6 『残り香』
その日、僕らは日が暮れるまで遊んだ。
ゲームしたり、お菓子を食べたり、外の景色を見ながら駄弁ったり。
彼女は、以前以上に砕けた話し方をするようになった気がする。
大げさな表現をするときもある。
「あ!ちょっと!そこのキノコ私が今取ろうとしてたやつ!」
「あそこにいる野球部のキャプテン、一年生のころはすごい背が低かったんだよ!今の半分くらい!」
なんというか、昨日までより仲良くなったような気がする。
雨降って地固まるというやつだろうか。
僕は今まで誰かと接するときは、波風を立てないようにと生きてきたように思う。
誰かと接するとき、時にはもう一歩だけ踏み込んでみてもいいのかもしれない、と思った。
そうすることでしか見られない表情が、目の前にある気がする。
僕は、もう少しだけ、彼女の思い出作りを手伝うことにした。
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「でも、思い出作りって具体的に何するんだ?今日みたいにいっぱい遊ぶとか?でも、鍵探しもしてほしいんだよな?」
「そうだね。遊んだり、友達と一緒に宿題をやったり。・・・でも、一番はやっぱり、知っててほしいんだと思う。」
彼女は、出会った時のように目を伏せた。
「・・・知ってて欲しいって、何を?」
彼女は目を細めて微笑んだ。
「うーん、私が見ていた景色、かな?」
それは、以前の喫茶店のようなものだろうか。
「もちろん、こうやって過ごした時間のことも覚えておいてほしいけどね!」
「それは!もちろん・・・忘れないよ。」
僕は思わず身を乗り出してしまった。
出会った時から、忘れられるわけがない。
たとえ彼女が、もうこの世にいないとしても。
「あ、そうだ。この学校のどっかに私の日記があるはずなんだね。」
「また、場所の見当はついてるから探してみてってこと?」
「いやいや、違うって。今回は本当に場所がわかんないんだよ。二年生の時の教室か、美術室か・・・そこになければほかの場所にあるか、もう捨てられちゃったかのどっちかだろうね。」
彼女はちょっと考えてから言った。
「もし、気が向いたら取ってきてくれない?私も内容あんまり覚えてなくって。」
「まあ、いいけど・・・美術室か教室ね。二年の時はどこの教室使ってたの?」
「二年の時は二年一組だったよ。掃除ロッカーの上の段ボールに隠してたような気がする・・・。」
彼女はうーんと唸りながら思い出そうとしている。
まあ、十年も前なら忘れていても仕方ないだろう。
そもそもその日記ももう残っているのかわからない。
「明日探してみるよ。見つかるかどうかは分からないけど・・・」
「うん!見つかったら私にも見せてね!」
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というわけで、次の日に探してみた。
来週からお盆で学校が閉鎖期間に入ってしまうので、それまでに見つけられればいいなと思う。
昼過ぎに彼女のところへ挨拶しに行った。
その時に、彼女にそのことを伝えたら、毎年のことだから気にしていないと言われた。
お盆と正月が、唯一学校に人がいなくなる期間らしい。その時間はその時間でいつもと違う感じがして楽しいと彼女は言っていた。
まずは二年一組の教室に行ってみた。
部活などで使ってたらどう言い訳しようかと思ったが、どうやら今は人がいないようだった。
彼女が言っていた、掃除ロッカーの上の段ボールを下におろす。
色々なものが詰め込まれているのか重かった。それに、ロッカーはそれなりに背丈があるので、机を使わないと取れなかった。彼女も、いつもこんな風にしていたのだろうか。
段ボールの中には、誰かの体操着や教科書、お菓子のカンカンに入った文房具などがあった。
見ている限り、忘れ物ボックスのようだな、と思った。
しかし、彼女の日記と思われるものはなった。
やはりもう捨てられてしまったのだろうか。
この教室はいったんあきらめて、美術室に行くことにした。
美術室にも誰もいなかった。
彼女が言うには、10年前でも既に廃部の危機にあったそうなので、今も部活が成り立っているのか分からないと言っていた。僕も美術部の人とは会ったことがないので、真相の程は分からない。
彼女に言われた通り、準備室の中を探す。昔の部員の作品だろうか。中にはたくさんの絵があった。
工作道具や絵の具もたくさんある。
しばらく中を調べていると、見知った光景が描かれた油絵を見つけた。
(あの、喫茶店の絵だ)
これは、彼女が描いたのだろうか。
そっと持ち上げて、裏面を見ると、そこには10年前の日付と、M.Kのイニシャルが書かれていた。
さらにその周りを探してみると、裏に同じイニシャルが描かれたものが何枚か見つかった。
川の風景・・・これは、ケイと行こうと約束した山向こうの川だろうか。それと、夕方の教室や廊下と階段などの風景。
それから、屋上から見える空が描かれているものが何枚かあった。
それらの絵を全て棚から下ろすと、奥にノートが見えた。
こんなところに隠していたのか、と思いながら手を伸ばした。
ずいぶん長い間そこにあったのか、少し壁に張り付いていたが取ることができた。
何日かかかるかもしれないと思っていたので、拍子抜けしてしまった。
昼から探し始めたものの、気がつけば外はもう夕暮れになってしまっていた。
今日はとりあえずこれで切り上げて、家に帰ってから少し日記を読んでみようと思った。明日彼女のところへ持っていけばいい。
僕はまだ少し暑いアスファルトの上を歩いて帰った。