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 余っ程ローブ男はビビったのだろう。テスト初日意外、わたしは異世界へ呼ばれることはなかった。粉塵爆発は、状況次第では死者だって余裕で出るからな。わたしがローブ男の前に立っていなかったら、あいつも死んでいたかもしれないし。まぁ、このままフェードアウトってのが一番だ。肉を切り裂く感覚や、目がだんだんと光を失う光景は脳裏に消えない。だけど、それもこのまま日常に紛れて忘れてしまうだろう。

 そんなこんなで、当初は惨敗だと思われたテストだけど、どうにか乗りきれた気がする。安心して勉強できたのはもちろんのこと、そして綾香の存在が大きかった。春宮君をダシにしてテストの10分前にあらかた予想を吐き出させることを覚えたわたしの勝利だ。さすがは成績優秀な西城綾香、そして首位の春宮予想。友達って素晴らしい。上辺だけだとしてもね。

「泉、せっかくだし打ち上げに行こうよ」

 数々の困難を乗り越え、無事テスト最終日をやり遂げたわたしに、鞄を手にした綾香が横に並んだ。取り巻きの千早もいる。菜月は陸上部らしいから部活にでも行ったのだろう。

「いいよ。どこにいく?」

 たまには誘いに乗ることも大事だ。白々しい関係でも女子グループで自分の居場所を保つために、それなりに付き合わないといけない。

「あたし、カラオケがいいなぁ」

 わたしも、一年の時はよくクラスメイトとカラオケに行った。今みたいな派手派と地味派に二極化したクラスではなくて、みんなそれなりに仲が良かった。10人ぐらいの大人数で打ち上げが普通だった。マラカスやタンバリンなんかも借りて、男子もそれなりにバカ騒ぎして楽しかったな。二年になって初めてのテストだったけど、このクラスはそんなノリはないみたいだった。打ち上げといっても、多分わたしと綾香と千早だけだろう。

「わたしはゲームセンターに行きたいな。ほら、新しく出来たところあるじゃない」

「綾香、あそこ不良とかもいるよ」不満そうな声。

 そんな千早に綾香はにっこりと笑った。

「あそこね。前、春宮くんがいるのを見たの。運が良かったら一緒に遊べるかもしれないよ」

 教室にはもう春宮君はいない。帰宅部だって聞いたから帰ったのだろう。

「行く」

 なんという心変わりの早さ。

「ゲーセンかぁ」

「泉は乗り気じゃない?」

「ううん。行くよ」

「後でプリクラも撮ろう」

 綾香が歩きだしながら言った。


 ういーんとクレーンを動かしながら、綾香が唸る。

「あ」

 あと少しのところで、かわいらしいアニメのマスコットのぬいぐるみがハンドから零れた。

「あとちょっとだったのに」

「もう一回する?」

「諦める……」

 綾香は唇を尖らせた。どうしても欲しかったらしいそのぬいぐるみに、綾香はすでに1500円費やしていた。気持ちはよく分かるよ。わたしはクレーンゲームがものすごく苦手だ。無駄に高いし、まず取れない。さっきもぬいぐるみを山ほど抱えた人を見たけど、どうやって取るんだろうか。特殊な技術でもあるのだろうか。念力か?

「次はあのタイコでドンドンってのやろうよ」

 ちょうど人が離れたマシンをわたしは指差した。

「うん」

 残念ながらあまり裕福ではないわたしは、ゲームセンターには滅多に来ない。だけど、一つもゲームをやらないわけにもいかないし、大抵はこのタイコでドンドンをする。思いっきり撥を叩くのはストレス発散にいいのだ。もぐら叩きは、叩き逃すと非常に悔しいが、こいつは逃げない。

「あ、あたしお金出すよ。たまたま今日お金持ってるんだよね」

 千早、細いけど太っ腹だ。ブランド物の財布から小銭を入れた。

「それじゃ、ちょっと綾香と一緒にやっててよ。あたしちょっとトイレ行ってくる」

「うん」

 千早は飽きてきたらしい。確かに春宮君いないしね。あまりゲームセンターは好きじゃなさそうだ。わたしも疲れてきたし、まだ早いけど帰ってきたらプリクラでも撮ってお開きにするか。

「はい」

 綾香に撥を渡し、わたしはタイコに向き合った。


「千早帰ってこないね」

「そうだねぇ」

 タイコでドンドンは最後の曲でダウンした。ピアノをやっているらしい綾香の技術でなんとか乗り切ったが、はじめて聴く曲に合わせるのは難しかった。ゲームは所見でクリアできるほど甘く作られていないのが普通だし、善処した方ではなかろうか。

