低いが、その他のものはトップクラス。僕と同じ実戦経験こそ皆無なものの、それでももしかしてライトさんと一対一で戦える程強いんじゃないんだろうか。分からないけど。
目の下には、いつもと変わらず大きく濃い隈が。この子、ちゃんと寝てるんだろうかと心配になってくる。
「で? 何かあったのかしら? 私たちのところにたどり着く前に」
不気味な笑いを浮かべながらベルテちゃんが聞いてくる。最初は正直行って怖かったけど、最近ではもう慣れた。どころか一週間に一回見ないと落ち着かないくらいだ。
僕は正直に答えようか迷う。あの件は一応伏せておいた方がいいんじゃないんだろうか。まあ、ライトさんが僕も王様のところに連れて行かなかった時点で別に秘密にする必要なんかないのかもしれないけど。
というかライトさん、あの人、手柄を独り占めするつもりじゃないだろうな。確かに、ほとんどライトさんの手柄とはいえ、一応は僕も当事者だ。一応。
今は別にいいか。とにかく念には念を入れておこう。もしもの時も考えておかないと。
だから僕は、ただ道に迷っただけだと答えた。
それに対してベテルちゃんは、
「へぇ……。そうなの……」
と、信じているのか信じていないのかよく分からない風に返すと、目を瞑り眠り始めた。
よかった、ちゃんと寝ているみたいだ。
……まあ、逆に言うとこういう時にしか眠れる時がないと言う見方もできるけど。
どうでもいいことだけど、この子は異様に陰が薄い。僕は話し掛けられるまで気付かなかった程だし、成績優秀の優等生のはずなのに、彼女の周りにはいつも人がいない。
まあ。それは彼女の性格が原因だという可能性も多いにありうるけど。というか多分そうだけど。
よし、僕も寝ようと、そう思ったその時。
「おいエラルゥ!!」
そんな声が、馬車に入口から聞こえて来た。
……この声は聞き覚えがあるぞ……、というか、さっき聞いた。
ライトさんだ。
「おっ、いたいた。エラルじゃないか。こんなところにいたのか」
こんなところにいたのか、って、だったらなんで入って来るとき『おいエラルゥ!!』なんて叫んだんだ。ここに僕がいなかったらどうする。
パチリと、そんな音を立てそうな勢いで、ベルテちゃんが僕の隣で目を開けた。
そしてギロリと睨むようにライトさんを見ると、僕が今まで聞いたこともないくらい低い声で、口を開く。
「……あら、オールダーさんじゃないですか。どうされたのですか? 特別騎士の優等生さんがうちのエラルにならの用です?」
あ、ライトさん『特別騎士』だったんだ。
兵士の中で特に優秀な人材を集めて、僕ら一般兵士とはまったく桁違いな訓練をする、そんな優等生の中の優等生みたいな人たち。それが『特別騎士』だ。
ちなみに特別騎士に選ばれる兵科の基準はこれと言ってない。ただ、弓矢を得意とする人間に剣の訓練を叩き込んでも、あまり意味がないように、訓練の内容はその兵科によって異なるようだ。
と、ここまでが僕がベルテちゃんに聞いた話。確か、ベルテちゃんも特別騎士に選ばれてるんじゃなかったっけ? それにしては、いつまでも僕たちと一緒に訓練をしている気がするけど。
というかこの二人、もしかして知り合い?
「……おお。ドルテーアさんか。特別騎士に選ばれながらも、あの手この手で断り続けている変わり種さん。今日は別にお前に興味はない。用があるのはそこのエラルだ」
「……分かってますよ……。だから私は目を覚ましたのだから。……まったく、で? 何のようですか?」
「はっ、お前には別に関係ないだろ?」
……あれ? もしかしてこの二人の関係、険悪だったりする。
この馬車に乗っている、他の人たちも、今まで見たことのないベルテちゃんの様子と、何故かしらそのベルテちゃんと今にも喧嘩をおっぱじめそうなライトさんに一歩引き気味だ。
僕も出来れば一歩どころか百歩くらい引きたいのだけれど、この言い合いは一応僕が原因なんだよな……。逃げるにも逃げにくいにも程というものがある。
「……関係ない? ……聞き捨てならないわね。エラル君は私のものよ」
僕の方が聞き捨てならないんだけど。
「おいおい、お前みたいな奴がエラルを物に出来るはずがないだろう。まったく、戯言にも程があるぜ」
バチバチと、火花まで立てそうに睨み合う二人の間に、僕は割って入る。このままではこの場で殺し合いに発展しかねない。
殺し合うのは別に勝手だけど、僕を巻き込むのは止めてくれ。
実際、ライトさんもベテルちゃんも、剣を抜きかけていた。
「まあまあ、落ち着きましょうよ。ね? こんなところで喧嘩をするのもよくないですし」
めちゃくちゃ怖いよ、この二人。今にも襲いかかって来そうだ。ああ、早くどっちでもいいからその刀身を収めてくれ。
「……まあ、エラル君が言うんだったら……」
そんな風に言って、柄から手を離してくれたのはベテルちゃん。それに続いて、ライトさんも剣を収めた。
よし、とりあえずライトさんの用件を聞こう。また大変なことになる前に。
「--それで、ライトさん? どうされたんですか?」
「ああ、あの魔法使い少女のことだ。……『魔法使いの少女』。少し長いな。縮めて『魔法少女』と呼ぶか」
何となくだけどそれはやめておいた方がいいと思う。
「まあ、名前で呼ぼう。カーギルちゃんの件で、陛下がお前にも話を聞きたいそうだ。一緒に来てくれ」
まあ、そんなことだろうと思ってた。それ以外にライトさんが僕に会いに来る理由なんてないしね。
「という訳で着いて来い。--あ、言い忘れてたけど、陛下に報告する時、かなり俺に都合がいいように少しだけ事実を捻じ曲げておいたから、その辺話を合わせておいてくれ」
何してんだこの人。
いかがだったでしょうか。
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