サンドラとシンジノア
その日の午後、デイジーは村へ帰って行った。
ガジールが付き添った。
シンジノアは見送りに出て来なかった。
デイジーは散々泣き腫らした顔で城を振り返った。
自分の過ちが余りにも大き過ぎてどうしていいか分からなかった。
暫くするとサツキナとオダッチ、カラミス王子、サンダーが荷物を持って出て来た。
誰もが黒いマントを着ていた。
馬の準備をする。
「サツキナ姫。本当に行ってしまわれるのですか?」
シンジノアは言った。
「はい。もう、婚約破棄なのでここにいる必要は有りません」
サツキナはきっぱりと言った。
「私は破棄していません」
シンジノアは返した。
サツキナはふっと笑った。
「馬鹿な事を。もう終わりです。……さようなら。シンジノア様。お元気で。あなた様が早く昔の事を……そうね。思い出しても、もう私には何の関わりも無いのだけれど」
その言葉にシンジノアは目を見張る。
「あなたに神のご加護が絶えることなく降り注ぎます様に」
そう言うと微笑んだ。
サツキナの笑顔をシンジノアは傷付いた目で見る。
カラミスもオダッチも辛くてその顔を見ていられなかった。
「でもね、800万ビルドは返さないから。絶対に返さないわ」
サツキナは断固とした口調で言った。
「……」
4頭の馬が門から走り去って行った。
シンジノアはそれをいつまでも見送っていた。
◇◇◇ ◇◇◇
その日はずっと部屋に籠って過ごした。
夜になってサンドラ王女がお呼びですと言って侍女のナンシーがやって来た。
シンジノアはのろのろと部屋を出て行った。
サンドラの部屋では侍女達が忙しく立ち働いていた。どうやら荷物を詰めているらしい。
その様子を見たシンジノアはサンドラに尋ねた。
「どこかにいらっしゃるのですか? サンドラ様」
「先程、ルイス様の遣いがやって来て、手を貸して欲しいから王都へ来てくれと。明日の朝早くに王都へ向かいます」
サンドラは言った。
「王都へ?」
シンジノアは驚いた。
王都は危険なはずだ。
「詳しい事は王都へ行ってから、ルイス様からお聞きくださいと使者は言いました。その前にあなたに渡して置きたい物があります。……これ、暫し部屋を出ておくれ」
サンドラがそう言うと侍女達は一礼をして去って行った。
「サツキナ姫からこれを預かりました。あなたに渡して欲しいと」
サンドラが手渡した封筒の中にはピンクダイヤモンドの婚約指輪がひとつ。
それに一枚のメッセージカードが入っていた。
「サツキナ姫、愛している。再会を楽しみにしているよ」
カードの最後にシンジノア・シャークというサインがあった。
シンジノアは驚いた。
これは確かに自分の文字だと思った。
それをじっと見詰める。
顔を上げた彼の目に絶望の色が見えた。
「サツキナ姫は本当に婚約解消をしてしまう積りなのでしょうか?」
「そこにある通りよ。城をお出になる前に少しお話を聞いたわ。……あなたがデイジーに指輪を貸したなんて嘘に決まっているって、そんな事は百も承知よ。あなたはデイジーを守るために嘘を吐いた。貴族の物を盗んだ平民は腕を切り落とされるから。デイジーはあなたを助けてくれた。だからあなたはデイジーを助けたかった」
「だったら何故!」
「あなたはデイジーを守りたかった。そう言うしか無かった。そんな事はサツキナ姫も分かっている。それがサツキナ姫のお立場よりも大切だったってだけの事だってサツキナ姫は仰っていたわ。……サツキナ姫はご自分の立場を守るためには婚約を白紙に戻して出て行くしか無かったのよ。他に手は無かったのよ。だって、あなたは守ってくれなかったのだから。ご自分で守るしかないわ」
「……」
「……サツキナ姫は国へ帰られたのですか?」
「いえ。王都へ行くと。王都のアクレナイトの屋敷に向かうと言っておられました。」
「王都へ?! 王都は危険なのにどうしてそんな所に!」
シンジノアは叫んだ。
「アクレナイトのご家族に婚約破棄の報告をされると」
「何でわざわざそんな事を……。俺はまだ婚約破棄などしていない。それに角のある魔族の王女がそんな所へ行ったら何が起きるか分からない。私もすぐに王都へ向かいます」
そう言ったシンジノアにサンドラは厳しく言った。
「駄目よ。それは私が許さない。あなたはここで領地を守りなさい。王都の騒ぎがいつここへ飛び火するか分からない」
「あなたは今、貴族の分別を失くしている。そんな弟が王都へ行ったらルイス様の足手纏いになります。そんな事は絶対に駄目よ。ルイス様のご迷惑になる事だけは私が許さない」
サンドラの毅然とした言葉にシンジノアは言葉を失った。
「いいですか。ここを守りなさい。やるべき事はいくらでもある。ここで学び直し、領地の全てを掌握するのです。それに王都へ食料を送らなくてはならない。それらがあなたの今やるべき事です」
「……」
「それがサツキナ様の願いでもあるわ。そしてアクレナイト家全員の願いでもあるのよ。今、誰もが戦っているの。お義母様もお義父様も。ルイス様も。瀬戸際なのよ。この国も。アクレナイトも。あなただけがのほほんとしていていいの?
そんな事は許されないわ。甘えないで!」
「……」
「全てが終わってイエローフォレスト王国が新しく蘇ったら、そうしたらあなたはあなたの取るべき道を歩きなさい。サツキナ姫ともう一度白紙から始める事もそれは可能かも知れない。……私もそれを願っております。だから今はここに留まり力を蓄えなさい。
いい? 何があってもここを守るのよ。ここはアクレナイト全員の、家族だけでなく兵士や城に仕える召使、侍女、それから領民全て、全ての故郷なのよ。帰ってくる場所なのよ。そこをあなたが守るのよ。あなたはアクレナイトなのよ! しっかりしなさい!」
サンドラはそう言った。




