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帝都神獣守護録~花嫁と血筋の鎖  作者: 秋乃ねこ


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2/8

EP2

 一週間後に九歳の誕生日が控えていたあの日を思い出す。

 暑い夏が終わり、木々の葉が赤色に染まり、落ちた葉を踏むとシャリっと乾いた音がしていた。気温も下がり始め、清原の人たちも上着を羽織るようになり、水が冷たいと言いながら紗月も水仕事をしていた。


 太陽は出ているのに空気が冷たく、ゆっくりと体の芯を侵食してくる。母が「風をひくから」と縫ってくれた若草色の上着を、紗月に着させてくれた。


「お母さん、今から結界まで行くけどいい子にしていてね」


 母は玄武を従える清原の隊員として、結界の安定化のため帝都郊外へと派遣される日だった。六人編成の部隊の一員として、深緑を基調に黒の裏地を備えた長羽織に、西洋の乗馬服を思わせる詰襟の上着を合わせた和洋折衷の隊服を身に着けた母は、部屋で静かに支度を整えていた。


「私もお母さんと一緒に行く! 行きたいの!」


 その日はどうしても母に付いて行くと紗月は駄々をこねていた。母の仕事に付いていくことは珍しいことじゃない。でもこの日は、訳も分からずに母の側にいたいと強く思っていたことを鮮明に覚えている。

 振り返ってみればあの胸騒ぎこそが――虫の知らせというものだったのかもしれない。


「でもねえ……」

「いいでしょ? お仕事の邪魔はしないから」


 紗月を止めても、どうせ強引についてくるだろうと諦めたのか母は「分かった。いい子にしているのよ」と笑って承諾してくれた。紗月は「やった! いい子にしてる!」と声を上げて母に抱きついた。

 母はしっかりと自分を受け止めて抱きしめると、頭を優しく撫でてくれた。

 向かった場所は帝都の外れにある場所で、兼ねてより結界がよく不安定になる箇所。


 深くもない茂みと、まばらに立つ細く弱々しい木々。風が吹くたび、草木が乾いた音を奏でるだけのどこか寂しい場所。向かった先は帝都の外れにある場所で、以前から結界がよく不安定になると知られている区域だった。

 青龍を従える九条が張った結界が不安定になっている場所は一カ所だけではなく、とぎれとぎれに数十メートルは術を掛けないといけない場所がある。


「お前はここを担当しろ。俺たちは向こうのほうの結界を担当する」

「はい」


 他の五人は全員男で、いつも母に偉そうな態度をとっていた。

 紗月は背を向けて持ち場へ向かう隊員に向かって思いきり舌を出し「あっかんべー」をしてやった。


「こら、紗月」


 母が指で紗月の頬を刺してきて、少し痛い。


「だって」

「――ごめんね」


 母は、ふとした拍子にこうして謝ることがあった。

 小さい頃はどうしてか分からなかった。しかし成長するにつれ、周囲の大人たちの噂話が嫌でも耳に入るようになり、自分が清原家当主、清原憲正の子どもであることを知ってしまった。


 娼婦のようにご当主様を誘惑した女、奥様の優しさを利用して本家に図々しく居座る女。まさか子供を孕むなんて、なぜ下ろさなかったのか。

 霊力こそ人より多く持っていようと、分家の末端にすぎない女が本家の奥様の座を狙う浅ましい奴だと陰で囁かれていた。貧乏な分家の身分の癖に、身の程知らず。母を罵る言葉は、常に本家で溢れていた。

 あまりにも腹が立ち一度紗月は、女中の一人に食ってかかったことがあった。


「お母さんのことを悪く言うな! お前は大した力もなく、女中の仕事しかできない癖に!」と水をぶっかけてやった。


 お母さんは優しくて、反転術式も使えるし浄化の力もある。こんな奴らよりも偉いのに何で、見下げるようなことを言われなくちゃいけないのか。自分がお母さんを守ってあげなくちゃ。紗月の世界のほとんどは母だった。

 大人の世界なんて分からなかった。正しいことをしたつもりだった。でも騒ぎを聞きつけた前当主は、母を見世物にした。


 庭に引きずられるように呼び出され、地面に頭を付けた母。それを縁側に立って見下ろす血が繋がっているはずの父であり当主。そしてその横には憲正の妻、絹が立っていた。

 絹は着物で口元を押さえてはいたが、目は笑っていてその光景を楽しんでいるのは明らかだった。

 水を浴びた女中は当主に背を向け、顔を見られないのを幸いに口の端をわずかに吊り上げて笑っていた。その笑みは、冷たく侮蔑を含んでいた。


「おまえの子供が、女中を殴ったそうだな」

「私は殴ってない! 水がかかっただけです!」


 反論する紗月に母は「紗月! いいから座りなさい!」と腕を引っ張られ、紗月も母の隣に膝を付く。


「この家にいたければ、問題を起こすなと言ったはずだ」

「申し訳ございません。娘にはよく、言い聞かせますので、今回はどうかお許しください」


 母の声が震えている。

 どうして、なぜ? 紗月には父親であるはずの当主がどうして母を虐げるのか、理解できなかった。


「お父様! どうしてですか!」


 記憶の限りでは、父親であるはずの当主が紗月に声をかけてくれたことはない。だから薄々、血の繋がりだけで邪魔な子供だろうとは気づいてはいた。それでも子供を産んだことを許したのなら、少しくらい情があるはず。だから紗月は初めてこの時、お父様と呼んだ。


「――おい、お前、誰がお父様だ」


 空気が怒気で震え、周囲の音が消えた。紗月も呼吸の仕方を忘れたみたいに、上手く息ができない。

 どうして……怖いけど悔しくて、惨めで、全部の感情がごちゃ混ぜになり涙がポロリと一つ、目から零れる。


「たった数回抱いてやっただけだ。こいつはな、孕んだときに下ろせと命じた俺に、下ろしたと嘘を吐いたんだ。当主のこの俺に、嘘を吐き騙したのだ! お前を俺の子供だと認めたことはない! おい、この母娘、いや……母親だけを十回、鞭を打て。その娘の前でな」

「そんな! 待ってください!」


 その場を去ろうとする当主に縋ろうとした紗月は、周りの大人たちに抑え込まれた。


「まあまあ、母親が図々しいと、娘まで図々しくなるのねえ。本当に、卑しい母娘だこと」


 そう言いながら絹も、当主の後を追うようにその場を去って行った。





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