12 『忘れ物』
書置きを見つけた僕は、しばらく紙を見つめたまま考え込んでしまった。
何か思い出したことでもあったのだろうか。行きたいところというのはどこだろうか。僕には見当もつかなかった。
明日、屋上で会ったときに、彼女はいつもと変わらない姿でいてくれるのだろうか。それとも、今度こそ本当にどこかへ消えてしまうんじゃないか。
今まで彼女からの話を聞いていながら、死ぬ前の一年間の話を彼女が一度もしなかったことに思い当たらなかったことを少し後悔した。彼女も、本当は自分に何が起きたのか知りたくて僕に鍵を探してきてほしい、なんて言ったのかもしれない。
なら、その記憶を思い出した今、もう未練はなくなったのではないだろうか。もしそうなら、それはそれでいいのかもしれない。
でも、僕は少し寂しく思ってしまっていた。彼女が記憶を取り戻さなければ、ずっと一緒に居られたのだろうか。でも、それは彼女にとっていいことだとはとても思えない。
うだうだとああすればよかったのだろうか、それともこうすればよかったのだろうか、とぐるぐる考えていたら眠れなくなってしまった。
明日、彼女に聞きたいことはたくさんある。でも、それを聞いていいのだろうか。
最初のころはたくさん知りたいと思ってしまっていたことも、知ってしまったら本当に別れが来てしまう気がして、複雑な気持ちになった。
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翌日、僕は朝早い時間から学校へ向かった。
彼女は、いつものように屋上にいた。いつもと違うのは、彼女の足に何もついていないということ。
彼女は、僕に気が付くと、出会った時と同じようにこちらに目を向けた。
「おはよう。今日は早かったんだね、シュン。」
彼女の髪が朝日に照らされてキラキラと輝いていた。
見慣れたと思っていた彼女の姿も、こうやって遠くから見るとやはり神秘的に見える。
いつもの白い羽は、遅くまで降っていたのせいだろうか、心なしか湿っているように見える。
「お、おはよう。昨日はどこへ行ってたの?」
「えへへ、ちょと、名取君のおうちへ行ってたんだ。前から知ってたんだけど、信じたくなくて見に行っちゃった。彼、やっぱり死んじゃってたんだね。」
彼女は何でもないというように、いつもの笑顔を浮かべた。
「それでさ、思い出したことがあって、それをちゃんと話そうと思ったんだ。」
彼女は僕の方を見つめなおして言った。
僕は、聞きたいとも、聞きたくないとも言えず、黙って彼女が口を開くのを見ていた。
「あはは、そんなに固くならないでよ。ほら、屋上だと暑いでしょ。向こうの階段のほうまで行こう?」
彼女は僕が上ってきた階段の方を指さして言った。
そうか、もう自由に動き回れるんだった。それでも彼女はこの場所に戻って来てくれている。
僕は、わかった、と言って彼女の言う通り階段の方へ行き、腰掛けた。
二人で屋上手前の階段に座り込むと、彼女が口を開いた。
「えっと、私の日記の内容はもう読んだんだよね・・・?」
「あ、う、うん。ごめん、勝手に読んで。」
「あ!いやいや、全然大丈夫だよ!学校に置きっぱなしにしてた私も悪いんだし。」
彼女は胸の前で両手を振って、にへらと笑った。
「じゃあ、私と名取君が喫茶店で出会ったあたりから話そうかな。」
そういって、彼女は話し始めた。
喫茶店の話のくだりは、店主から聞いていたものとほとんど同じだった。
少し違ったのは、彼女が当時、クラスメイトからいじめられていたこと、N、もとい名取君は病気であまり学校へ行けていなかったという部分だ。二人は学校にあまり居場所のないお互いに親近感を抱いて仲良くなったらしい。
彼女はいじめられている原因は自分の容姿にある、と言っていた。彼女の真っ白な髪と真っ赤な目はそれだけで目立つだろう。そのうえ、彼女の容姿は整っていて、周囲から遠巻きにされてしまうのはなんとなく納得できてしまった。
最初は、彼女が死んでからこんな風な見た目になったのだと思っていたが、どうやら違うらしい。生まれつきのアルビノだそうだ。
彼女の母は、彼女を普通とは違う見た目に産んでしまったことを申し訳なく思っていたそうで、彼女はそれが原因でいじめられているとは言えなかったそうだ。
しかし、二人が仲良くなるにつれて、いじめっ子たちは彼女の様子がいつもと違うことに気が付いたようだ。
知らぬ間に彼女のことを尾行し、彼女と名取君の関係を知ったいじめっ子たちの標的は、彼女だけではなく名取君のほうにも移っていった。もともと体の丈夫でない彼は、いじめも相まって学校に行かなくなってしまったそうだ。
「それ以降ね、名取君が喫茶店に来ることもなくなっちゃったんだ。『僕みたいな人と一緒にいると、君まで変な目で見られちゃうから』って。元はと言えば私のせいなのにね。」
彼女は自分の膝を抱きしめながら言った。
「それでさ、結局、私の居場所はどこにもなくなっちゃって。気が付いたらこんな羽が生えてたってわけ。」
彼女はいたずらっぽく笑って、自分の羽をパタパタさせた。
それからしばらく、僕らの間に沈黙が走った。
「・・・でも、じゃあ結局、そのあと死んじゃったってことだよね?」
「そうだね。私はあの後、死んじゃったね。」
「あなたは、なんで死んだの?」
僕は、聞きたくても聞けなかったことを聞いてみることにした。




