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静けさ   作者: 外国人
1/1

オリエンテーション

第一部

2032年9月7日 午前7時03分


太陽はまだ完全に昇らず、かすかな霧がバンドン中心部にあるインドネシア工科大学(ITB)の構内を包んでいた。


新入生数百人が大講堂「サブガ(SABUGA)」に集まり、ぎこちない表情で周囲を見回しながら、お気に入りの席を探していた。


小さなリュックを背負ったラカは、息を切らしながら急ぎ足で歩いている。目の前には威風堂々とした大講堂。入口の前で立ち止まり、天井が高く、すでに埋まり始めた椅子の列を見上げた。


彼はまるで動けなくなり、胸は激しく上下し、汗が額と首筋を伝ってTシャツの襟元に張り付き、しめつけるようだった。深呼吸して、鼓動を落ち着けようとした。


昨日この街に着いたばかりで、オリエンテーションの場所も調べていなかった。オンラインオジェッ(バイクタクシー)を降りたと思ったらすぐ走り出し、サブガがキャンパスの奥にあることに気づく余裕すらなかったのだ。


第二部

ラカが入口で固まっていると、背後からそっと肩を叩かれた。振り返ると、黒いヒジャブにスタッフ用のジャンパーを羽織った若い女性が立っていた。彼女の視線は鋭く、でも完全に冷たいわけじゃなく、ほのかな笑みが浮かんでいた。ラカも反射的に笑顔を返した。


「どうしたの?そこで固まってないで、早く席探して!もうすぐ始まるよ!」


その声は思ったよりも大きく、はっきりとしていて、圧があった。


驚いたラカは急いで視線を動かし、空席を探した。


スタッフの女性は腕を挙げ、ラカを隣の空席へと誘導した。言葉は少なかったが、促されるまま彼は座席へ。息を整えながら腰を下ろし、「ありがとう」と息混じりに言った。


数秒後、ラカはまた下を向いた。


スタッフの女性はそこに立ったまま、じっとラカを見つめていた。その視線には、まるで見張るような、あるいは威圧するような雰囲気が含まれていた。


ラカは唾を飲み込み、視線を外し、ステージへ目を戻して、何もなかったかのように装った。


第三部

「…ヤバい、マジでスタッフ恐い…」ラカが小さく呟いた。


「わかる。で、なんでサルサ怒らせたんだろうね?」


隣から声がした。ラカがそっと顔を向けると、そこには若い男性がゆったりと座ってステージを眺めながら、左手を差し出していた。


「タラって言います。ビジネス専攻から来ました」


ラカは視線を送ってから、ゆっくりとその手を握った。


「ラカです。産業工学科から来ました」


タラが微笑んだ。


「落ち着いて。サルサはああいう人だよ」


「“あの人”?さっき怒鳴った人?」


ラカが鼻で笑った。


タラが話し始めた:


「正直、よくわかんない。でも急に肩叩いて大声出してきたんだ。そりゃびっくりするよ!」


タラはくすくすと笑った。


「高校のときクラスの会計やってたらしい。厳しいけど、まあ…顔はイケメンかも」


ラカも同意した。彼女サルサはまるで海に立つ灯台のようだった。


「美人でしっかりしてるね」とラカは心の中で呟いた。


二人は沈黙した。講堂の照明が徐々に落ち、場内は息を呑むような静寂に包まれた。


ラカは再びサルサの方を見ようとした。彼女は会場全体を見回していて、その視線がラカに向いた瞬間、彼は慌てて目をそらし、ステージに集中するふりをした。


第四部

講堂は藍紫色の淡い光に包まれ、荘厳なインストゥルメンタルが流れ始めた―まるでドキュメンタリー映画の幕開けのようだった。巨大スクリーンには、ドローン映像で撮られたキャンパスの建物、最新設備の研究室、笑顔で廊下を歩く学生、生き生きとした学部紹介が映し出され、全員の視線は画面に釘付けだった。


タラは余裕な様子で腕を組みながら、囁いた。


「このキャンパス、やっぱすごいね」


ラカはうなずいて言った。


「そりゃそうだろ。インドネシアでもトップクラスの大学なんだから」


ラカの視線が入口の方へ移った。スタッフが半円状に立っており、サルサもその中にいた。先ほどの鋭い表情とは異なり、仲間たちと笑い合い、小さく微笑んでいる。


ラカは目を細め、微笑んだ。


「やっぱり綺麗だね」と小声で彼は言った。


すると、タラが彼の肘をつつきながら言った。


「また色目使ってるでしょ?」


ラカは照れくさそうに答えた。


「聞いただけだって」


「まあ、大声で聞こえてるけどね」とタラは笑った。


第五部(事件発生)

