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帝都神獣守護録~花嫁と血筋の鎖  作者: 秋乃ねこ


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EP16

 清原家では殴られ罵られ、ゴミのように扱われていた。でも自ら命を絶つことなく堪え、たった一人で今まで生きてきた。そこは尊敬に値する。

 なのになぜ、あの場面で今さら死を受け入れようとしたのか。九条家では清原家のような扱いはしていない。


 初めて会ったときから、決して華やかな見た目ではなかった。意思がなく、人形のような女に見ていた。それでも生きることにしがみ付いてきたのだと当麻は思っていた。なのに死を受け入れている姿を見て、裏切られたような感覚と言葉にならない失望。そう感じた自分にも驚き、そして戸惑いを覚えた。

 自分はあの女に何かを期待していたのだろうか。紙面上の報告と、初日に一度しか顔を合わせていない相手に。当麻はどうして紗月にそんな感情を抱いたのか、自分でも処理しきれないでいる。


「当麻?」

「いや、何でもない。でも青龍がそこまで言うならまあ、少し考えてみよう」

「いい答えだね」


 それにここまで青龍が関心を寄せる人間も珍しい。血脈で仕えている自分にさえこんな関心を向けてくることはない。だから気になるのかもしれない。当麻はわずかに浮かんだ嫉妬に気づかない振りをする。


「それより青龍、玄武とは本当に連絡が取れないのか?」

「そうだね。どうかしたのかい?」

「俺の予想だが、清原の力が落ちている気がしてな。ちなみに俺の結界は完璧だ」

「――当麻は当麻だね」と青龍は呆れた顔をしたので、解せなかった。




 八重は言葉通り、翌日の午前中に小間物屋を呼んでいて糸、刺繍するハンカチ用の生地を選ぶことになった。

 部屋には濃い順から綺麗に糸の束が並べられ、同じく広げられている生地よりも明らかに多い。


「さて奥様、どのような刺繍をされるか、お決めになっておられますか?」

「一応、龍を」


 九条と言えば龍だからと安直ではあっても、当主である当麻に渡すならその姿しか浮かばなかった。


「いいと思います。では、青い糸を濃いものから薄い物まで、全て購入しましょう」

「え? そんなには」

「あって困ることはないでしょう」


 そうかもしれないけど、そうなるとかなり糸が余るはず。しばらくは青い花などばかり縫うことになりそう。紗月は困りながらも、目の前に並ぶ糸に夢中になっている。

 一〇種類くらいある青系の全ての糸、と薄緑の生地と金糸の購入が決まった。八重は残った物を持って部屋を出て行き、糸の束と生地だけが部屋に残る。


「受け取ってはもらえないかもしれないけど、私にはこれくらいしかできないから」


 紗月は針箱を取り出し、怪我をしませんように。無事に屋敷に戻れるようにと、一針一針思いを込めて刺繍を始めた。


「できた」


 寝る間も惜しんで、八重に注意されても朝から晩まで刺繍をした結果、三日ほどで出来上がってしまった。


「ちょっと派手、かな」


 薄緑の生地のハンカチの四分の一を占める青龍の刺繍は、なかなの主張をしている。


「でも、うん。でも当麻様のだし、気に入らなければ、引出しにしまわれるだけだろうし。捨てられるのは……少し、悲しいかな」


 でも今までの作品の中では一番の出来で、それだけで紗月の気分が晴れやかになっていた。

 早速式神で八重を部屋に呼ぶ。


「失礼します」

「八重さん、これを当麻様に。怪異から助けていただきありがとうございました。と伝えてください」

「――」


 畳の上に差し出したハンカチを見つめまま、八重は微動だにしない。もしかして九条家が思い描く青龍ではなかったのかしら。天に上る力強い龍が頭に浮かんで、その絵をそのまま刺繍したけど、間違っていたのかもしれない。

 紗月は差出したハンカチを、引っ込めようとした。


「奥様、今から一緒に来ていただき場所がございます」

「え?」

「参りましょう」


 八重はスッと立ち上がると、紗月が動くのを待っていた。

 部屋を出て幾つもの角を曲がって連れて来られたのは、母屋にある部屋だった。


「あの八重さん、ここは」


 目の前には重厚な観音扉がある。歩いて来た廊下には深い赤の絨毯が敷かれていて、フワフワとしたその感触はまるで雲の上を歩いているようだった。


「中に入ればわかりますので」


 八重が扉をノックすると「入れ」と声が聞こえてきた。


「八重さん、ここって」


 紗月の声は八重の「失礼します」の声にかき消される。

 八重が開けた扉を閉まらないように支えている。


「奥様、中にどうぞ」


 さっきの声は間違いなく当麻様で、中にいるのは……八重に助けを求めても、視線を下に向けたまま。どうしよう。八重さんに付いて来たけど、当麻様からは許可を得てない。きっと八重さんも当麻様には伝えずに、この部屋まできたはず。


 紗月は胸の前で手を組んだ。祈るようなその指先が、わずかに震えている。でも怒られたとしても直接、お礼ができるせっかくの機会。紗月は意を決して部屋の中に足を踏み入れた。


「失礼します」


 目に映るのは、足元も廊下と同じ色の絨毯。暴れている心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかと思えるほどに、部屋の中は静まり返っている。


「おい。八重、これはどういうことだ? どうしてこいつをここに連れてきた」


 やはり怒っている。でも八重さんが悪い訳じゃない。多分、直接お礼を言ったほうがいいと判断したのだと思う。けれど……後ろで扉が閉まる音がした。


「奥様が先日のお礼をしたいと、おっしゃっておりましたので、お連れしました。奥様」


 八重さんは、自分をここに連れてくることで当麻様に叱責されることを望んでいるのかもしれない。今までよくしてくれていたけど、これが本音なのだろうか。紗月はやっぱりという気持ちと、どうして信じてしまったんだろうと自己嫌悪に陥っていた。

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