ルティラの恋と魔法の小説〜学園での伯爵令嬢と公爵子息の恋と魔法〜
青い空が高く、真上にある黄色い太陽が辺りを照らしている。外は冷たい風が吹いており、肌寒い。赤、橙、黄色と言った紅葉が木を彩っている。十一月である。
フォルディア学園は、貴族が通う学園である。通常の授業の他に、魔法も教えている。そんな学園にて。授業が終わり、放課後。とある教室。伯爵令嬢のルティラ・マルツァーは、下を向いて白い紙に文字を綴っていた。彼女は十六歳で、今は二年生である。長い髪は茶色で、黄色いリボンで括られている。前髪が顔にかかっている。この学園の女子生徒は、白で青が入ったブラウスにスカートを着ている。首元に赤いリボンをしていて、胸には学園の校章が入っている。彼女も同じ服装である。
ルティラは指で筆を動かしながら、時折表情を変えている。
そんな中、不意に誰かがルティラの側に寄って来るのが分かった。彼女は顔を上げ、茶色の瞳をそちらに向ける。友人でありクラスメイトのサヴェリオ・パドルフィーが彼女を上から見ていた。黒髪に綺麗な赤い瞳をしていて、端正な顔立ちをしている。彼もまた制服を着ていた。男子の制服は黒のブレザーで、校章が入っている。首元には緑色のネクタイ。彼は公爵子息で、彼の家は代々優秀な魔術師の家系である。
サヴェリオを見て、ルティラの心臓の鼓動が微かに早くなった。彼は彼女の横にある机の椅子に腰掛けた。首を傾げ、笑顔で話しかける。
「何を書いているのかな?」
ルティラは机の上の紙に視線を向けてから、サヴェリオに視線を戻した。そして、一拍置いてから答える。
「小説を書いているのですわ。」
サヴェリオはふっと笑う。彼は肘をついてルティラに悪戯げに微笑みかける。そんな彼の仕草に、彼女の心臓は早鐘を打つように早く脈打つ。
「本当?小説を書いているなんて凄いね。」
笑顔でルティラを褒めたサヴェリオ。彼女の頰が熱くなる。彼女は気付かれないように頭を下げてお礼を言った。
「ありがとうございます。」
「面白いのかな?」
ルティラは顔を上げる。サヴェリオの赤い瞳が好奇心で煌めいているのが分かった。
「実は友人達には人気なのですわ。」
ルティラが答えると、目を見開くサヴェリオ。
「そうなのかい?」
サヴェリオはやや大きな声でルティラに尋ねた。それに、微笑んでええ、そうですわ、と頷く彼女。サヴェリオは、へえ、と首を縦に振った。更に、彼女はやや低い声で付け加える。
「実はシヴォリ先生のお墨付きなんですの。」
ルティラはその時のことを思い出す。
彼女が教室で小説を書いていたところ、不意に後ろから手を伸ばした男性教師が紙を持ち上げ、読み始めたのである。彼女が頰を熱くなった。彼女は立ち上がり、背の高い二十代後半から三十代前半に見える緑色の髪を持つ美形の教師──ジョキアーノ・シヴォリに手を向けてやや大きな声で言った。
「返して下さい。」
そんなルティラに、ジョキアーノは片眉を上げると、ため息をつく。そして、不満の籠った声で言った。
「今読んでいるんだ。少し待っていてくれ。」
シヴォリ先生が勝手に取って、読んだのに……!彼女は閉口した。羞恥心から顔を伏せる。ジョキアーノはそんな彼女の様子を意にも返さない。ペラ、と紙に金色の瞳を向け、捲っている。読んでいるのが分かった。早く返して欲しいわ……!
紙の音だけが辺りに響く。暫くして、音が止んだ。
「読み終わった。返す。」
ルティラが顔を上げると、ジョキアーノが白い紙を差し出していた。彼女は素早くジョキアーノの手から紙を奪い取った。そして、彼を睨み付ける。
「勝手に読むなんて、失礼な方ですわね。」
ジョキアーノは、片眉を動かした後、一言だけ謝った。
「悪かった。」
それより、とジョキアーノは言う。それよりって何!?鋭い目を向けるルティラに首を傾げながら、ジョキアーノは続けた。
「誤字脱字等はあるが……。良いんじゃないか?面白かったぞ。マルツァー伯爵令嬢、君は文章を書くのが上手いな。将来、本を出したらどうだ?」
羞恥心からかシヴォリ先生への怒りからか、私は顔が熱かった。ルティラは、ジョキアーノを睨み付け、叫ぶように言った。
「お断りしますわ!」
全く、顔は綺麗なのに、シヴォリ先生はデリカシーがないわ!
