2話
さっきの火球による攻撃だけど……、あれの正体は、大体検討が付く。というか、噂で聞いた。
あの小国は所謂『魔法』なんてものを使えるとか。
噂の域から出ない情報だけど、うちの王様は、その辺り、本気で信じている、みたいな話も、前に聞いた。
だとすれば、この戦争は様子見みたいなものだったのだろうか。その辺りは一兵士である僕が伺い知れることではないけど。
さて。
……ライトさんに連れられて逃げたはいいものの、ここ、どこだ……?
僕が考えても仕方がないので、とりあえずその辺りはライトさんに聞いてみることにする。
「あの、ライトさん。ここ、どこか分かりますか」
「分からないよ」
あっけらかんと答えるライトさんは、いっそ清々しい。
しかし、清々しいからと言ってここがどこか分かっていないのだったら困る。かなり困る。だからとりあえず、ライトさんに質問を重ねることにした。
「ですけどライトさん、もちろん、皆さんがどの位置にいるかぐらいは分かっているんですよね?」
「分からないよ」
ダメだ。これはもうダメだ。
百戦錬磨のベテランだと思ってたんだけど、意外とーーいや、想像通りに抜けているところがある。
どころか抜けまくっている。
「まあ、前に進めば未来はあるよ」
そんなことを言って、ひたすら前進するライトさんの後ろをさっきからついて行っている僕なんだけど、一体いつまでこの時間が続くんだろうか……。
前を歩いているライトさんの方がもちろん疲れているのだろうけど、けれどもそろそろ僕も疲労の限界だ。
ここら辺で休みませんか、と、僕が提案しようとしたその瞬間に、僕の鼻がライトさんの背に当たった。
まあ、ライトさんは、皆を探すために森の中を散策するに当たって既に鎧を脱いでいるので、痛みは無かった。
「……あの、ライトさん?どうしたんですか……?」
もしかしたら帝国軍の皆さんを見つけたのだろうか、と、少し期待してライトさんを避けるようにして前を見たのだが、残念ながらその希望的観測は外れた。
僕ーーそしてライトさんの視線の先にあるのは一軒の小さな小屋。
人が一人住むのは十分だろうが、ここは確か人が住んでいなかったはず。
まあ、僕が人から聞いた話なので、確かなことは言えないけど。
それをライトさんに言うと、ライトさんもその情報を肯定した。
「ーーってことは、なんだ、この家は。まったくけしからん」
何がけしからんのかはよく分からないけど、ライトさんの表情は笑顔なので、多分冗談の類なのだろう。
「よし、入ってみるか」
うん、冗談だと信じたい。
「おいおい、どうしたエラル。偶然見つけた謎の家が目の前にあるんだぞ、入らない方がおかしいだろう」
「……いや、まあ、そうなんですけど、男のロマンってやつですか? まあ、僕にはイマイチ分かりませんけど。あの、ライトさん……。えと、今、一応任務中ですよね? いいんですか? というか、明らかに危険そうなんですけど……」
「大丈夫だ、問題ない」
このセリフを言った瞬間、なぜかライトさんが帰らぬ人となりそうな予感した。
「いや、全然大丈夫じゃないですって。問題しかないですよ」
そんな落ち着かせようとする僕の制止を振り切って、ライトさんは中に入っていこうとする。
僕は彼の腕を掴むも、しかし、言うまでもなくライトさんの方が力があるので、そのまま引っ張られた。
……うう、どうすればいいんだ……。
木で作られたノブを回すと、鍵は掛かっていなかったのか、すんなりとドアは開いた。
……僕としてはここでドアに鍵が掛かっていて、ライトさんが諦めてくれるシチュエーションを期待していたんだけど、よく考えればこの人鍵かかってたらドアごと破壊して中に入りそうだよな……。むしろかかってなくて良かったのかもしれない。
「おじゃましまーす」
勝手に開けておいてお邪魔しますもなにもないだろうと僕は思ったけど、この小屋に入った恐怖ーーというか緊張から、なにも言えずにいた。
中には誰もいない。というか、ライトさん、ノックもしなかったな。中に人がいたらどうするつもりだったんだろう。
小屋の構造は至ってシンプル。シングルベッドが一つに椅子と机がそれぞれ一つ。
