シンジノアとサツキナ
「シンシノア様。御機嫌宜しゅう」
サツキナはそう言ってベンチに座った。
「今日はトラですね?」
シンジノアはサツキナの帽子を指差して言った。
「はい。侍女達が次から次に作って持って来てくれます」
「侍女達はあなたの事が好きらしい」
「私は魔族なのに……。有難い事だわ」
サツキナは微笑んだ。
その顔を見てシンジノアはちくりと胸が痛んだ。
出逢った時に自分が言った言葉を思い出したのだ。
自分を探すためにわざわざブラックフォレスト王国からやって来てくれた姫に酷く失礼な事を言ってしまったと思った。
自分の危険も顧みず、混乱しているこの国へ探しに来てくれたと言うのに。
それを謝らなくてはと思いながら、何となく言えないでしまっていた。
「あなたが魔族であっても無くても私には関係は有りません。あなたはあなたですから。私はあなたに謝らなくてはならない事があります。最初に出会った時に知らないとは言え、酷い言葉を言ってしまった。本当に申し訳が無かったと思います。許してください」
そう言ったシンジノアにサツキナはにっこりと笑った。
「勿論許しますわ。大丈夫です。だって、仕方ありませんわ。全てを忘れて仕舞ったのですから。こうやって一緒にいればいつかきっと思い出します」
その言葉にシンジノアは微笑んだ。
「……さあ、帽子を取ってあなたの顔を良く見せてください」
シンジノアはそう言ってサツキナの帽子に手をやる。
サツキナの顔をしみじみと眺める。
「あなたは綺麗な人だ。凛とした気品がある。まるで百合の花の様な人だ。私はあなたのその美しさに惹かれたのだろうか?」
そう言って頬に手を伸ばす。
サツキナはその手に自分の手を重ねた。
「さっき、私とデイジーを見ていましたね」
「あら? ばれてしまいました?」
サツキナはくすくすと笑った。
「あなたがお嫌なら、私はデイジーとの散歩を止めます」
シンジノアがそう言ってサツキナは笑いを止めた。そして答えた。
「それは私が決める事では無くてあなた様がお決めになる事です。どうぞ。あなた様のお好きに」
シンジノアは一瞬あっけに取られる。だが、すぐにクックと笑いだした。
「これは中々手厳しい。だが、全くその通りです。あなたの仰る事は正しい」
サツキナはサクサクとトラ模様の帽子を被る。
「では、今日のお勉強を始めます」
「はい。あなたがオルカ国へ向かった所でしたね。あなたとカラミス王子はオルカ国へ着いた。そこに私の兄がいた」
「はい」
「あなたがオルカ国へ行ったのは私の勧めに従ってだった」
「はい」
「どうしてカラミス王子も一緒だったのですか」
「それは……」
サツキナは何と言ったらいいか考えていた。
「あなたとカラミス王子は友達だと言いましたね?」
「はい。同志の様な存在です」
「ふうん。同志ねえ……」
シンジノアはサツキナを見る。その目がやけに色っぽくてサツキナはどきどきした。
「な、何ですの? その目は。まさか何かお疑いに?」
「あなたは私とデイジーが一緒にいると嫉妬するでしょう? そのくせご自分はあんな素敵な男性と一緒にいらっしゃる。いつも一緒じゃ無いですか。私が嫉妬しないとでも?」
「あの方はレッドアイランドの第三王子という大層なご身分でいらっしゃる。そんな方が傍にいるなら、一介の侯爵家の私などとの、それも記憶を失くしている私などとの婚約など……」
サツキナは顔色を変えて立ち上がった。
「あなたは私との婚約を破棄したいのですか?」
驚いた顔でシンジノアを見上げる。
「あなたからは破棄が出来ないから私から破棄しろと?」
「いや、そんな事は」
シンジノアは慌てた。
「それともデイジーと一緒にいたいから私が邪魔だと? それが本音だと?」
目に涙が浮ぶ。
それを慌てて拭った。
シンジノアは仕舞ったと心の中で舌打ちした。
やり過ぎた。
如何にも冷静なサツキナが憎らしくて、つい困らせてやりたかっただけなのだが……。
「済みません。冗談です。サツキナ姫が余りにも冷静なので、ちょっとからかった積りで。婚約破棄なんてとんでも有りません」
慌てて言った。
「何ですって? 冗談? 冗談ですって? シンジノア様。今、そう仰いましたか?」
今度は怒りでわなわなと震える。
ふざけんなよ。この野郎と思う。
「はあ……。ちょっとからかってみただけで」
「このく……、おふざけも大概になさい!!(本当はくそ野郎と言いたかった)」
サツキナは握った拳を振り上げた。
それをシンジノアは片手で抑える。
「騎士をグーで殴ろうとするとは……。呆れたものだ。これはとんでもないお転婆娘……」
そこまで言ってはっとする。
「この状況はどこかで……すごくデジャブなのですが」
驚いた顔でサツキナを見る。
「もしかしたら、前にも同じ事が……」
「うるさい!この恥知らず! お前なんかこうしてやる!!」
サツキナはそう言って空いている手を握ってグーパンチを顔にぶちかました。
シンジノアは完全に不意を突かれた。
思わずよろけた。
殴られた頬に手をやり、ぷんぷんと怒って去って行くトラ頭を見送る。
ベンチに座り込む。おかしさがこみ上げて来た。シンジノアはベンチに座って涙が出る程笑った。
笑いが収まると「ふうっ」と息を吐いて考える。
さっきのデジャブは一体どこでだったのだろうと考え始めた。
そんなシンジノアをデイジーは部屋の窓から見ていた。




