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帝都神獣守護録~花嫁と血筋の鎖  作者: 秋乃ねこ


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3/5

EP3

 廊下を撫でる春の風が、九条家の庭を抜けていく。満開の桜の花弁が、笑うようにひらひらと舞い落ち、地面を淡く染めていた。

 神獣を従え帝都を守護する四家、青龍を従える九条家は玄武、白虎、朱雀の三家を凌ぐ圧倒的な権力を持つと言われている。

 そのことは、玄武の傍系にあたる清原紗月もよく知っていた。


「凄いお庭」


 思わず足を止めて、目の前の庭に見とれてしまう。ここに来るまでに見た公園よりも広く、そしてよく手入れをされている。花畑が一面に咲き誇り、天国があるのならきっとこんな景色なのかもしれない。


 何より目を引くのが、庭の先にある一際大きい池。その水面が、鏡のように空を映している。やはり青龍を従えているから、池があるのかもしれない。清原家にも池はあったが、もう少し小さかった気がする。ただ池に近寄ることは禁じられていたため、紗月は遠目でしか見たことはない。


「紗月様」

「あ、はい」


 いけない。気を緩めてしまった。九条の人間である女性の案内役とはいつの間にか、ほんのわずかな距離が生まれていた。

 顎が自然に落ち、視線が廊下の板の目へ吸い寄せられる。紗月は案内役の彼女の背中を追う。


 夫になる人はどんな人なんだろう。本当はこんな自分と結婚なんかしたくないはず。それはこの九条家に仕える人たちも同じだろう。

 一応、玄武の家から嫁ぐので身なりを整えられ、初めて着物が誂えられた。痛み放題だった髪も、結婚が決まってすぐに丹念に手入れされ、なんとか体裁を保っている。


 それでも出迎えてくれた時からゴミを見るような視線、侮蔑を含んだ視線を紗月は否応なく感じていた。

 空は雲一つなく、ふわりとした風に乗って子供たちの笑い声が聞こえてくるのに、まるで冬山にいるように空気が冷たくて肌にチクチクと刺さる。

 こんな自分でも、もしかすると清原の家にいるよりは人らしい生活ができるかもしれない。泡沫の夢かも知れないけど、この今だけは。


 紗月は案内人に追いつくと「すみません」と謝り、薄氷の壁を作っている彼女の後について行く。

 一際大きい障子戸の部屋の前で案内役の足が止まり、そのまま廊下に腰を下ろした。

 この中に四家の中で最も力を持つ、九条当麻様がいる。怖くて構わない。放っておいてくれるならそれでいい。


 紗月はまさか自分が九条家に嫁ぐなんて、思いもしていなかった。ただ一言、当主で腹違いの兄である鷹明に「青龍を従える九条家とお前の結婚が決まった」と一週間前に言われて今、九条家の廊下を歩いている。

 立ったままの紗月は、前に組んでいた手を力強く握り締めた。


「当麻様、清原様をお連れいたしました」

「入れ」


 障子が開けられる。視界が板張りの廊下から畳に変わった。少しだけ顔を上げると、広い部屋の奥に一人の男性が上座に座っている。右斜め前にも一人の男性が座っており、さらに反対側の少し離れた場所には、六〇歳ほどの老女が背筋を伸ばして座っていた。


「何をしている」

「す、すみません」


 紗月は畳の目を追いながら当麻の前まで進み、両膝を揃えて静かに腰を下ろした。


「き、清原紗月です」


 喉の奥が締め付けられたみたいに、上手く声がでない。怒られるかもしれない。手をついて頭を下げた紗月の背を、氷水を垂らされたような冷たさが走った


「だろうな。そうでなければ、大問題だ。顔を上げろ」

 怒ってはいない? でも抑揚のない冷たい当麻の声と話しかたに、紗月の手は少し震えている。


「――はい」

「お前が玄武、清原家の出来損ないという女か」


 この人が、九条当麻様。

 深い紺碧を基調とし、黒の裏地を持つ長羽織と西洋の乗馬服を思わせる詰襟の上着を合わせた和洋折衷の隊服。詰襟の上着は軍服のように肩章がつき、首元は金糸の飾り紐で結ばれている。

 神獣を従える特徴を持つ青みがかった髪の先。その髪を後ろに流し、スッとした目元に蒼い瞳をした美丈夫な男性が座っていた。


 だがその目に宿るのは、妻になる女性へ向ける温もりではない。まるで犯罪者でも見るかのような、射抜くような視線だった。

 怖い……こんな自分に当麻様はもったいない。これだけの美形なら、本命の女性がいるかもしれない。それなら自分は、本当にお飾りだけでいられる。

 そう考えると少し、紗月の心は軽くなった。


「俺とお前は夫婦とはなったが、九条の人間とは認めない。九条の家に干渉をすることは許さん」

「あ、あの」


 一縷の望みをかけ、紗月は声を絞り出す。


「そ、それは、私にも干渉をさ、されないということでしょうか?」

「そうだ。お前がこの屋敷でどう生きようが構わん。厄介事を起こさず、息を潜めて生きればいい。ただ死ぬことは許さん。清原から娶った者が死んだとなれば面倒くさいからな」

「まあまあ当麻、そんなことを言わない、言わない。当麻がごめんね」


 この人は――青龍だ。


 平安貴族を彷彿とさせる狩衣は髪色と同じ深い青で、金糸の細やかな刺繍が光を受けてかすかに輝いている。

 柔らかく波打つ髪がふわりと揺れ、柔らかい空気の中には威厳が漂っている。何より神獣の特徴と言われている金の瞳をしていた。



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