7 『距離』
家に帰って、彼女の日記を見てみることにした。
勝手に覗くのもどうかなと思ったけれど、彼女は一緒に読もうと言っていた。明日読んでもいま読んでもあまり変わらないだろう。
日記は、一年生の秋ごろから書かれていた。
・・・なんというか、読むだけで苦しくなるような内容だった。
「教科書を隠された」「仲良くしてくれた子が冷たくなった」「ありもしない噂を流された」
多分、いじめられていたんだろう。
「あんたが可愛いのが悪いと言われた」「髪と目の色が怖いと言われた」「お母さんは取り合ってくれない」「学校に行きたくない、家にも帰りたくない」
段々と、彼女の居場所は美術室の中だけになっていったようだ。
そして次の年の夏、喫茶店でNと出会ったらしい。
名取くん、と書かれていたので、おそらくNのことだろうと思った。
「彼は学校で気味悪がられて、浮いているらしい」「小説が好きだそうだ」「また会いにいく約束をした」
それからの彼女の日記は、もちろん暗い内容もあった。しかし、学校が終われば、放課後に彼と会えるのを彼女はとても楽しみにしていたらしい。
「名取くんが私の絵を褒めてくれた」「名取くんは私の髪や目を綺麗だと言ってくれた」「名取くんと一緒にいると居心地がいい」
段々と、いじめの内容よりも彼の話が増えていった。
しかし、次の冬ごろから日記が途絶えている。
「いじめられているのは知られたくないので、名取くんには黙っておこう」「名取くんの病気が悪くなっているみたい。あまり会えなくなるかもしれないと言われた」
直前にはそんなことが書かれていた。
結局、知りたかったことは何も出てこなかった。
・・・これを、彼女に見せてもいいのだろうか。
彼女はあまり内容を覚えていないと言っていた。
辛い記憶を思い出させていいものだろうか。
忘れたままの方がいいのではないか?
そう思ってしまった僕は、日記を引き出しの中にしまった。
〜〜〜
学校が閉鎖期間に入るまであと四日ある。
僕は彼女に会いつつも、他に何か手掛かりがないか、美術室の準備室や、教室の中、日記に書かれてあった場所を探して回っていた。
彼女には、日記が見つかっていないので探してくる、と言っている。
「そんなに一生懸命探さなくてもいいよ?」と言われたので、少し罪悪感を感じた。
閉鎖期間の前日、僕は屋上に居た。
「結局、日記は見つからなかったんだね。ま、10年も経ってたら残ってるほうが珍しいもんね!」
「あはは・・・そうだね。」
そんなに気にしていないというふうに明るく話す彼女に、僕は苦笑いした。
「明日からしばらく来れなくなるから、その間に行っといたほうがいい場所とかある?ほら、鍵探しもして欲しいって言ってただろ?」
「うーん、それがねえ、特にないんだよね・・・美術室で私の絵を見つけたって言ってたでしょ?それを見てくれたなら私は満足というか・・・」
彼女は宙を見つめながら言った。
「だから、これから一週間は好きなように過ごしてよ!ほら、お盆って帰省したりとかするんでしょ?」
「そうだね。僕はおばあちゃんの家に帰省する予定。・・・お土産は何がいい?」
そういうと、彼女は目を輝かせた。
「お土産!うーん、お土産ってどんなのがあるんだろう・・・シュンがこれがいい!って思うものならなんでもいいよ!」
そう言われるとそれはそれで難しいな。
「わかった。田舎の方だからあんまりないかもしれないけど、道の駅とかに寄った時に見てみるよ。」
「道の駅・・・!すごい楽しそうだね!」
「そうかな?別に普通じゃない?」
「うーん?まあ、そうかも?」
彼女はちょっと不思議そうにしながら首を傾げた。
ここ最近ほとんど毎日彼女と会っていたから、たった一週間離れるだけで少し寂しく感じてしまう。
そんな感情が顔に出てしまっていたのだろうか。
「別に、私は帰ってきてからもここにいるから大丈夫だよ?せっかく遠くに行くんだから楽しんできなよ!」
僕は、彼女にも「寂しい」と言って欲しかったのかもしれない。
彼女はなんでもないという顔をしている。
気が付くともう外は夕暮れになっていた。
「ほら、そろそろ学校閉まっちゃうよ?また今度ね。」
「・・・そうだね。また今度。」
屋上のドアを閉める前に振り返ると、彼女は笑顔でひらひらと手を振っていた。