龍の小石
オダッチの話を聞き終えたサツキナは暫くオダッチをガン見していた。
が、徐にナイフとフォークを掴むとがつがつと物を食べ始めた。
「サツキナ様。お行儀が悪いですよ」
リスの頬袋みたいにほっぺを膨らませているサツキナを見てオダッチは顔を顰めた。
「食べるのよ。食べて体力を付けなければ」
サツキナは食べ続ける。
口の中の食べ物を水でごくごくと飲み下す。
「サツキナ様。お風呂のご用意が出来ました」
侍女がそう言って呼びに来た。
「御免なさい。風呂に入っている場合じゃなくなったわ。さあ、オダッチ行くわよ」
「どこへですか?」
「ブラックフォレスト王国に決まっているでしょう!! その前に誰かご家族にご挨拶を……」
そう言うと侍女は答えた。
「只今、どなたももいらっしゃいません。ジョージ様は朝からダレードの神殿に。ロクサーヌ様は西の繁華街に。ルイス様はサンドラ様がお着きになるので途中までお迎えにいらっしゃっています」
「じゃあ、手紙を書いて置いて行くわ。それをお渡しして」
サツキナはそう言った。
サツキナが手紙を書き終えて家令にそれを託していた時、アクレナイトの兵士が飛び込んで来た。
「ルイス様はどちらに。ルイス様。至急に王都前においでくださいとの事です」
「ルイス様は今、サンドラ様をお迎えに出られておるが……何かあったのか?」
家令が答える。
「リエッサ王妃が魔女を公開処刑すると言って王宮前広場に。そこをハアロ大将軍の兵士が取りまいて王宮前は大変な事に……」
「何だって!? ま、魔女?」
家令は面食らう。
「はい。魔女はミア様だと……ハアロ大将軍の奥様です」
「ええっ??」
「おい、誰か、急いでルイス様をお迎えに行け」
家令は叫んだ。
サツキナはすぐさま立ち上がると部屋に駆け戻った。
剣を手に取る。雑のうの中の龍の小石をポケットに入れた。
オダッチが帽子を持って追い掛けて来た。
「サツキナ様。帽子、帽子を被ってください」
サツキナは猫耳帽子を被るときりりと顎ひもを結ぶ。
「行くわよ。オダッチ」
そう言うと広場を目指して走り出した。
王都広場は凄い人だかりだった。
サツキナとオダッチは人混みをかき分けて前に進む。
一段高くなった場所、そこは処刑台だった。
体をぐるぐると荒縄で柱に縛られた女性がいた。罪人の印である灰色の単衣を着せられて裸足である。その体に剣を向けているのは近衛兵のクリスだ。リエッサ王妃はミアの隣にいる。毛皮の付いている豪華なローブを身に纏っていた。その後ろにはレオナルドが控えていた。
周囲をぐるりと近衛兵が守っていた。
近衛兵の前にハアロ大将軍がいる。その後ろに次々と兵達が集まって来る。
ジョージも宰相もやって来た。重臣達は人をかき分けて前に進む。
ハアロの大音声が聞こえて来た。
「いい加減にしろ! リエッサ。お前は自分の母親に何と言う事をするのだ!! すぐに解放しろ。そしてすぐに退位しろ。もう我慢できん!!お前は廃位だ」
「ハアロ大将軍よ。あなたの妻、ミアは魔女だ。ミアは王都に私を侮辱する虚偽の文書をばら撒いた。それだけでも死刑に値する」
「魔女などおらん。何を言っておる。お前もミアも狡猾なルシールに騙されておるのだ。目を覚ませ!」
「いや、魔女はいる。ミアこそが魔女だ。魔女が私を罠に掛けたのだ。魔女は国を崩壊させようとしておるのだ。皆の者。この魔女に石をぶつけよ。どんどん石をぶつけて殺すのじゃ! 」
「リエッサ。いい加減にしろ。この馬鹿者が!!」
ハアロがそう言ってずかずかと歩み寄るとクリスが言った。
「おっと、それ以上近寄るとミア様の首が飛びますよ」
「くっ……」
サツキナはポケットの中の龍の小石を握る。石が熱を帯びて来た。
怒りの炎が湧き上がる。
