彼の思い
黄昏時、小さな個室のベッドで長めの休息をとっていた彼の意識は覚醒した。
彼は立ち上がると部屋の隅まで歩き、この部屋に元々据え置かれていたタンスの引き出しの中を見る。中には傷を癒すための薬が一つあった。彼はそれを取り出し懐にしまうと部屋を出て行った。
彼が休んでいたのは町にある宿屋の一室だった。
彼にはこの町に来た目的がある。彼の父の仇であり、この世界の破滅を目論む魔王。その居城に辿り着くためには必要不可欠な宝珠を探して、この街に来た。この町からしばらく歩いた先にある塔の頂上には、希少な宝石が納められているという。この宝石が彼の探す宝珠なのかどうかはわからない。しかし他に手がかりも無いので彼はこの塔に向かうことを決めていた。
宿屋を出た彼は近くにある店に立ち寄った。どうやらこの店は旅の必需品を売っているようだ。
ここで先程手に入れた薬と同じものを四つ、毒や痺れに効果のある血清を2つ購入した彼は店先を離れ、一直線に町の出口へ向かった。
町を出た彼は地図を開く。目的地までの最短ルートを導き出し、方角を確認すると彼はすぐさま歩き出した。
途中森の中を突っ切ろうとも、沼に足を踏み入れようとも、襲いくる異形の怪物を切り伏せようとも、彼は決して足を止めることはなかった。
彼自身疲れを感じているかもしれない。しかし誰かに背を押されるかのように先へ進んでいく。
どれだけ歩いただろうか。目の前には重苦しい雰囲気の塔がたたずんでいる。天辺は雲に隠れその様子をうかがうことはできない。
町からこの塔まではかなりの距離があった。彼が歩き続けた時間は数時間にも及ぶだろう。普通であればここで休憩を挟んでもおかしくはないはずだ。
だが彼は一切の逡巡を見せることもなく、そのままの足で塔に踏み込んでいった。
塔の中はかなり薄暗かった。窓などあるはずもなく、壁にかけられている松明だけが光源だった。
当然視界も悪く、彼には五メートル先も見通すことができない。これでは上階への階段を探すことはおろか、怪物の待ち伏せを受けてもおかしくはない。誰もが慎重になるであろう状況だ。
しかし彼は淀みなく歩を進める。まるで階段が見えているかのように。さらにはいたるところに置かれた宝箱、それらを一つも取りこぼすことはなかった。
いくつもの階段を登り、幾多の怪物達を手にかけ、ついに彼は塔の最上階にたどり着いた。階段を登りきると目の前に大きな扉があった。扉の前には奇妙な魔法陣が淡い光を放っている。
彼は魔法陣に入り、自らの傷を薬で癒し、背負う愛剣を確認すると、魔法陣に今の自分の状態を記憶させた。
準備を整えた彼は扉の左右の取っ手をつかみ、押し開いた。
部屋は完全な暗闇だった。
彼が数歩部屋の中に入ると、背後で扉が大きな音をたてて閉じた。途端、天井のシャンデリアに青紫の光が灯り、部屋の住人を照らす。
そこには三メートル程の巨体があった 。獰猛な獣の骨の頭部、二つの空洞からは赤い光。本来耳がある位置から湾曲して前に突き出た剛角。筋骨隆々とした上半身は黒灰色で、腕の先には三本の指と鋭利な爪。二足で立つ下半身は蒼い牛のように見える。なによりその背から生える蝙蝠のような翼膜が巨体をより一層際立たせる。彼は表情を険しくしながらその怪物、”デーモン”を見据えていた。
「貴様が我が主に歯向かう愚かな人間か?」
低くしわがれた声が怪物の骨の口から聞こえてきた。
「……」
彼は言葉を返さない。
「宝珠が欲しくば我から奪って見せよ!」
怪物はそう言うと雄叫びをあげた。彼は剣を抜き、重心を落として怪物に突進した。
彼は果敢に攻め込んだ。ものすごい勢いで振り下ろされる腕を掻い潜り、抜けざまに左脚を一閃。さらに振り向きながら腰を水平切りし、バックステップで距離をとる。
デーモンは苦悶の声をあげて振り向き、怒りに震えた。二つの眼が紅く輝く。
彼は構えをとり、次の攻撃の隙を伺う。
突如唸りをあげ、デーモンは極低温のブレスを吐き出した。
反射的に大きく後ろに跳んだ彼は、自らのミスを悟った。空中にいては回避行動をとることができない。
デーモンが背の翼を用いて、猛烈な速度で突進してきた。
咄嗟に剣をたて、攻撃を受ける姿勢をとる。
デーモンの巨体の重さと速度をのせた剛角の一突きを、彼はなんとか剣で受けた。
しかし勢いを殺すにはいたらず、背後の壁に叩き付けられる。
息がつまり、彼に一瞬の致命的な隙がうまれる。
その隙を怪物が見逃してくれるはずもなく、うつぶせに倒れる彼の背に鋭利な爪が振り下ろされた。
体を貫かれる痛みに呻く。四肢の感覚が無くなっていく。薄れていく意識。彼は視界が暗闇に包まれていくのを感じていた。
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「くっそ〜、負けた〜」
悔しそうな声を漏らす少年の手に持つ携帯ゲームの液晶画面には”GAMEOVER”の文字が浮かんでいた。
「お前だめだな〜。あのブレスは小刻みなバックステップでかわすんだよ」
少年の後ろから画面を覗き込んでいた別の少年がそう言った。
二人の少年はベッドの上と下に腰掛けて先程の戦いの分析を行っていた。
「ブレスを出させない方法は無いの?」
後ろの少年を振り返りながら訊ねる。
「あるよ。常に至近距離で腕と足の攻撃を避け続けなきゃならないけど」
「それはだいぶ厳しいな〜」
「だからヒット&アウェイでちくちく攻撃するんだよ」
「う〜ん、やっぱりそうなのか」
「あとはできるまで続けるしかないかな」
ベッドに腰掛けていた少年は仰向けに倒れながらそう言った。
「わかったよ。もう一回やってみる」
そう言うとタイトル画面に戻り、項目から”LOAD”を選んだ。
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彼の意識が覚醒する。目の前には大きな扉がある。
おそらくこの先には強力な怪物が潜んでいるだろう。
彼は未知の強力な怪物に相対する覚悟を決めた。
扉の左右の取っ手を持ち、押し開いて塔の最上階の部屋に足を踏み入れていった。
扉が音をたてて閉まった。
部屋の外には魔法陣だけが淡い光を放っていた。
はじめまして、人生初投稿です。
つたない文章ですが、一人でも笑ってくれれば幸いです。