5 『太陽』
その日の夜、僕はあまり寝付けないでいた。
外で虫の声がうるさかったとか、エアコンのタイマーが切れていて蒸し暑かったとか、そういうわけではなく。
何か知れるかもしれない、と思って行った喫茶店で得た情報で、さらに混乱してしまっていた。
それにしても、今日ははさすがに言いすぎてしまっただろうか。
もっとちゃんと自分の中で整理してから行くべきだったのかもしれない。
しかし、結局彼女は何がしたいんだろう。
彼女は10年前にNと喫茶店で出会った。そして仲良くなった。
そして、一年ほどしたころに喫茶店に来なくなった。
そのころにNに殺された?それであの姿になったんだろうか。
そういえば、考えたことなかったけど、なんで天使の姿をしているんだろう。
死んだら天使になるんだろうか。
それから、Nが彼女に足枷を付けた。
その理由も、鍵の場所も不明。
なぜ僕にだけ彼女が見えるかも不明。
そして、鍵の場所の見当がついている彼女がどうして僕に探させようとしているのかも不明。
分かっていないことが多すぎる。
「彼女が殺された理由」
「足枷を付けられた理由」
「僕だけが彼女を見える理由」
「鍵の場所、そしてそれを言わない理由」
このあたりだろうか。
・・・何度考えても答えが出てこない。
Nが一人で死ぬのが怖くて心中した?
でも、ケイが足枷のことが見えているあたり、あれは本物の、というか現実のものだろう。生きている誰かがつけたと考えるのが自然だろうか。
そうなると、彼女が先に死んで、Nが後から死なないと足枷はつけられないはずだ。
では、Nがまだ生きているうちに、彼女が殺されて、足枷を付けられたんだろう。
彼女を独り占めしたかったから?何かの恨みがあったから?
・・・でも、彼女がNのことを話すときはいつも嬉しそうにしている。
なんで自分を殺した相手のことをあんな顔で語れるのだろう。
屋上で彼女と話をする日々が思い出される。
彼女があんな風にNのことを考える姿に心がざわついてしまう。
それにいらだって、彼女にあんなことを言わせてしまった自分を浅ましく思った。
結局、その日はあまり眠れなかった。
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翌日、僕携帯ゲーム機や、カードゲーム、彼女の好きなポテトチップス、それから日よけ用の帽子と日傘を持って行った。
母親に日傘を借りたいと言う僕の荷物を見て、外で友達と遊びに行くとでも勘違いしたのだろうか。快く貸してくれた。
ケイは明日から合宿に行くらしい。
一緒にどこかに行くことはできないし、合宿中はスマホも使えないらしい。
しばらく一人で頑張ってくれ、と言っていた。
こんなに大荷物になってしまったのは、昨日の彼女の顔が忘れられなかったからだ。それで、なんだかいてもたってもいられなくなって、彼女が好きそうなものを片っ端から詰め込んだ。
屋上に付くと、彼女は手すりに体重をかけて、外を眺めていた。
なんだか声をかけづらくて、ドアの前で彼女を見ていた。
彼女は、どれぐらいそうしていたのだろうか。僕には、とても長い時間に思えた。
ようやく気が付いたのか、彼女はこちらを振り向いた。
「あ、シュン。おはよう、来てたんだね。」
彼女が眉尻を下げて申し訳なさそうに微笑む。
「昨日あんなこと言っちゃったからさ、もう来てくれないかもって思ってた。」
「いや、僕も、その・・・ごめん。」
寝不足のせいであまり頭が回っていないような感じがする。
・・・いや、そうではないのかもしれない。
僕の中の彼女のイメージが、変わってしまったような気がした。以前よりも彼女との距離が離れてしまった感じがする。
得体の知れない人のように感じた。
それと同時に、彼女の笑顔の裏に隠されたものを、知りたいと思った。
彼女は、僕が目をそらしたのを見て、いつもの明るい声で言った。
「私はね、ちょっとした謎解きみたいなのを、楽しんでくれればいいなって思ったんだ。」
「・・・謎解き?」
「そう、最初に会ったとき、ただ鍵の場所を教えたらつまんないって言ったでしょ?私は、たぶんこの足枷がなくなったら天国へ行くのかな~って思うんだけど。」
彼女が、空を見上げた。今日も変わらず日差しが強い。
「その前に、もうちょっとだけこの世界を楽しみたいなって思ったの。」
彼女がまぶしい笑顔を僕に向けた。
「だって、せっかく久しぶりに話せる人が来たんだよ?それで、嬉しくなっちゃたの。だから、当ててみてよ。どこに鍵があるのか。」
そうだ、彼女は10年もこの屋上で自分のことが見える誰かを待っていたんだ。
そんな単純なことにも想像が及ばなかった。彼女は、寂しかったのかもしれない。
「それと、またいつもみたいに遊んでほしいんだ。私、夏休みに友達と遊ぶのに憧れていたから。」
それは僕もそうだ。僕もあまり友達とは馴染めていない。部活にも入っていないからなおさらだ。
別に嫌われているわけではないが、特別仲がいいわけではない。
ケイ以外に気楽に遊べる人はいなかった。
「ぼ、僕も一緒に遊べるのは楽しいよ。だから、その、もう少しだけここに居て欲しい。」
少し恥ずかしくなって尻すぼみになってしまった。
彼女は一瞬目を輝かせて、いつものようにいたずらっぽく笑った。
「じゃあ、一緒に夏休みの思い出作ろっか!」
「・・・!うん!」
僕は、彼女の太陽みたいな笑顔につられて微笑んだ。