EP1
「なんで私の視界に入ってくるんだよ!」
思いっきり肩を押された清原紗月は、箒を持ったまま尻もちをついた。
「す、すみません」
すぐにその場で膝を揃えると、頭を地面につけて土下座をする。
「そんなことで、許されると思ってんの!」
彼女は一言を発する度に、紗月の頭を何度も踏みつけてくる。石がないところで良かった。でも何度も踏まれると首が痛い。
それでも地面が揺れているように見えるのは不思議だ。
「聞いてんの!」
「は、はい! 申し訳ありませんでした」
「この人殺しが! 反省をしてないから、私の視界に入ってくるんだ。そうでしょっ!」
自分は掃除をしていただけ。でも周りをよく見ていなかった。石はないけど額が痛い。でも痛みには慣れているし、痛みを和らげる方法も身についている。痛みを受けている自分を遠くから見るように感じること。紗月は謝り続け、嵐が去るまで耐えるしかない。
「いいか。お前は前ご当主様のご厚意で、ここに置いてもらっているんだ。お前に殺された家族の善意でもあるのを忘れんじゃないよ」
「はい。申し訳ありませんでした」
「それだけかい?」
「いえ。私みたいなものが生きていて申し訳ありません。私が死ねばよかったのです。償いとして私は皆様からは、どのように扱われても構いません」
「そうよ。お前はごみ以下の人間。身を弁えなさいよ」
やっと気持ちが晴れたのか、彼女の地面を踏む音が聞こえなくなるまで紗月は土下座を続けた。
やっと終わった。顔を上げ額にへばりついた砂を落とす。
「血は出てないみたい。よかった。それにしても寒いなあ」
見上げた空は灰色に沈み、肌を刺すような寒さだ。長襦袢と薄い安物の生地でできた着物だけでは、今の寒さには適していない。
八歳の時に永久に、と入れられた座敷牢からは結局一年くらいで出され、ただただ清原に尽くすことだけが求められた。
「でもお金がないから、誰かが捨てる着物をまた探さないと」
冷えきった手を擦り合わせ、白い息を吹きかける。それでも、指先の冷たさは少しも和らがなかった。
掃き掃除をしていた庭には紅葉の木が植えられているが、既に葉は地面のように色をなくしている。風が吹けばはらりと落ちる姿は、紅葉の魂が土に還るように見えた。
地面を蹴る音が聞こえてくる。あの人が戻ってきたのかもしれない。紗月は振り向きざまに頭を下げる。
「え」
一気に大量の水が頭の上から降ってきた。いや、かけられたようだ。
「やっだー! 誰かと思ったら、仲間殺しの紗月じゃなーい! ごめんね。掃除後の水を捨てにきただけなの。あ、でも、水浴びができて良かったよね」
「本当! 私たち、優しいわよね!」
「本当本当。でも鷹明様の妻になったらあんたみたいな奴、追い出してやるから」
「そうそう。せいぜい物乞いにでもなればいいのよ」
ああ、この二人は、現当主の鷹明様に取り入ろうとしているけど、相手にすらされていない。今日もきっと、その憂さ晴らしなんだろう。いつものことだった。二人が笑いながら去っていく。
「お風呂……入れるかな」
下げたままの髪からポタポタと雫が落ちていくのを、紗月はぼんやりと眺めていた。




