サツキナ
その日は朝から雨が降っていた。
とても冷たい雨だった。
ジョージは突然屋敷にやって来たサツキナ一行に驚いた。
「アクレナイト侯。突然の訪問、申し訳が無い」
カラミス王子は言った。
「サツキナ姫の具合が悪くなってしまった。ベッドを貸して欲しい。それと医者をお願いしたい」
オダッチに支えられてサツキナが入って来た。
ジョージはサツキナの顔色の悪さにも驚いた。
「サツキナ姫。お顔の色が……」
「風邪をひいてしまったみたいで、すこしふら付くだけです……それよりも大切なお話があります」
サツキナはそう言うとぼそぼそと話をした。
ジョージは黙ってサツキナの話を聞いていた。
ふうっと息を吐くと静かに言った。
「全く呆れた事だ。……サツキナ姫。本当に申し訳がありませんでした。シンジノアは全てを忘れた挙句、貴族の尊厳まで忘れてしまうとは……サツキナ姫。待っていてください。私が一から息子を叩き直しますから」
いや、叩き直すから待っていてくれと言われても……そう言う問題では……。
そう思いながらも言葉が出ない。ジョージの声が遠くなって行く。頭に膜が張っているみたいに。
もう限界だった。
サツキナはばたりとそこに倒れた。
「うわあ。サツキナ姫! 大丈夫ですか?」
カラミスが慌てる。
「サ、サツキナ姫!大丈夫ですか?! お気を確かに! おい。大変だ。サツキナ姫が倒れた!! おおい。医者を呼べ!」
ジョージの声が屋敷に響いた。
その晩、サツキナは高熱のためベッドから出られなかった。
うつらうつらしていると誰かが枕元に来て水を飲ませてくれた。手を握って額の汗を拭ってくれた。
「サツキナ姫。お可哀想に……。シンジノアは本当に大馬鹿者ですわ。私が今度往復ビンタを喰らわせてやりますからね」
女性の優しい声がする。
「シンジノアはきっとサツキナ姫なら自分を許してくれると思ったのです。デイジーは許せなくても自分ならって……全く甘っちょろい男ですわね」
「お母様?」
亡くなった母を思い出した。
「サツキナ様。私はロクサーヌ。シンジノアの母親です」
サツキナはうっすらと目を開けた。
美しい女性が心配そうにサツキナを見ている。
「ああ、ロクサーヌ様。……800万ビルド。……800万ビルドは返しません。……」
うわ言の様に800万ビルドと繰り返すサツキナにロクサーヌは目頭を拭った。
ルイスがやって来た。
「サツキナ姫。お加減は如何ですか? ……婚約は白紙に戻されたと母から聞きました。私はそれでいいと思います。あの勘違い野郎をうんと反省させてやればいいのです。今頃泣いて悔やんでいる事でしょう。とことん反省させてやればいい」
「……」
反省とかそう言う問題では無いと思うのだが……。
そう思いながらも、サツキナには何かを言い返す気力さえ無かった。
「どうだい? 具合は?」
男性の優しい声がした。
「シンジノア様……?」
サツキナは呟いた。
大きな手が優しく頭を撫でた。
「意識が朦朧としているな。具合が悪いのに馬でなんか来るからだ」
「ヨハン?」
ヨハンは優しく微笑んだ。
「大変だったな。サツキナ。ゆっくり休め。今、スープを持って来てやるから」
そう言って立ち上がったヨハンの手をサツキナは引いた。涙がぽろぽろと落ちた。
胸が一杯で何と言っていいか分からなかった。
「話はカラミス王子に聞いたよ。まずは休養だ」
ヨハンはそう言ってサツキナの手を両手で包んだ
次の日はずっと眠っていた。昏々と眠っていた。
心や体は眠って悲しい事を忘れてしまいたいらしい。
心身共にもぼろぼろだと感じた。
時々誰かが様子を見に部屋へやって来る。
サツキナが眠っているのを見るとそのまま部屋を出て行った。
シャルルとカランがアクレナイトの屋敷に到着したのはその日の午後であった。




