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「落ち着け、イズミマヒロ、な?」
手首を捕まれた。
「うっ」
握力が込められる。左手で解放しようとすると変な風に捻られた。
「ロー、ブ、おと、こ」
あまりの強さに右手の力が抜けてゆく。悔しさで顔が歪んだ。ナイフが手から離れた。
「冷静になれよ、イズミマヒロ。確かに今までのことは謝る。だから取引といこうじゃないか」
「誰が、あんたなんかと」
碌でもない思い出が蘇る。こいつはわたしをただの道具としか思っていない。いつも自分が楽な位置に立っていて、わたしが必死に戦っているのを遠くでにまにまと眺めているんだ。
「なぁ、話を聞くだけ聞けよ。それからでも遅くはないだろ?」
その台詞にわたしはゆっくり深呼吸をした。それもそうだ。頭に血が登るだなんて、わたしらしくない。それに、服はどうあれ、我武者羅にナイフを振り回してもローブ男をあまり傷つけることができなかった。ここは一度冷静になるべきだ。
わたしの身体から力が抜けるのを見て、ローブ男はほっと息を吐いた。わたしの手首を離してナイフを拾う。
「それで、一体話って何よ?」
「イズミマヒロ、金が欲しくないか?」
「別に」
この世界の金など興味がない。だけど、ローブ男は気にせず破れた袖に手を突っ込んで何かを取り出した。
「これだぞ」
一瞥する。金貨みたいだ。
「それが?」
わたしの様子に些か焦りを覚えたようだった。
「一回の召喚でこいつを一枚呉れてやる。どうだ?」
鼻を鳴らしたい気分だ。
「そんなのとわたしの労力は釣り合わないでしょ」
金貨一枚って、あの痛みやこいつへの憎しみはそんなものでは消えやしない。
「わたし、嫌なの。わたしがひどく痛い思いをしながら人を殺して。服も毎回ズタボロになって、それをお前が安全なところで一人呑気にそれを見ているってさ。わたし、便利屋なんかじゃないの。道具じゃないの。人間な訳。脅されて戦って、不快な思いをして、それでそんなはした金で解決ってないでしょ!」
ローブ男はたじろいだ。
「一体何が不満なんだ」
全部が全部不満なんだよ。
「お前も戦えよ。痛い思いをして、死ぬ気でやれよ。人を道具みたいに扱うな」
この世界で殺したい相手なんて当然まだいないから、わたしのために殺せだなんて言わない。その分死んだ方がましだというくらいの経験をしたらいい。
わたしの憤る様子に、ローブ男は軽くため息をついた。
「分かった、極力努力はしよう。だから、呼び出したらオレのために戦ってくれないか」
「……」
話をして、改めて頭が冷える。
不利なのは分かった。いくら下手に出ようが、こいつはまた呼びたい時に呼ぶ。あのナイフが手にない今、透明な壁をつくられたら終わりだ。それに、あんなに攻撃したのに、ついたのは腕の浅い切り傷だけ。少なくとも、今、殺すことはできない。やっぱり答えなんて最初からないに等しいのだ。契約なんて持ち出して、わたしが反抗する手立てをなくしたいだけだ。
わたしはローブ男と金貨を見た。憎しみは消えない。でも、それで何かが変わるわけじゃない。今よりも少しマシな立場になれるのなら、それはそれでいいか。
「金、少なくない?」
一応言ってみる。
「なっ」
ローブ男は慌てて別のものを取り出した。
「ならばこれでどうだ!」
なんでそうなる。それ、銀じゃないか。
「……分かった。それじゃ、それと同じ価値だけのこっちをちょうだい。もちろん今までの分もだよ」
「あ、ああ」
「そうだ。それ、メッキじゃないでしょうね」
「当然だろ」
ローブ男の言葉にわたしは頷いた。
「改めてよろしくな、召喚獣イズミマヒロ」
「ちゃんと働けよ、ローブ男」
「これからはウツキと呼べ」
渋々差し出された金貨を受け取った。
選択肢もなし、仕方ないからしばらく乗ってやるよ。召喚獣ごっことやらに。それにさ、今はできなくても殺せる時になったら殺したらいいだけだし。