それ以外にはなにもない。料理なんかはどこでしているんだろか。
部屋は隅々まで掃除が行き届いているーーこれで、既にここには人は住んでいないという最後の希望は潰えた。
ならば、小屋の主人が帰ってくるまでにライトさんを早くこの部屋から出さないと。
が、けれども。
ピタリと、ライトさんが僕の口に手をやった。
彼の顔を見ると、さっきまでのお気楽そうな表情はない。純粋に、自分のーーそして僕の身を守ろうとしている戦士の姿があった。
と、言っても、自分の身を守らなければならない状況にしたのは、他でもないライトさんな訳なんだけれど。
しかし、一体何が起こったのだろうか。多分この家の住人が帰って来たとか、そんな感じの理由なのだろうけど、とりあえず、この人に従えばよさそうだ。
ライトさんが目で、僕にベッドの下に隠れるように指示をする。僕が指示に従ったのを確認すると、ライトさんは内開きのドアの番いの所に身を置いた。
ドアが開く。
その瞬間、ライトさんは動いた。
入って来た人物の首の後ろに手を回すようにして、腰から抜いた短刀をもう片方の手を使い喉元に当てる。
「動くな」
そう一言命令した。
……まるで相手が悪者のような感じがするが、相手はただ家に帰って来ただけだ。
そしてこちらがした事はと言うと、勝手に人の家に侵入しておきながら、家にその住人らしき人が入って来た瞬間短刀を相手の首に当てて脅している。
明らかにこちらが悪者である。
悔しくもその事に気づいてしまった僕は、その人を抑えているライトさんに提案した。
「あのー……、ライトさん? 一応これは僕らが悪い訳ですしーーそれに、」
それに。
相手は、見た目か弱そうな女の子だった。これではこちらが完全に悪者だ。
いや、その人が屈強な男性でも僕らは完全に悪者な訳だけれど。
ライトさんは聞く耳を持ったのか、そのまま彼女を椅子に座らせる。
彼女の容姿は、中肉中背を絵に描いたような僕の慎重より、少し低いくらいの背で猫背、そして顔はかなり整っている。
しかし、短刀はまだ首筋に。
そしてその不憫な女の子は、怯えるようにーー虚勢を張るようにライトさんを睨んでいる。
ぱくりと、その人の口が動いたような気がした。
次の瞬間。
暴力みたいな音が僕の聴覚を襲う。心臓がその震動で揺れ動いた。思わず両手で耳をふさいで、しゃがみ込んでしまった。
……あまりにも大きな音で、鼓膜が破れたのかもしれない。何も聞こえなくなっている。
恐る恐る目を開けると、そこには、既に距離をとっている二人の姿があった。
ライトさんが音に驚いて手を離したとは考えにくいーーと言っても、僕はライトさんのことを深く知っている訳ではない、どころか全く知らないのだがーー、だから、女の子の方が一瞬の隙をついたのだろうと予測できる。
ライトさんは短刀を右手に構え、女の子の方は左掌をライトさんに、右掌を僕に向けていた。
あ、駄目だ。あの爆音から少し時間は経ったけど、一向に耳が聞こえる気がしない。どうやら完全に、鼓膜が破れているようだ。
と、そこで、ライトさんの方が両手を上げ、降参するような姿勢を示す。彼が僕の方をチラリと見たので、僕もそれを真似る。
相手の人は、僕らに武器を捨てるような指示をしたーー耳が聞こえないので、本当にそうかどうかは分からないけど、武器を捨てると若干満足そうな表情をしたので、恐らくそうなのだろう。
そしてその人は、何やらブツブツと唱えるーー正確に言うと口の動きだけしか僕には分からないのだがーーと、次の瞬間には、世界に音が戻った。
……ということはあれ?耳が聞こえてる?
どういうことだろうか。いや、さっきの爆音も十分疑問を挟みたいけれど、こっちのはまるで説明が付かない。
……もしかして、魔法?
ライトさんも同じことを考えていたのか、こう質問した。
「おい、今のそれ、魔法か?」
「……なんだ、知らんのか?」
せっかくの可愛い顔を歪ませるように、その女の子は言う。
……この辺でようやく、その人の服装を落ち着いて見る余裕が出来た。体にぴったりなローブを羽織っていて、そのローブの中に何を着ているかは窺いしれないが、とてもこの森の中で正確するのに適した格好には見えない。
というか、え? 魔法?
