2 『ウインナーコーヒー』
あの後、結局鍵の場所も、ヒントすら教えてもらえなかった。
彼女は終始、彼女が学校に通っていたころの話や、両親の話などをしていた。
生前の部活は美術部、父は会社員で、母は専業主婦。得意な科目は理科。
分かったのはそのくらいだ。
日が傾き始めたころ、彼女は毎日ここに来るように僕に言った。
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彼女のもとに通い始めてから一週間ほどになる。
雨の日に傘を持っていったら喜んでくれたこともある。
・・・彼女の羽は入りきらなかったが。
鍵のヒントは今のところ何もない。
彼女の話は、小学生の頃は背が低かったとか、顔はよかったからモテた、とか。
たわいのないものばかりだ。
僕のことについても良く聞かれた。
そんな話を聞いて面白いのかどうかわからなかったけど、学校や家族の話を、彼女は楽しそうに聞いてくれた。
彼女がスマホに興味を持ったので、見たいとせがまれて二人で映画を見たりした。
ゲーム機について話したとき、携帯ゲーム機を持ってきてゲームをしたりもした。
彼女は僕が話すものにいつも瞳を輝かせ、大げさなくらいのリアクションをする。
カラカラと笑う声も、彼女が見せるいろんな表情も、もっと見ていたいと思った。
彼女と話す時間はとても楽しかった。
そんなある日、幼馴染のケイに彼女のことを電話で話してみた。
彼は困惑した様子だったが、一応信じてくれた。
ケイが彼女と会ってみたい、というので、次の日、それを彼女に話してみた。
「シュンの友達が私に会いたがってる?」
彼女は、僕が彼女に頼まれて買ってきたポテトチップスをつまみながら聞き返した。
彼女に僕の名前を教えたものの、彼女の名前をまだ僕は知らない。
「そう、ケイって言うんだ。あなたのことを話したら、会ってみたいって。」
「ふーん・・・でも、そのケイくんって人には私は見えないと思うよ?」
「え?」
まあ確かに誰にでも見えていたらとっくに噂になっていておかしくない。逆にどうして今まで気が付かなかったのだろう。
「じゃあなんで僕は見えてるの?」
「あはは、なんでだろうね・・・。」
彼女は目線をそらしてポテトチップスを口に入れた。
「信じられないなら明日そのケイって子をここに連れてきてみてよ。」
僕はおずおずとうなずいた。
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「んで?屋上にシュンの言ってた天使ってのがいるんだよな?」
「うん、そうなんだけど。・・・ケイにはその人は見えないかもしれなくって・・・。」
次の日、ぼくらは屋上に向かっていた。
ケイは今日は部活が休みらしい。
もう八月に入り、より一層暑くなってきたので、屋上で話をするのもそこそこ体力を持っていかれる。
日よけになるものを何か持ってきたほうがいいかもしれない。
「お前、大丈夫か?やっぱり暑すぎて頭おかしくなっちゃたりしたんじゃないか?・・・ごめんな、俺が毎日日を浴びたほうがいいとか言ったばかりに・・・。」
「いやいや!そういうわけじゃないって!・・・僕だっていまだに信じられてないよ。家に帰ったら彼女はいなかったんじゃないかって思うこともある。でも、次の日にそこに行くと、やっぱり彼女はそこにいるんだ。」
「ふーん。」
ケイはまだ半信半疑といった様子だ。
屋上への扉を開けると、いつもと変わらない場所の手すりにもたれかかる彼女がいた。
今日は大きな入道雲を背にしている。
「あ、ほんとに連れてきたんだ。」
彼女はいたずらっぽく笑った。
「うん。あー・・・えっと、あそこにいるんだけど見える・・・?」
後ろに続いたケイに彼女のいる場所を指さす。
ケイは顔そしかめて、顎に手をあててその場所を見る。
右から見たり、左から見たりして、じっくり観察してから僕のほうを振り返った。
「・・・・・・・・いないぞ。」
「あはは、やっぱり!」
ケイの言葉に彼女はケラケラ笑った。
笑う彼女を無視してケイが悩ましげな視線を向ける。
「でも、シュンには見えるんだよな?その、天使?が。」
「ああ、ほんとに見えない?あそこに鎖でつながれてるんだけど・・・・。」
ケイはもう一度彼女のほうを見る。
「ううん?鎖?・・・あれ、よく見たら下のほうに鎖が・・・って、なんだこれ!?なんか浮いてるぞ!?」
ケイには鎖だけが見えているらしい。
彼女がおお、と感嘆の声を漏らす。
「へえ~、これは見えるんだ。知らなかった。」
彼女が自分の足枷をさする。
この鎖は彼女の一部ではないから見えるのだろうか。
「シュン、お前にはここにつながれてる女の子が見えるってことだよな・・・?」
「そ、そうだね。まさか鎖だけ見えるとは思わなかったけど・・・。」
彼女の姿が見えないのはかわいそうだなと思ったが、同時に自分だけが見えている特別感に少し浮かれている自分もいた。
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ケイは、彼女の存在を信じることにしたようだ。
そして、彼女には心境の変化があったのだろうか。
彼女はその日、彼女に足枷を付けたあの人について初めて言及した。
あの人ではわかりにくい、ということになったので、仮に、Nと呼ぶと彼女は言った。
Nがかつてここの生徒だったことは以前も聞いた通りだった。
彼女は街の方を指さした。
「あそこの通りに、喫茶店があるのは知ってる?私はそこのウインナーコーヒーが好きだったんだ。」
指をおろした彼女がこちらを向きなおすと、カシャン、と音が鳴った。
「Nもあそこに良く通ってたらしいんだ。良かったら、あの喫茶店を調べに行ってみてくれない?」
彼女は懐かしむように目を細めて笑った。