13 『飛び方』
彼女はしばらく僕の方を見つめてから立ち上がると、屋上の扉を開けた。
外の日差しがまぶしく差し込んでくる。
「こっち。」
屋上の扉から外に出て、彼女が手招きながらいつも彼女がいた場所を指さす。
「飛び降りたの。」
何でもないという調子で笑顔で彼女は言った。
一瞬呆気に取られた。すごく軽い調子で言うから、聞き間違えかと思った。
しばらくして、言葉の意味を理解してから、なんとなく事情を察していたとはいえ、僕は何も言えなかった。
なんといったらいいのか分からなかった。「そうだと思ってた。」なんて言ってもおかしいし、わざわざ明るい顔をして言っている彼女に声をかけて雰囲気を暗くしても良いのかわからなかった。
でも、思わず眉間に皺が寄ってしまうのが自分でもわかった。視線が泳いでしまっているのも仕方ないだろう。
そんな僕を覗き込んで彼女が言った。
「私は、それでよかったと思ってるんだ。・・・だからそんな顔しないでよ。」
彼女は眉尻を下げて苦笑いした。
僕は、酷く悲しくなってしまって、思わず彼女に背を向けた。こんなぐしゃぐしゃな顔を彼女に見られるわけにはいかない。
学校でも一人ぼっちで、いじめられて、唯一出来た友達とも会えなくなって、親にも相談できず、抱え込んだまま、ふらっと飛び降りた彼女のことを想像すると涙が出てきてしまった。
今日までの何でもないような屋上での日々が、彼女にとってはかけがえのない時間だったのだ。誰にも邪魔をされず、好きなだけ遊んで、好きなだけ笑える。
普通に過ごす夏休みが、友達と遊ぶ時間が、何より彼女が欲しかったものだったのかもしれない。
彼女のまぶしい笑顔が思い返されえて、彼女にもっと、生きて居て欲しかったと、思った。
「・・・なんで、死んじゃったんですか」
彼女に背を向けたまま、問いかけた。
「なんでって、聞かれると難しいけど・・・そうだなあ、あの時の私は、ずっと逃げ出したかったんだと思う。」
足元には、昨日の雨でできた大きな水たまりが僕の姿を映していた。僕の後ろにいるはずの彼女は、水たまりには映っていなかった。
「・・・ごめんね、そんなに泣かせるつもりじゃなかったんだ。ほら、よくある話だったりするんじゃないの?いじめで飛び降りて自殺~って。十年も前の話だし。そうだったんだ~ってくらいに思っててくれてればいいんだよ?後悔してないって言うとちょっと嘘だけど、これで良かったって思ってるからさ、ね?」
彼女は僕をなだめるみたいに軽い調子で言う。
良くある話、か。確かにニュースなどで聞いたことはある。
でも、彼女はもう遠いどこかの知らない人じゃない。明るくて、ちょっといたずらっぽくて、好奇心旺盛な、普通に憧れた女の子だ。
「僕は、そうは思えません。・・・ちゃんと、生きていてほしかった。」
彼女がこの世にいないことは、初めて出会った時から知っていた。
今更こんなこと言ってもどうにもならないことも、この夏にできた思い出が彼女を死から救うことはないことも、何をしても彼女がこの先の未来を歩くことも、ないのだ。
「私はこれで良かったって思ってるんだよ?・・・でも、ありがとう。」
彼女はそういって、深呼吸した。
僕が涙をぬぐって彼女の方を見ると、彼女はまた困ったように笑っていた。
どうしてそうやって、笑って話せるのか、僕にはわからなかった。
彼女がおもむろに足枷のつけられていた辺りの手すりの方へ向かった。
「ちょうど、このあたりだね。」
そういうと、彼女は手すりのあたりから前かがみになって、下を見下ろした。
僕は彼女が消えてしまうような気がして、水たまりの上を慌てて駆け寄って彼女の手を引っ張った。
彼女は一瞬驚いたように僕を見て、それから満面の笑みで笑った。
「あはは、そうそう。こうやって下を覗いてたら、名取君が今のシュンみたいな顔して手を引っ張ってくれたの。」
彼女はまるで、僕の向こうにいる彼の影を見ているようだった。
「この姿になってから、はじめはなんで死んでいないのか、意味がわかんなくてさ。だって、死んだと思ってたら、羽が生えてて、天国に行くでも、地獄に行くでもなく、なぜか屋上にいたんだよ?・・・それで、早く死にたくって、何度もここから飛び降りてたの。」
また、なんでもないという風に彼女は言う。
何度も飛び降りるなんて、流石に少し怖くなって僕は一歩後ずさった。
「それで、あんまりにも私が飛び降りるから、名取くんが足枷をつけたの。私は、その時一年くらいの記憶がなかったから、彼のことが誰かわかんなくてさ、何でこの人は邪魔をするんだろうって思ってたの。・・・すごく、悪いことしちゃったな。」
彼女が涙ぐみながら話を続ける。
「名取くん、私が『誰?』って聞いた時、すごく悲しそうな顔してたの。名取くんはね、『僕が一人にしちゃったから君が死んだ』、なんて言ってたけど、私が悪かったんだよね。私が、勝手に死んだのに、名取くんはここで、いつも私に色んな話をしてくれたの。」
彼女が目元を押さえながら嗚咽を漏らす。
「なんで、なんで忘れちゃったんだろうね。毎日寒いのに、放課後にここに来て、門が閉まるまで話をして。彼にはすごく悪いことしちゃったな。・・・ある時期、急に来なくなっちゃって、多分、死んだんだろうなって思った。その時は、足枷を外さずにどっか行くなんて迷惑だなって思ったけど」
彼女が手すりを背もたれのようにして屋上の床に座り込む。
「私は彼より先に死んじゃって、でも、結局、私は彼に置いていかれちゃったんだ。」
彼女は目元を拭って、にへらっと笑った。
「シュン、付き合ってくれてありがとう。お陰で大事なこと思い出せたよ」
彼女は満面の笑みで僕のことを見上げていた。




