悪魔のサボテン
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
隠密。文字にしてみるだけで、いかにもこっそりやるもの、という印象がありますよね。
元々は仏教の言葉であり、教えの本当の意味は経文にあらわれず、その裏側に存在するという意味合いがあるとか。
言葉にできないもの、感じ取ることでしか得られないものがあると、伝えたいのかもしれないですね。職務としての隠密も、言葉にできないことですし、おおっぴらにするわけにもいきませんし。
隠れて存在しているものを、どのように明らかにしていくか。その方法も昔から研究され、ときの共有もされてきたことでしょう。
ちょっと前に、友達から聞いた不可解な対策の話なんですが、聞いてみませんか?
友達が小さかったころ、一時期、植物が「とげとげしい」状態になることがあったみたいなんです。
バラを代表として、とげのイメージが強い植物はしばしば存在するでしょう。しかし、その時期においては、あらゆる植物に大小のとげが生える有様だったとか。
肉眼で確認できずとも、指で触れてみればはっきりと分かる。葉であれ、花であれ、幹であれ。ちくりと肌刺す痛がゆさ。
普段なら、なんともない植物たちでさえ、こうですからね。気づいたときには、友達も同じクラスのみんなも、首をかしげてしまったとか。
そのおり、植物について少し詳しい子が話してくれました。「悪魔のサボテンのしわざだ」と。
悪魔のサボテン。
あくまで仮称であり、実態はいまだはっきりとしていない存在だそうですが、そのサボテンは子孫を増やすために針をあちらこちらに植え付ける。それがまさに、今の状態だというのです。
字面としては、なんとも恐ろしいことですが、たいていのものに対しては大きな問題になりません。
病気の菌などと似たようなもので、余力がある個体はそのうち針が抜けていってしまい、おのずと元に戻るのだとか。そうであれば、さして気にすることはないと。
しかし、長引く場合は要注意。自分でどうにかできない個体であるわけですから、そこから悪魔のサボテンの影響を受けてしまいます。
なにゆえ悪魔とついているのか。それは影響を受けたものが「食事」をはじめてしまうからです。
普通の植物も根や葉のはたらきによって栄養を得ますが、悪魔のサボテンに影響を受けると、動物の血肉を栄養として求め始めてしまうのです。
食中植物のごとき様相、といえばよいでしょうか。その生えたとげが寄ってきた虫たちの身体に食い込んで離れなくなり、そのまま溶かす形で栄養にしてしまうのです。
放っておくと、ターゲットにする生き物がどんどん大きくなっていってしまう、とも。
「興味がある人は、学校が終わった後でちょっと探検してみようよ。本当に悪魔のしわざか確かめられる、いいチャンスだよ」
言葉を聞いて、乗り気になるのは一部のクラスの子のみだったとか。ちょっと話を聞いただけでも、気味悪く思うのも無理ないと思います。
友達はその誘いに乗っていった人のひとりだったんですね。
例の子の先導のもと、通学路をまわっていく友達一行。
今朝に見かけたとげ付きの植物のうち、大半からはとげが抜けていたみたいです。触ってみても刺される痛みはなく、よくよく見れば足もとに透き通るような色合いのとげが落ちている。
これが例の子のいう、問題がない個体。遅かれ早かれ、本来のいとなみへ戻っていくものとされ、ちょっと様子をうかがったら次へ移ってしまいます。
少し以上ありとされたのが、道中で葉を黒く染めたものたち。学校の敷地内にある畑などでアブラムシなどがびっしりついたものを見るのと、よく似ていたとか。
しかし、例の子が持っていたルーペでのぞいみると、彼らは一様に細かいとげに串刺しになっている様子でした。かすかに波打つような動きを見せていたのは、彼ら一匹一匹がもがいていたからにすぎません。
これはいけない、と例の子はポケットに入れていたカッターナイフの刃を繰り出すと、幹からシャッとそれを切り落としてしまったのです。
茎と葉が地面に落ちたとたん、アブラムシたちはわっと逃げ出していきます。とげも地面へ何本か転がり、縛めが解かれたことを物語っていました。
およそ1時間の探検で、この手の虫を串刺しにしている植物が数本ほど見つかったのですが、唯一の大物が存在していたといいます。
それは友達にも、ひと目でおかしいと感じられたそうです。
首を垂れた百合の花に見えましたが、その足元に真新しい血だまりができているんですよ。例の子も察したらしく、友達一行を下がらせます。
「あれが、特にまずくなっちゃったやつだね。早めに始末しとこう」
いうや、カッターを片手に持ち、もう片方の手で小石を拾い上げ、百合へ投げつけます。
その花弁に石がぶつかると、振動で中から新しい血がまき散らされました。
そこからは、一瞬でした。血を吐いた花弁が茎からもげたかと思うと、例の子のほうへ飛んできたんです。石を投げつけられたほうへ向かってくるなど、およそ物理法則にのっとったものと思えません。確実な意思を感じさせました。
しかし例の子はあわてず、猛然と迫る花弁の口へ目掛けて、刃をたっぷりと出したカッターを突き入れたのです。
刃を受け入れた花弁は、まるで手品のごとく四散し、残りの赤い血も一緒にまき散らしました。例の子は慣れているようで、刺すと同時に間合いをあけており、服を全然汚さなかったとか。友達一行は、その一部始終をぽかんと見ているばかりでした。
例の子いわく、あれはもうちょっとで人を含めた動物に手を出す、あるいはもう出してしまったものだから、早めに始末しておくべきもの、とのこと。
悪魔はこうも、こっそりと生まれるのだなあ、と感じたとか。