突然、入口付近でざわめきが起き、いくつかのスタッフが大講堂を飛び出していった。ラカとタラ、そして周囲の学生たちもその様子に気づいた。


数名の新入生が走り込みながら席を探し、汗だくで、時には血を滲ませていた。入口の脇で、ズルリと一人の学生が倒れ込んだ。女性の学生が支えようとしたが、その瞬間血が首筋を伝って彼女の手にも飛び散った。顔色は真っ青、手足が震え、叫び声を上げようとしたが声は出ず、その場に崩れ落ちた。


騒然とする中、サルサが強く叫んだ。


「パニック起こさないで!どうぞ落ち着いてゆっくり入って!秩序を守って!」


ラカとタラは狼狽しながらも、入口へ目を向けた。そこには汗だくで血まみれの学生がよろよろと入ってきたが、すぐに倒れた。


黒ヒジャブのサルサはすぐさま駆け寄り、その女性学生を抱きかかえた。


「名前は?大丈夫?メラニ?」


メラニは震える声で呟いた。


「……メラニ」


「大丈夫。血を拭いて、落ち着いたら入ってきて」


メラニは首肯し、ゆっくり立ち上がってトイレへ向かった。


サルサは深いため息をつき、スタッフを呼びかけた。


「この学生を保健室へ。急げ!」


しかし無線からの返事はなかった。静かな空気。サルサの胸に不安が募った。


「応答して!警備係はどこ?サブガポストからバックアップ要請!」


静寂が返ってきただけだった。


第六部(惨劇幕開け)

その時、スタッフのアリックが叫んだ。


「起こせ! 起きろ!」


だが倒れた学生は動かず、震えながら床に横たわっていた。彼らは再び天板を持ち上げて保健室へ移そうとした。


すると、不意にその学生はけいれんを始め、苦悶の声を上げた。サルサは彼の動きをじっと見つめた。


「…まずい予感がする」


アリックが彼を持ち上げようとしたとき、その学生は突然雄叫びを上げ、アリックを床に突き飛ばした。彼の耳からは血が流れ落ちた。スタッフたちは恐怖で凍りついた。


場内には重く、震えるうなり声がこだまし、すべてを一瞬で凍らせた。


ラカは座席で硬直し、タラも顔をこわばらせ、お互い一瞬見つめ合った。


「聞こえた?」タラの囁き。


ラカは強く頷いた。


「やばい、何かがおかしい…」


一瞬の静寂の後、MCが必死に取り繕った。


「あ、あれは…防犯ベルが鳴ったんでしょうか!それでは続けます!」


MCの冗談に誰も笑わず、ただ冷や汗をかくばかりだった。


第七部(激しい戦慄)

その後、サルサ、マヤ、ダニエルはアリックの呻き声に近寄った。彼らはアリックを起こそうと試みたが、足取りは重く、呼吸も浅く、まるで何かに掴まれているかのようだった。


だが、突如現れたのは先ほど倒れていた学生だった。彼はぴくりとも動かず、薄紫に変色した顔、空虚な目。その姿はまるでゾンビのようだった。低くうめき、ぎこちない身体で跳びかかり、アリックの首元に噛みついた。


血が飛び散り、サルサの顔と腕にも飛び散った。彼女は動けず、呆然とその光景を見つめていた。彼女の口からは言葉が出ず、心臓の鼓動が頭の中で響きわたるようだった。


第八部(絶望)

マヤは叫びながら床に倒れ込み、腕から血が滴った。ダニエルは彼女を引き離しながら、彼女を保健室へ連れて行こうとした。マヤは震えながらも、「助けて…」と呟いた。


サルサは唖然としながら、手元にあった木の棒をしっかり握りしめた。


「ダニエル!マヤを保健室へ!今すぐ!」


ダニエルは即座に指示に従った。マヤは確かに助けを求めて泣きながら歩き去った。


サルサは戦慄しながら振り返ると、目の前には狂気のような学生。彼はアリックの身体を乗り越えるように立っていた。彼の顎がはずれ、耳の横で骨が砕ける音がし、血が派手に噴き出した。


第九部(終幕)

サルサは棒を振り上げることもできず、ただ呆然と立ちすくんだ。彼女の瞳は大きく見開かれ、恐怖と絶望で震えていた。


世界の音は遠ざかり、彼女の心臓の鼓動のみが響く。彼女はついにその場に崩れ落ち、壁に凭れかかるように座り込んだ。


目を見開き、口を開けたまま、彼女は叫ぼうとしたが、声は出ず…。


そして、意識が途切れた。

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