ちなみに、誤字脱字が多いとシヴォリ先生が言っていたから、後で読み返してみて、友達にも読んでもらったわ。気になってしまって……。
これも、シヴォリ先生の想像通りだったりして。何か釈然としないわ。
当時のことを思い出して、ルティラの眉間に皺が寄る。シヴォリ先生、酷いわ……!ルティラは紙を持っていない方の手を強く握った。心の中で炎が燃える。そんな彼女の様子に気付かないようで、サヴェリオはやや大きな声で驚いたように言った。
「シヴォリ先生に。それは凄いね。」
そんなサヴェリオに、ルティラは、ため息をつき、心を落ち着かせる。そして、彼女は苦笑しながら答えた。
「ええ、まあ。」
彼女には、彼の赤い目が好奇心で輝いているのが分かった。
「そうか、それは是非、読んでみたいな。」
ルティラは数回目を瞬く。彼女は眉を下げた。目が左右に彷徨う。
「内容が恋愛小説なので……。」
ルティラは頰が熱くなるのを感じた。彼女はサヴェリオが読むのはちょっと、と言う。それに、彼は眉を下げた。
「ダメかい?」
いえ、そう言う訳では、とルティラは言った。彼女は眉が下がる。彼女は俯き、瞳を閉じ、考え込む。どうしよう……。
「じゃあ、俺が読むんじゃなくて、ルティラが読んでくれないかな?」
ルティラはえ、と呟き、顔を上げた。正面を見ると、サヴェリオが悪戯っぽい笑みを浮かべて彼女を見ていた。彼女は頰が熱くなる。額を伝う水滴。彼女は右手を勢い良く左右に振る。
「それは……!」
ルティラは目が回った。頭をフル回転させる。彼女は心臓の鼓動が速くなるのを感じた。私が小説を、それも恋愛小説を彼に読むなんて……!彼女は手の中で白い紙がクシャ、と音を立てた。その音で我に返る。彼女はあ、と呟き、手を広げ、紙に寄った皺を伸ばした。
赤い瞳を向けて答えを待つサヴェリオと目が合い、視線を逸らした。どうしよう……。不意に、ルティラの頭の中で魔導電球が光った。あ、そうだわ!口に笑みが浮かぶ。彼女は前を向いて、明るい声で言った。
「そうですわ!魔法で読み上げるのはどうかしょうか。映像も付いて来ますし。ええ、それが良いですわ!」
必死で言うルティラ。更に、彼女は今のは書いている途中なので、1つ前の原稿が良い、と言った。それに、サヴェリオは赤い目を瞬かせた後、そうか、と目を細めて言う。そして、口元を緩めて微笑んだ。
「分かった。それで良いよ。やってくれないか?」
それに、速く脈打つ胸を押さえ、ルティラは笑顔を浮かべて首を縦に振った。
「かしこまりましたわ。」
そして、ルティラは手の中の原稿を鞄に仕舞う。そして、前の原稿を机の上に出した。一瞬赤い瞳が机の上に向けられたが、すぐに視線が戻された。彼女はふう、と一度ため息を付くと、机の横にある茶色い鞄から同色の杖を取り出す。そして、立ち上がり、杖を振った。杖先に白い光が灯り、机の上の紙が白く光る。ルティラは机に腰掛け、杖を膝の上に置いた。
白い光が消えた後、二人の目の前に大きな色付きの映像が下から幕を広げるようにして映し出された。ルティラはサヴェリオの目が釘付けになっているのを良いことに、ため息をついた。
男性とも女性とも取れる中性的な声。感情が籠ることなく、淡々と読み上げていく。学園が舞台のようで、教室が登場する。ルティラにも見覚えのない女子達や男子達の姿が現れ、表情を変えて動く。二人の後ろでコロコロと背景が移り変わっていく。二人の男女が手を繋ぎ、寄り添ったところで、話が終わった。読み終わった本を閉じる時のように、映像が中心に吸い込まれ、消えていった。
暫く辺りに沈黙が続いた。サヴェリオは映像があった空間を見たまま微動だにしない。ルティラはこれ以上ない程自分の鼓動が速いのが分かった。頰が熱い。
サヴェリオがルティラの方を向いた。彼の顔は気のせいではない程赤くなっていた。彼は、探るような瞳で彼女を見る。そして、静かな声で尋ねる。
「……もしかして、これって……。」
自分の大きな心臓の音が聞こえる中、ルティラは口を開いた。彼女は自分の声が僅かに震えているのが分かった。
「そうですわ。私と、貴方のことですわ。……サヴェリオ。」
再び痛い程の沈黙が続いた。二人の間には異様な、暑いくらいの空気が流れていた。ルティラには、世界には二人しかいないかのように感じられた。