「石を投げろ! お前達は散々王宮に投石したでは無いか。この混乱はこの魔女が招いたのだ」
見物人はしんとなる。誰も石を投げる物はいなかった。
「石を投げろと言っておる!」
「リエッサ王妃!いや、ルシール魔女! お前は父上を謀った上に騙して殺した!! お前こそが魔女だ。お前の悪行は全て知っている! お前は売国奴だ!」
シャルルが叫んだ。
皆がぎょっとして青年を見る。
リエッサはそう叫んだ青年を見る。
「お前は誰だ?」
「私はジィド伯の息子だ」
シャルルは叫んだ。
どよどよと民衆がどよめく。
「ジィド伯の息子殿だと?」
「リエッサ王妃を売国奴と呼んだぞ?」
「いや、ルシール魔女と呼んだ。誰だ? ルシールとは?」
「兄上。まずいです」
カランが腕を引っ張る。
「近衛兵。ジィド伯の残党がいた。あの者を捕えて牢へぶち込め」
近衛兵が動く。
「近衛兵。動くな!」
ハアロ大将軍が大喝した。
近衛兵はびくりとする。
「おい、シャルル殿を後へ。御守りしろ」
ハアロは自分の兵に言い付ける。
シャルルの前に兵が動く。
ルシールは唇を噛む。
「もう終わりだ。ルシール魔女」
いつの間にかやって来たルイスがハアロ大将軍の横に並ぶ。
「おい。近衛兵。お前らが守っている女は国をグリンデルタに売った売国奴だ」
そう叫んだ。
民衆はまたどよめく。
「何だって?」
「グリンデルタ?」
「売ったってどう言う事だ?」
「ジィド伯の息子殿と同じ事を言っている。これはまさか、本当に?!」
「まさか、王妃がそんな事をするはずがない!」
近衛兵はお互いの顔を見合わせて不安げに囁く。
混乱した目で王妃を見上げる。
「ふん。そんな事は知らんな。変な言い掛かりを付けるな。ルイス・アクレナイト。お前こそ侮辱罪だ」
「お前はリエッサも殺した」
「リエッサは私だ」
「お前は魔女だ。さっさと退位して処刑されろ。その後はサンドラが引き継ぐ」
「ふん。あんな盲目の王女に何が出来る? あんな女と結婚して王位をはく奪しようと言うのか?」
「何? ルイス殿がサンドラ王女と結婚を?」
ハアロは叫ぶ。
「そんな事は一言も聞いておらん!!」
「何であなたに言う必要がある?」
「そうです。父上。アクレナイトは秘かに裏で画策をして私の王位をはく奪しようと」
ルシールは叫んだ。
「貴様。俺を騙したな!」
ハアロはルイスに殴り掛からんばかりだ。
突然ルイスはハアロの胸倉を掴んだ。そして自分の頭巾を取って頬の消えた顔を近付けた。
「うわっ!」
ハアロは目を丸くする。
「あんたの娘とルシールが共謀して俺を陥れた。その結果がこれだ。この始末をどう付けてくれるんだ? えっ? あんたも同じ目に遭わせてやろうか?」
ハアロは思わぬ言葉に狼狽えた。ルイスの炎の様な視線に返す言葉が無い。
我が娘を絶望的な眼差しで見た。
ルシールはにやにやと笑っている。
「ルイス様のあの顔はこの魔女とリエッサ王妃の所為で……。何て事だろう……。この魔女の所為でルイス様が、……皆が不幸に……私の大好きなルイス様が不幸に……」
ルイスとハアロのすぐ後ろで話を聞いていたサツキナはわなわなと震えた。
「この魔女がルイス様を殺そうとしたんだ。……この馬鹿女が錯乱を起こしてシンジノア様とルイス様を取り違えたりするから、私の前世からの恋愛は破局を迎えてしまったのだ。こいつの所為で真司さんは死ぬ目に遭って、それで私を忘れてしまって……。あんなに愛していた事もすっかり忘れて……。私の事をすっかり忘れて……。この最悪最低の女の所為で……それなのに今度はブラックフォレスト王国に攻め入るだと!? もう許せん!! もう決して許せん!!」
目も眩みそうな怒りの為にすっかり混乱している。
「はい! はい! 私が石を投げます!」
