8 『遺品』
次の一週間、僕は結局特に何をするでもなく、毎年通り母の実家へ帰省した。
今年も変わらずおばあちゃんに「大きくなったねえ」と言われ、おじいちゃんに「もっとたくさん食え!」と言われた。
親戚からは「日焼けすごいね、部活始めたの?」と言われた。ちょっと気まずかった。
こうして毎年通りの夏を過ごしていると、彼女のことが嘘だったんじゃないかと思え始めた。
彼女のことや、鍵のこと。僕は案外ずっと考え事をしていたらしく、母に心配されてしまった。
結局、お土産は何にしようかと迷ったが、無難にお菓子にしようかと思った。
彼女に物をあげても、空まで持っていけるかどうかわからないし。
僕は、この辺りから彼女との別れが来ることをなんとなく察していた。
初めて会った時の鮮やかさも、彼女と過ごした時間も、きっと僕が鍵を見つけた瞬間に終わる。
元々彼女は幽霊みたいなものだからいつか消えるのは当然だろう、という気持ちと、いつまでもあそこにいて欲しいという気持ちが交差した。
・・・このまま鍵を見つけなければいいんじゃないか
そんなことを思う時もあった。
しかし、きっと僕が彼女のことを見えなくなってしまったらずっと彼女はあそこに繋がれたままだ。
やっぱり、早く鍵を見つけてあげよう。そして、彼女の気が済むまでたくさん相手をしよう、と思った。
〜〜〜
学校の閉鎖期間が終わり、今日はケイと一緒に屋上に来ていた。
ケイと彼女とお土産の饅頭をつまみながら、ゲームをしている。
今日は曇っているのでいつもより日差しはマシだ。
「それで、結局日記は見つからなかったんだってな。」
「そうなの。そもそも私の記憶も朧げだし、ほんとにそこにあったかどうかも怪しいんだよね〜」
ケイの言葉に彼女が返事をするが、その声はケイには聞こえていない。
「そもそもそこにあるかどうかも記憶が怪しいんだってさ。」
「ふーん。まあ、見つかんなかったもんはしゃーないな!」
ケイには日記の内容は言っていない。
なんとなく言い出しづらくて言えていないのだ。
「あ、そういえば今度ケイと川に釣りに行こうって言ってたよな?その川の絵が美術室にあったよ。」
「あ!ほんとに!?あそこの川、涼しくてすごく好きなんだよ〜」
「お!そうなのか!あの場所知ってるのは結構ツウだな!」
彼女とケイの声が重なった。
思わずふふっと笑ってしまう。
「あはは、そうだね。僕も行くの楽しみだよ。」
「今年こそはでかいやつ釣りたいな〜!」
そんなことを言っていたケイは、やっていたレースゲームのコースから落下した。
「わ!やべ!抜かされた!」
「あはは!よそ見してるのがいけないんだよ〜!」
ケイは彼女のことが見えていないはずなのに、僕から見ると普通に遊んでいる友達のように見える。
彼女もケイも楽しんでくれているようで何よりだった。
〜〜〜
家に帰ってから、もう一度彼女の日記を開いた。
そういえば、今度行く裏山の川について書かれていたような気がしたからだ。
パラパラと流し読みしながらページを進めるとようやく見つけた。冬ごろの記述だ。
「川へ行った。絵を描いておこうと思う。」
しかし、これだけしか書かれていない。
絵に描くくらい思い入れのある場所ならもう少し何かあってもいいと思ったが、そうではないようだ。
他の絵を思い返すと、どこも彼女にゆかりのある場所が多い気がしたが、気ままに絵を描いていたのかもしれないな、と思い直した。
〜〜〜
とはいえ、気になってしまった僕はまた美術準備室にいる。
改めて彼女の絵をよく見てみることにした。
普通に川や、植物、そして河原が描かれている。
何度も何度も繰り返して見てみると、河原の奥の方に、黒猫が描かれていた。影になっていたところにいた猫と目があって驚いてしまった。
僕は慌ててその場所の写真をスマホで写真を撮った。
今度、この場所を探してみよう。今度こそ本当に鍵のヒントかもしれない。
僕は期待に胸を躍らせた。
〜〜〜
そこから数日は、また彼女とたくさん遊んだ。
流石にそろそろ宿題をやらないといけないかな、と思ったので、屋上で彼女と一緒にやることにした。
彼女はあまり勉強は得意ではないらい。でも、ずっと隣で応援してくれていた。
「あ、そうだ」
彼女がふと思い出したようにこちらを向いた。
「美術室にあった絵、あげるよ」
「え、あげるって言われても、勝手に持っていっていいのかな?」
彼女はにへらっと笑った。
「誰も気づかないよ!どうせ置いといたままじゃ埃かぶっていつか捨てられるだけだし。全部とは言わないから、一枚くらい持って帰ってよ。」
「ま、まあ、それなら・・・」
そう答えた僕は少し嬉しいと思ってしまっていた。
「じゃ、大事にしてあげてね!私の作品!」
彼女にそう言われて、僕は大きくうなづいた。