11 『思い出作り』
僕の狭い部屋には本当に大したものはない。
クローゼットの中を開けても制服と、少しの私服くらいしかない。本棚に入っているのも教科書と、母が買ってくれた小説、漫画くらいだ。
小学生と中学生の頃の卒アルは少し盛り上がった。僕も久しぶりに小学校の頃の思い出を見返して面白かった。写真を見られるのは少し恥ずかしかったが・・・。
彼女はなんでもないものにも面白い、と楽しそうに聞いてくれる。中には何が面白いのかわからないようなものにもニコニコしているので居心地が悪いように感じたりもした。
「こっちの引き出しには何が入ってるの?」
彼女が僕の勉強机の横にある引き出しを指さして言うので、僕はその引き出しを開けた。
僕は、その引き出しに彼女の日記が入っていることを忘れていた。
彼女の日記が目に入った瞬間、慌てて引き出しを閉めた。彼女の方を見ると、口を開けて引き出しを見つめていた。しばらくして、おずおずと僕のほうを見た。
「えっと・・・見られたらまずいものだった?」
彼女が眉尻を下げて聞くので、僕はいたたまれなくなってしまった。
このまま、誤魔化して知らないふりをすることはできる。彼女の日記を実は見つけていて、それを見つからなかったと嘘をついたまま、彼女に、彼女が忘れてしまったという日記の内容を知られないままでいることはできる。でも、結局僕はいろいろ迷ってるうちに日記の存在さえ忘れてしまっていた。もう、早めに彼女に返してしまったほうがいいのかもしれない。
「・・・いや、実は、日記を見つけたんだ。この前言ってたやつ。」
僕はおもむろに引き出しから日記を出して彼女に渡した。
名前もタイトルもない、無題のノート。年季が入って、紙は黄ばんで、角は少し擦れている。彼女が過ごした日々の記録。
彼女は口を薄く開いたまま、すっと背筋を伸ばして受け取った。しばらく表紙を見つめた後。パラパラと中を読み始めた。
僕は椅子に座りなおして彼女が静かに日記に目を通すのを眺めた。なにか声をかけようかとも思ったが、集中して読んでいる彼女になんと声をかければいいのかわからなくて、コップに口をつけては置いてを繰り返していた。いつの間にか降り始めた雨の音を聞きながら、彼女は噛みしめるようにページを進めていく。
雨が段々と強さを増していた。
様子を見ている限り、彼女は本当に日記の内容を覚えていなかったらしい。時折目を見開いたり、唇を固く結んだり、眉間にしわが寄ったり。忘れていた記憶を思い出すのはどんな感覚なのだろうか。
しばらくして、読み終わった彼女が顔をあげた。
「えっと・・・ありがとう。なんとなく思い出したよ。・・・それと、私ちょっと勘違いしてたみたい。」
眉尻を下げて困ったように笑う彼女に、僕は首を傾げた。
「勘違い?」
「そ、勘違い。言ってなかったんだけどさ、私、自分がこの姿になる前の、1年くらいの記憶がないだよね。」
「・・・え?」
彼女が日記を閉じて膝の上に置く。
「足枷を付けられたことは覚えてるんだ。それで、その時にNが言ってたの。『僕が君を殺した。』って。私はそれを信じてたんだけど・・・そうじゃない。」
日記の表紙をなでながら、うつむいた彼女が鼻をすすった。
「ごめん、ちょっと、整理させてほしい。とりあえず、廊下出てるね。」
慌てた様子で彼女は部屋から出て行ってしまった。
僕は、追いかけることができなかった。
初めから、彼女は何も知らなかったのだ。自分が生きていたころのことも、どうして死んだのかも。
彼女はNに殺されて、足枷をつながれてあの場所にいたと言っていたが、実際はNに殺されてたわけではなかったらしい。そして、Nに足枷を付けられ、そこからの記憶は持っている。ということは、今の彼女からすると、彼女がNと出会ったのは彼女が死んだ後だと思っていたのだろう。
しかし、日記には彼女がNと仲が良かったことも書かれている。彼女からすれば混乱してもおかしくはない。
聞きたいことはたくさんあったが、しばらく彼女が落ち着くまで待った方が良いだろう。僕は椅子の背もられに寄りかかって、ぼんやりとしながら彼女が戻ってくるのを待っていた。
結局、彼女は夕方になっても帰ってこなくて、心配になって見に行ってみると、彼女はどこにもいなかった。
廊下には書置きが一つ残されていて、
『行きたいところがあるので行ってきます。明日、屋上で待っています。』
と書いてあった。