さっき僕が知りうる限りの魔法の説明をしたけど、ぶっちゃけほんとんど信じていなかった。あの火球は、何かしらの仕掛け、ないしは装置があるんだと思ってたけど。
さっきの爆音はともかくとして、ともかくとするとして、この鼓膜の治癒は魔法でもなければ説明が付かない。
「……くそっ、会話が出来ないのは面倒だと思って、耳を治すんじゃなかった」
吐き捨てるように言うその人。まだその両手は、僕らに向けられている。その一言から察して、僕らが彼女が魔法を使えることを知っていると思っていたのだろう。残念ながら、こちらは魔法の存在そのものが半信半疑だったのだけれど。
しかし、ライトさんの方はと言うと、完全に受け入れているようだった。
「おい、嬢ちゃん。あんたは何者だ? 魔法を使えるのはあの国の中にいる人間だけだと聞いてたがーーもしかして、追放されたとか?」
それが図星だったのか、その人はまたも顔を歪ませる。
「--まあ、あんたが追放されてようがされていまいが関係ないけどさ」
勝手に人の家に押し入っておいて、その住人を脅しておいて、もの凄いマイペースに言うライトさん。この辺り、この人の才能なのかもしれない。
ちっとも羨ましくないけど。
「とにかく、何であんたが魔法を使えるのか、それを教えてくれないか?」
お、ようやく下手に出てくれた。というかこの人、全く悪びれる様子がないな。
「ふんっ。何で私が貴様らなんぞに教えねばらんのだ」
正論過ぎて言葉がない。だけどライトさんは、この人、新性の空気読めない人らしい。それとも、ただ単に常識がないだけなのか。
「予想は着いているとは思うが、俺は帝国側の人間だ。魔法は敵対関係にある人間だ。--というか、魔法に関しての情報を欲している人間だ。だからーー」
次の瞬間には、ライトさんは彼女を床に伏せてていた。
……速い。まるで動きが見えなかった。
「観念しな」
……いや、まるで相手が悪者のように言ってるけど、ライトさん。こっちがやってること、ほとんど強盗だよ?
相手の少女は、驚いている表情。それはそうだと思う。人間技じゃないーーというか、人間じゃないよ、この人。
--と、まあ、倫理的に言ったらここは少女の方に味方するのが正しいのだろう。けど。この状況、僕はライトさんに付かざるを得ない。どうやらライトさん、大分帝国に大分ご乱心らしい。ここで相手の人の味方なんかしたら、後々何されるか分からない。
だから僕も拾った剣を抜いた。……だけど、この狭い小屋の中じゃ振り回しにくい長さだ。なるほど、だからライトさんは短刀しか使ってないのか。
「……ふ、ふっ、二人がかりで来れば勝てるとでも踏んだのか、まったく、この若造が」
この状況で尚も強がれるか、この人。
「まずは名前だ。名前を名乗ってもらおうか」
と言って、首を握っている手を、血がにじむまで力を込め、ぎろりとライトさんは睨む。
ホント、この人自由だな。
「おっと、さっきの妙な魔法を使おうとしたら、迷わずお前の首をぶった切るぞ」
ぶった切ったら情報が得られないだろ。というか、手で握ってるだけじゃぶった切れないだろ。
というツッコミを僕は喉の所で抑える。
その人はまた舌打ちして、今度は観念したのか、それともただ僕らを騙すための演技なのかは知らないけど、素直にーーとは少し言い難いけど、それでも名前を口にした。
「……カーギル。カーギル・アレクダー……」
毒でも吐き出すように言ったその言葉は、まるで、その名前自体を忌避しているようだった。
……一応は聞き出す側にいる僕が言うのも何だが、そんなに嫌なら、偽名をなのればいいのに。
まあ、この名前が既に偽名だという可能性もあるけど。この可能性はライトさんも考慮していたのだろう、こう続けた。
「まあ、その名前が本名がどうか確かめる方法はないが、取りあえず呼ぶ名は決まった。じゃあ次の質問だ、お前ーー」
早速『お前』って呼ぶんだ。名前を聞いおいて。
「何故魔法を使える? ていうか、あの国との関係は?」
うん、これは僕も聞きたかったことだ。というか、こういうのって一度帝国軍の所に連れてってから聞いた方がいいんじゃないの? もしかしてこの人、馬鹿なの?