赤い瞳は、逸らされることなくルティラを見ている。彼女は目を逸らしそうになったが、耐えて彼を見続けた。
十秒程経ってから、サヴェリオは、首を縦に振った。そして口を開く。ルティラにはサヴェリオの声が震えている気がした。
「それは、映像を見ていて分かった。……ルティラは俺のこと好きだってことかい?」
それに、ルティラは僅かに頰を膨らませる。そして、拗ねた声でサヴェリオに尋ねる。
「それ、聞くんですか?」
そんなルティラの表情に、サヴェリオはじっと彼女を見つめた後、僅かに視線を逸らしてそうだね、と答えた。
「ルティラ。」
ルティラに、サヴェリオは真剣な声で呼びかける。彼女は彼を見つめたまま尋ねた。
「何でしょうか?」
「俺も、君のことが好きだ。付き合って欲しい。」
周りから音が消えた。ルティラの視界が天から日が差したように明るくなる。これ以上ない程の幸福が胸に溢れた。頰を熱い雫が流れる。彼女は答えながら、立ち上がり衝動のままサヴェリオに抱き付いた。椅子がガタリ、と大きな音を立てて揺れるが、彼女は全く気にならなかった。
「……ええ、喜んで!」
ルティラ達は、離れないとばかりに強く抱き締め合った。
そんなルティラ達を、黄色い太陽の光が祝福するかのように照らしていた。
◇◇◇
ルティラ達が一年生の時のことである。フォルディア学園に入学して暫くして。飛行授業の時間。ルティラが学校の箒に乗って飛行していた。
「キャ!」
不意に、少し離れた彼女の横をビュン、と音を立てて影が横切る。風で彼女の括られている茶色い髪が宙に舞った。彼女は、髪を片手で抑える。そして、前に視線を向けた。
離れた位置で、目で追えない速さで動いている影があった。ヒュンヒュン、と言う音がしている。影は箒を動かし、配置されているリングを潜っていった。
ルティラは目を瞬く。今のは……、多分彼よね。
暫くして、箒が止まった。その周囲に複数の箒が集まる。彼等が近付いてきたことで、ルティラは中心にいる人物が良く見えた。整った顔、黒い髪に赤い瞳。サヴェリオ・パドルフィー公爵子息だった。彼は友人達に笑顔で対応していた。
ルティラが彼等の様子を目で追っていると、一人の友人で目を引く美人の女子生徒が箒で近付いて来た。彼女──エルサ・サロモーネはルティラに話しかけて来る。
「ルティラ。パドルフィー公爵子息に話しかけに行ってみませんか?」
ルティラはその言葉に目を見開く。
「え?」
ルティラの様子にエルサはコロコロと笑うと、ルティラの隣に箒を並べた。そして、彼女は手でサヴェリオ達を示し、満面の笑みを向けた。
「私達、彼等とあまり話したことがありませんよね。実は、ヴィアナが彼等の内の一人と交流があるんです。良い機会だと思いませんか?」
ルティラは次にエルサが示す方向を見る。背が低めの友人、ヴィアナ・ジェッダが微笑を浮かべて手を振っていた。ルティラがエルサに視線を戻すと、エルサは首を傾げた。
「どうされますか?」
数拍置いてから、ルティラは首を縦に振った。
「……お願いいたしますわ。」
その後ルティラは、エルサとヴィアナと共にサヴェリオ達の元へ向かった。
地上に降りた後、ルティラ達は挨拶し、話し始めた。
不意に、ルティラとサヴェリオの赤い瞳と目が合う。彼女が微笑みかけると、彼は同じように返した。
そこから、ルティラ達は仲良くなったのである。
◇◇◇
↓以降おまけ
◇◇◇
おまけ1
未来。ある場所。フォルディア学園の演説において。きっちりとした服を着た校長である五十代後半くらいの男性は、魔導型マイク片手に大声で力説していた。
「我が校は素晴らしい学校です。──卒業生には様々な優秀な方がいます。──王宮魔術師もいます。──更に卒業生には研究者と作家を兼任している方もおり……。」
◇◇◇
おまけ2
教師、ジョキアーノ・シヴォリの心境
私はあくまで善意でマルツァー伯爵令嬢に作家を勧めたんだ。研究者としては出版社との繋がりが出来るのは構わないが……。
自分は作家ではない。小説は専門ではない。私がマルツァー伯爵令嬢の才能を最初に見出したからと言って、期待されても困る。
私はあくまで教師であり、研究者に過ぎない。