4 『幽霊』
店主は、昔のことに思いをはせる。
「最初は、あの男の子だけが来ていたんだ。・・・考えてみれば、あの子も色白で幽霊みたいだったから印象的だったな。」
店主はカウンターの向こうに座る。
店主が語るには、Nは高校に入ってから1年ほどここに通っていたらしい。
最初は、静かに小説を読んでいたそうだ。
「彼は、いつもあの席に座っていたんだ。」
店主が指をさす。
シンプルな木の机を、花柄のステンドガラスが色とりどりの光が彩っている。
椅子の影が少し寂しそうに思えた。
「しばらくして・・・あれは夏ごろかな。あの綺麗な女の子が来たのは。彼女は、一人で来た。で、ふらふらと店に入って席に着いた。・・・そこで二人は初めて出会ったんだろう。最初はどちらが話しかけたかなんて知らん。でも、二人はしばらく話をしたのちに仲良くなっていった。」
Nと彼女は、それから定期的に会うようになった。
最初は曇っていた彼女の顔が明るくなっていき、Nも彼女の話を静かに聞いていたそうだ。
明るい彼女と、おだやかなN 。それを想像すると、とても幸せな風景に思えた。
でも、僕は彼女の顔が曇っていた理由も気になってしまった。
店主に聞くと、「そんなの知らねえよ。」と不愛想に言われてしまった。
「多分、あの男の子は病気だったんだ。段々ここにやってくる頻度が少なくなった。・・・そんで、次の冬になったころに来なくなった。そのあと、彼女は一度だけこの店に来たが、それ以降はないな。」
店主は淡々と続けた。
「俺が知っているのはこれくらいだ。会話内容とかは知らねえし、その後どうなったかも知らん。」
僕は思わず考え込んでしまった。
僕が思っていたNという人物は、もっと悪い人間だと思っていた。
彼女の美しさを引き留めておくため、とか、なにかに利用するため、とか。そういう理由で足枷を付けたのだと。
しかし、実際はそうではないように思えてしまった。
彼女とNが楽しそうに話す様子が想像される。
二人がいつも話をしていたという机の方を見る。
太陽の位置が変わったからだろうか。
ステンドグラスの光は陰ってしまっていた。
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店主はそのあと、もう用が済んだならあとは好きにしろ、と言って店の奥に入ってしまった。
食器の触れ合う音だけが聞こえてくる。
「なあシュン、結局どこに鍵があるのかわかったか?」
「いや、Nが彼女と仲が良かったことと、病気で亡くなったことしか・・・。」
二人で黙り込み、うーんと考え込む。
「ケイ、・・・そういえば、彼女は鍵をかけた人物、つまりNに殺されたと言っていた。・・・なんでなのかとか分かったりする?」
「ええ!?仲いい人を殺すってなんでだよ。意味わかんないだろ。」
「そうだよね・・・。でも、もし自分が病気だったとして、もし、自分が彼女に恋をしていたら・・・。」
もしかしたら、将来自分が彼女のそばにいられないことが、将来彼女が他のだれかと恋に落ちることが許せないかもしれない。
「・・・今から彼女のところに行ってみよう。確かめたいことがあるんだ。」
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僕らは屋上へ向かった。
さすがに日差しが強い。今日は何も持たずに来てしまった。
「お、行ってきた?喫茶店」
彼女がこちらに気づいて立ち上がる。
いつもの笑顔が日に照らされてまぶしい。
「どう?楽しかった?」
「・・・いや、楽しいというよりは、疑問が増えた感じがするよ。」
彼女は明るい様子でそっか~と言った。
僕は、ここ最近彼女と毎日会った。彼女の昔の話もたくさん聞いた。
でも、彼女の本心は何もわからない。
時折彼女が見せる寂しそうな表情、申し訳なさそうな顔。
彼女は、何を隠しているのだろうか。
「Nとは、友達だったんだね。」
僕が真剣な顔をするので、さっきからずっとケイは戸惑った様子でおろおろしている。
ケイは彼女が見えないんだから当然か。
「なあ。どうして鍵の場所を教えてくれないんだよ。こうやって回りくどいことしなくても・・・あなただって早くここから解放されたいんじゃないんですか!? 」
僕はいらだっていたのかもしれない。
何でもないように僕に笑いかける明るい彼女。彼女をここにつなぎとめたN。
何も言わずに鍵を手にしてここから去ればいいのに、どうして僕に謎かけみたいなことをするのだろう。僕は、どうしても確かめたかった。
彼女は驚いて目を見開いた。
それから、眉尻を下げる。
「君が、どう思うか知りたいんだ。もう少し付き合ってくれない?」
僕は困惑した。
どう思うか?何に対する感想を求めているんだ。
僕らの上を通る雲が影を落とす。
「やっと話せる人が来たんだ。んまあ、私も迷ってるんだ。・・・でも、もし嫌なら、もう来なくてもいいよ。」
彼女が悲しそうにうつむいた。
それからすぐに、いつもの明るい様子で横を向いた。
「ま、君の好きなようにしてよ!私は別にこのままでも全然大丈夫だからさ!」
そう言った彼女はどんな表情をしていたのだろう。
横顔は、羽に隠れて見えなかった。
・・・僕は開いた口がふさがらなかった。
助けてほしいと言ったり、もう来なくてもいいと言ったり。
彼女のことが遠くなってしまったように感じた。
でも、知りたいと思ってしまった。
「おい、シュン、大丈夫か?変な顔してるぞ?」
ケイが心配そうに声をかけてくれる。
「ああ、ごめん・・・」
僕は彼女の方を見た。
彼女は僕に背中を向けていた。
「また、明日、ここへ来ます。」
あの時、彼女は何を思っていたのだろう。
僕はそれだけ言って、屋上から去った。