シテ川で見付けた青年
時を遡る事、2か月ほど前の事。
ここはレンドル侯の領地の中でも一番南に位置する小さなシレソ郡。
そのまた南の端。山間の小さな村。そこにあるこれまた小さな家。
家の周りには色々な薬草が植えられている。ここは村の施薬院なのだ。
施薬院の薬師はビルとデイジー。二人は父娘だ。
ビルの妻は数年前に亡くなってしまっていた。
◇◇◇
デイジーは急ぎ足で家に向かう。
村の市場で見つけたツタールの根。これを摺り下ろして傷口に張れば傷の治りが早い。
「お父様。只今帰りました。市場でツタールの根を見付けたの。これをすぐに摺り下ろして……」
デイジーはそう言うと病人の寝ている部屋へ急いだ。
デイジーはどさりと籠を落とした。目を見張る。
「まあ! お父様。葦の君が目を覚ましたのね!」
「ああ。さっき目覚めたよ。良かった。本当に良かった」
ビルはそう言って青年の顔を覗き込んだ。
デイジーは葦の原で見つけた青年の所に行ってスカートを摘まんで礼をした。
「初めまして。どこのどなたか存じませんが、私と父があなた様を見付けました。
シテ川の葦の原で。あなたは怪我をして倒れていたの。体がびしょ濡れですごく冷たかった。あのままだったら凍え死んでしまう所だったわ。私と父はすぐにあなたをここへ運んで来たのです。
私の名はデイジー。こちらのおじ様は私の父です。ねえ。あなたの名前は何と言うのですか?」
デイジーは大きな目で青年を見詰める。
青年はぼんやりとデイジーを見る。
「名前……? 俺の名前は……」
青年は暫し考える。
「ねえ。何であんな所に倒れていたの? 誰かに追われていたの?」
「誰かに……?」
青年は宙を見詰めた。
だが、息を吐いて目を閉じた。
「駄目だ。何も思い出せない」
諦めた様にそう言った。
「その内、おいおい思い出すでしょう。焦らなくても大丈夫です。身に着けていた衣服は上質の物でした。大方どこかの貴族様のご子息なのでしょう。または裕福な商人の家のお方か。その内、誰かが探しに来ますよ。白湯を持って来ます。喉が渇いたでしょう」
ビルはそう言うと部屋を出て行った。