 ゲームセンターの側の自動販売機を前にわたしたちはいた。階下の少し影になっているところで、あの騒がしい空間から少し離れていて落ち着いた場所だ。

「あ、メール着てる」

「何て?」

「一人カラオケしてるから後1時間ほど遊んどいてだって」

 千早、そんなにカラオケに行きたかったのか。

「今からでもカラオケに行く?」

「そうしよっか」

 綾香が携帯電話を打ち出したところで、人影が出来た。わたしは眉を細める。

「お嬢ちゃん、さっきから楽しそうだよね」

「暇してるんなら遊ばない? もっといいことしようよ」

 耳にたくさんのピアス、中途半端に染めた髪、無駄に着崩した服。腰パンって言うのだろうか、短足に見えるだけなのに締まりのないパンツ。不良と思われる二人組はニヤニヤと綾香を見た。一方の彼女は、怯えたようにわたしの後ろに隠れた。

 ため息をつきたい気分だ。

「あの、わたしたち行くところがあるので」

 男の目を見て、わたしはしっかりと言う。

「お前には言ってねぇよ。引っ込んでろよダサ女」

 むかつくな、こいつ。

「いえ、わたしも連れですし」

 そう言って、そっと後ろの綾香の手を握った。冷たい。緊張しているのだろうか。

「連れ、連れだってよ」

 ギャハハ、ともう一方の男が嗤う。

「引き立て役が何言ってるんだよ。お前、自分の顔見てみろよ。全然釣り合いがとれてねーぞ」

 自覚はあるけど、改めて言われると腹が立つ。

「行こう、綾香」

「おい、待てよ」

 歩きはじめたわたしの方に男が手を置いた。すぐさま振り払う。

「ひっ」短い綾香の悲鳴。

 千早が言ってたんだった。ここには不良もいるって。目の前の男、不良その1はおもむろにポケットからバタフライナイフを取り出して、くるり、と刃を見せた。チラチラとわたしたちに見せびらかす。

「俺たちといいことしよーって言ってんの。まぁ、そっちのダサメガネもついでだから混ぜてやるよ」

「喜びな」

 背後を見れば、綾香は青ざめていた。うん、そういう姿もかわいいけど、完全にわたしを盾にしている。

 わたしは髪を掻き上げて、そっと綾香に言った。

「逃げて」邪魔だし。

 止まっている武器をつかむのは簡単だ。わざわざ腹や胸に受けて奪う必要がない。わたしの行動に男たちは予想もしなかった。パッと刃を掴み、男の手からバタフライナイフを取り上げた。手のひらには鋭い痛み。

「早く」

 わたしの言葉に、綾香は走りだした。

「っつぅ……」

 ぬるりと握り締めた刃から流れる血に、やっと向こうじゃなかったことに気づいた。慣れって怖いな。

「おい」

「このアマっ」

 ナイフを持ち替えたわたしに、男共が拳を繰り出した。でも、そんなに速くなかった。

 横に避けながら、それもそうか、と思う。あの世界では本当の殺し合いだったし、わたしが相手にしていた敵は制服を着ていたから、それなりに訓練もしていたんだろう。一方のこいつらは素人だし、見せかけだけで運動も出来なさそうだ。

 もう一方の男の蹴りを屈んで避けたら、片割れに入った。

「よくもやったな!」

「許さねぇ」

 なんだ。こいつら、弱い。

 飛び込んでくる拳を横目に、腕にナイフを突き刺そうとしたところだった。


「何をやっている?」

 男共とわたしの間に入ってきたのは見覚えのある人物だった。

「チッ」

「覚えてろよ」

 不利を悟ったのだろう。三流の捨て台詞を吐きながら不良たちは踵を返した。わたしは手に持っていたバタフライナイフをそっと鞄にしまう。

「大丈夫だった?」

 振り返ったのは、やっぱり春宮君だった。端正な顔が驚きに歪む。茶色の髪がサラッと揺れた。

「泉さん?」

「うん。ありがとう、春宮君。助かったよ」

 来てくれなかったら、ナイフで刺しているところだった。

「手、怪我してる」

「大丈夫だよ。かすり傷だし」

 春宮君の手を避けて、ハンカチを当てた。

「じゃあ」

 はじめて会話する内容がこれって何だかな。

「あ、待って」

「何?」

 首を傾げるわたしに、春宮君は照れたように頭を掻いた。

「一緒に遊ばない? さっきのやつらまた来たら困るだろうし」

 性格もいいって噂は本当だったな。ちらっと春宮君の手元を見れば、ぬいぐるみやらおかしやらを大量に入れた袋をぶらさげている。ゲームの才能まであるのか。

「わたし、綾香、西城さんと一緒に遊んでたんだ。さっき狙われてたのは綾香の方。だから春宮君は綾香と一緒にいてあげてくれないかな」

 綾香はそれが目的だったし。千早も合流するんだろう。春宮君がいるならわたしはいいや。

「怪我したし、一足先に帰るよ」

「泉さん」

「それと、そのぬいぐるみ、綾香が欲しがってたんだ。もしよかったら、取り方とか教えてあげて」

 別にあげろとは言わない。

「さよなら」

 春宮君が何か言う前にわたしはにこやかに挨拶をした。早足で歩きながら綾香と千早に春宮君の場所をメールで送った。

 手のひらがズキズキと痛む。とんだ打ち上げだ。




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