9 『隠し事』
結局僕は、喫茶店の絵をこっそり持ち帰った。
彼女の言う通り、あのままあそこで埃をかぶっていては可哀想だ。
自分の部屋に置くには少し大きいかと思ったが、なんとか壁に収まった。
次の日、僕とケイは自転車に乗っていた。川へ行くためだ。
山の風が髪を通り抜けていくのが心地良い。流石に坂道を登り切る時には汗だくになってしまっていてそれどころではなかったが。
川へ着くと、ケイが火照った顔を冷やすように頭から水を浴びた。
僕も暑さに耐えられずに水を浴びた。
しばらく浅瀬で体を冷やしながら、僕は周りを見渡した。川の水は冷たくて気持ちがいいし、生い茂った木々が太陽をさえぎってくれている。いつもの屋上の暑さが嘘のようだ。
ふと、見覚えのある木が目についた。
彼女が絵を描いていたのはあのあたりだろうか?そう思ってスマホに保存した写真と見比べる。
「どうだ?見当つきそうか?」
隣からケイが覗き込んできた。ケイには事前に絵のことは話してある。
「うーん、多分あそこだと思う。もうちょっと休憩したら行ってみようか。」
「そうだな!いやー!あちー!」
そんなことを言いながらケイはずっと元気だ。僕はケイの自転車を追いかけるのに手一杯だったのに、彼はペースが全然落ちていなかった。
ずっと息の上がっている僕は少し情けなくなった。
しばらくして、彼女が絵を描いたであろう場所に立って見た。ここからみると、黒猫の書いてある場所は影になっている木の根本のようだ。
ケイと一緒にそこへ向かってみると、一見何もないように見えた。
「本当にここなんだよな?」
「うん、でももしかしたら昔とは地形が変わってたりするかも」
ケイは周りに他に何かないか探している。
しばらくして、何か見つけたようでこちらに声をかけてきた。
「なあ、草の裏に隠れてたんだけどよ、ここにちっちゃい木の看板があるんだよ」
ケイが指差す方をみると、手のひらサイズのミニチュア看板があった。看板には黒猫が描かれている。
「これって、もしかして!」
「ああ!多分これだよな!掘ってみるか?」
「うん!掘ってみよう!」
僕らは特に掘るための道具を持ってきてはいなかったので、そこら辺にあった石を使って地面を掘り始めた。
しばらく掘り進めると、かわいらしいお菓子の缶が出てきた。心拍数が上がるのを感じた。
「開けて見てもいいかな?」
「開けないと何入ってるのかわかんないだろ?」
ケイにそう言われた僕は缶を開けた。
中には、小さな鍵がひとつ、入っていた。
「・・・鍵だ」
「うお!ほんとだ!やったじゃん!」
ケイは宝探しが成功してとても嬉しそうだ。
でも、僕は少し戸惑っていた。
結局、僕は彼女から何も聞くことができなかった。
なんで死んだのか、なんで足枷をつけられていたのか。
もっとなにか大切なものがここに入っているのではないかと期待してしまっていたのかもしれない。
・・・これを渡せば彼女は喜んでくれるだろうか。
「よし!探し物も見たかったし、どっちがでかいやつ釣れるか勝負しようぜ!」
おかしの缶を見つめる僕を尻目に、ケイはもう待ちきれないといった様子で僕らの荷物が置いてある場所へ走って行った。
僕もあわててそれを追いかけて、ケイに続いて釣り竿を川に投げ込んだ。
それから、二人で岩の上に座りこんで釣りをした。
背後には川のせせらぎが響いて、木漏れ日が荷物の近くにおいてあったお菓子の缶を照らしていた。
〜〜〜
次に彼女に会いに行った時には、もう夏休みがあと一週間で終わろうとしていた。
「結局、釣りはケイが五匹、僕が三匹で負けちゃったよ」
「あはは、そうだったんだ。」
「魚は僕のほうが大きかったんだよ?でもケイは数が多いほうが勝ちだって言うから、そういうことにしたんだ。」
「ふーん。そうなんだ。」
彼女はどこかぼんやりとしながら僕の話を聞いていた。
僕は、鍵を見つけたことを言い出せないでいた。言ってしまったら彼女と別れることになるのではないのかと思って隠したままにしておこうとさえ思った。
それを誤魔化すかのように、いつもより饒舌になってしまっていたのだろう。そんな僕の考えを彼女はなんとなく察しているようだった。
彼女が自身の足のつま先を上げたり下げたりしながらそれを見つめている。
なんとなく気まずい沈黙が僕らを包んだ。
「あ、あのさ・・・」
唇がかさついているのを感じた。
言ってしまっていいのだろうか。彼女とこうやって過ごす時間が終わってしまうのではないか。
チラリと彼女の方を見ると、彼女は眉尻を下げて微笑みながらこちらを見つめていた。
唇をぐっとかみしめて思いっきり息を大きく吸い込んだ。
「鍵を見つけたんだよ。それで・・・渡そうと思ったんだ。でも、できたら・・・もう少しだけ付き合ってほしいんだ。」
少し間をおいて、彼女の方をそっと見やると、彼女は驚いた顔をしていた。
それから、首をかしげて、それから笑顔で僕に向き直って言った。
「もちろん!せっかくこうやって出会ったんだもんね。もうちょっと一緒に夏休み、楽しもっか!」
彼女はおかしそうに笑ってから、僕に手を差し出した。
「鍵、貸して?」
僕は一瞬戸惑ってから、持ってきてあったお菓子の缶から鍵を出して彼女に渡す。
彼女は髪を耳にかけてから、少しかがんで自分の足枷の錠を開けた。
足枷がカシャン、と音を立てて地面に落ちる。彼女は足枷のあった足首を少しさすった。
「よし、じゃあ、お出かけしてみよう!ずっと屋上だとつまんないでしょ?」
思いのほかあっけなく開いた鍵に驚いた。それに、鍵がなくなっても彼女が変わらずここに居ることにも。
彼女は自由になった足でくるくると歩き回りながら、夏の空を見上げていた。