カーギルさんは睨む。魔術を使うのにどういったプロセスが必要かは知らないけど、念じるだけで使えるのならば既にライトさんは消し炭になっているだろう、そんな視線だった。
逆に言うと、ライトさんが現在、五体満足でぴんぴんしているということは、念じるだけで魔術は使えないということだろう。多分。
別に僕は人並み以上に推理力がある訳でも、観察力がある訳でもないので、これ以上のことは分からないけど、もしかしたらライトさんならば、もっと他のことに考え至っているのかもしれない。
いや、買いかぶり過ぎか。いやいやでも、それくらい頭が良くてなくては困る。じゃないとそのずば抜けた戦闘力くらいしか誇る所がないじゃないか。
まあ、それだけに特化しているという事もあるかもしれないけど。
カーギルさんが口を動かそうとする。答えようとしたのかと僕は思ったけど、何故かライトさんは手刀を口の中に突っ込んだ。
……いや、これは本気で訳が分からない。なんで? わざわざこちらに有利な情報を喋ろうとした口を封じた。
そんな風に首を傾げている僕の疑問が分かったのか、ライトさんは親切に説明してくれた。
「さっきのコイツの口の動きは、俺らとコミュニィケーションをしている時に使った言語のものじゃなかった。おそらく、魔法を使う時に使用するーー呪文のようなものだと思われる」
……分かるのかよ……。
そういえば若干ーーというかかなり、ライトさんの口調が変わっている。適当な性格も変わっていて欲しいと願う。結構切実に。
まあ、さっき言った「ぶった切る」を実行しなかっただけでもマシだろう。いやまあ、僕には忠誠心も、そして責任も微塵もない訳なんだけど、ここにいたという理由で共犯扱いされても困る。
「さて、お前が魔術を使う時には、何かしらの言葉を発せねばならないことはこれで分かった。大人しく洗いざらい話してもらおうか?」
少しライトさんの声のトーンが低いーー気がする。多分だけど。
手刀を口の中から抜き、唾液をそのままもう片方の手と喉元を握る。カーギルさんの方はと言うと、今度こそ本当に勘弁したかのようにーーというか、最初から隠し通すつもりなんて無かったかのように、少し肩をすくめるとーーそれすらもライトさんに制限されたがーー話し始めた。
「……言うなれば、わしは追放された身だ。あの国からな。……理由は話さんがな。魔法を使える理由も、それで十分じゃろう?」
「ふむ、まあ、それでいいことにしようーー詳しい事は軍に付いてから、専門の奴が聞き出してくれるだろう」
『専門の奴』って何だ……。めちゃくちゃ怖い響きなんだけど……。
ライトさんは、僕に縄状の物を探してくるよう命令した。しかし、残念ながらこの狭い小屋に縄のようなものはなく、仕方なく、ライトさんの指示の従いつつ、その辺りにある植物のツタを使ってロープのような物を作る。
流石はライトさん、サバイバル知識を持ち合わせているのか、引っ張るくらいでは千切れないロープを、僕に作らせた。
それをカーギルさんの口に、猿ぐつわのように噛ませる。というか、実際猿ぐつわだろう。
魔法が言葉を必要とする技術(?)なら、まず口を封じようということか。
それから僕ら三人は、一番前にカーギルさんを歩かせ、その首元に今だ短刀を当てながらライトさんがその後ろ、そし最後尾に僕がいる、という形で黙々と歩いた。
そろそろ足が痛くなって来て、暢気にも休憩を提案しようとした所で、一気に、視界が開ける。
ずっと下ばかり見ていたので、そこに行くまで気が付かなったが、視界が開けた場所に出たようだ。
--遠くに、沢山の人群が見える。多分、というかほぼ確実に、あれが帝国軍だろう。
……よかった。もしかしたらライトさん、何の考えもなしに歩いているのかと思ってたけど、その考えは少し失礼だったろう。
それを冗談めかしてライトさんに言うと、きょとんとした顔で、
「うん? そうだけど?」
と言った。
ここに辿りつけたことが奇跡だ。
ライトさんは、近くに人に王様の場所を聞くと、そこへ行ってしまった。
しかし、王様の場所を普通に教えられるライトさんは、もしかしたら大物なのかもしれない。
というか、仮に魔術で変装している場合、どうするつもりだったんだろう。いや、ホント。
まあいいか、とにかく、僕は休ませてもらおう。
おお、無事だったのかと。
そんな風に隊長に連れられ、僕は自分の隊へ戻った。
いかがだったでしょうか?
ついにヒロインカーギルちゃん登場です。