サツキナは二人の後ろから手を上げた。
ルイスはぎょっとして振り向いた。ハアロも振り向く。
民衆は手を上げた猫耳女をガン見する。
ルシールはわははと笑った。
「おう。そうか。なかなか勇気のある小娘じゃ。猫耳娘。よし、では石を投げろ。
ちゃんとこの女の顔を目掛けて投げるのだ。当たったなら金貨を出すぞ」
「金貨?」
「金貨だって?」
周囲が騒めく。
オダッチが慌ててサツキナの手を引く。
「何を言っているのですか! まずいですって。サツキナ姫」
ルイスが厳しい目でサツキナを見ている。
猫耳娘が前に進み出た。
ルシールはくすくすと笑った。周りの群衆もちらほらと失笑する。
「よし。やれ!猫耳娘」
ルシールはミアから離れるとそう言った。
クリスは面白そうに笑ってミアの後ろに隠れる。
ミアはぎゅっと目を閉じた。
サツキナはポケットから赤く変色した龍の小石を取り出した。
「行くわよ!!覚悟しなさい!この老いぼれ魔女め!」
「竜の石よ。最高に熱して魔女にぶち当たれ!!」
そう言って思い切り石を投げた。
誰もが目を見張った。
石は真っ赤に燃え上がった。
それがミアを直撃すると思ったら、くいっとカーブしてルシールの顔にぶち当たった。
「ぎゃ!」
カエルが踏み潰されたみたいな声を出して、王妃は後ろに跳ね飛ばされた。
石はそのままぽとりと服の間に転がり落ちる。
「おおー!!」
群衆からどよめきが上がった。
「リエッサ様!」
レオナルドが慌てて駆け寄る。
王妃を助け起こそうとして「うわあああ」と悲鳴を上げて腰を抜かした。
「リ、リ、リエッサ王妃が……」
広場はしんとなる。
誰もが処刑台を注視していた。
ローブがもぞもぞと動いた。
そこから起き上がったのは、何と小さな老婆だった。
老婆は体を起こしてきょときょとと辺りを見渡している。
「ひ、ひえぇ」
クリスが腰を抜かした。
民衆も近衛兵も陸軍も「うわあっ」と驚きの声を上げた。
「うわあああ。ま、魔女だ! 魔女だ!」
近衛兵がわらわらと逃げ出す。
ハアロは茫然としてルシールを見ている。
ルシールは額に手をやり、サツキナを見る。
「あちい! 火傷をしてしまったでは無いか! お前、一体何をするんじゃ!! 儂では無い! こちらの女に当てろと言ったでは無いか!! ごほっごほっ。……喉が枯れる。……ん? 」
ルシールは辺りを見渡す。
レオナルドが恐怖の表情で自分を見ている。
腰を抜かしたまま固まっている。
ミアも驚愕の表情だ。
クリスは台の上から転げ落ちて腰を抜かしている。
誰もが驚愕の表情で自分を見ていた。
ルシールは自分の頬に手をやった。
し、皺がある?
慌てて自分の手を見た。
そこには皺だらけの小さな手があった。指の欠けた手。
ルシールは目を見張った。
かっと見開いた鬼の様な目でサツキナを睨み付けた。
「お、お前、な、何を儂に!……あれ、熱い。か、体が熱い。燃える様だ」
そう言った途端にルシールの首元から猛烈な火柱が立った。
「ぎゃあ!!!」
老婆の悲鳴が聞こえた。
「うわああ!!」
レオナルドが蹲る。
近衛兵達も蹲る。
柱に縛られたままのミアは目を剥いてルシールを見る。
首からごうごうと立ち上がる赤い光は老婆の顔を焼いた。老婆の顔は焔の中で苦痛に歪みそして焼けただれ、くずくずと崩れて行った。
燃え盛っていた火が収まり、ローブとドレスだけがばさりと落ちた。竜の石はころころと転がり落ちてサツキナの足元まで戻って来た。サツキナは熱を失ったそれをポケットに入れた。
誰もがごくりと唾を飲んで猫耳女を見ていた。
レオナルドが這って逃げようとしている。
「その男を捕まえろ! そっちの近衛兵もだ。そいつらはグリンデルタのスパイだ!!」
ジョージが叫んだ。




