懐かしい故郷
アクレナイトの領地へ向かう馬車は二台。
一台にはシンジノアとサツキナが。
もう一台にはデイジーが。
カラミス王子は馬に乗る。ヨハンはそのままアクレナイトの屋敷に留まりルイスとジョージの手伝いをする事となった。
◇◇◇
馬車はごとごとと長閑に進む。
サツキナとシンジノア。
二人とも窓の外を見ていた。
シンジノアは施薬院を出る時にビルが言った事を思い出していた。
「サツキナ姫という名前をお聞きして思い出しました。あなたが眠っている時に時々寝言で『サツキ』とか『サツキナ姫』と呟いている時がありました。……まさか、本当にお姫様だったとは……」
それを聞いたシンジノアは驚いた。
シンジノアは「ふうっ」と小さくため息を吐くとサツキナを見た。
夢の中で何度か出て来た女性。
その姿を追い掛けていた。
恋しくて仕方が無かった。
夢の中では一緒にいるのに、目覚めるとその顔を忘れてしまっていた。
自分が夢にまで見て探し求めていた女性はこの人なのだろうかと訝しく思う。
確かにとても美しく気品のある人だ。ちょっとした表情に見覚えがある様な気もする。
だが頭に角のある女だとは思わなかった。
「……では、この腕の奇妙なブレスレットはあなたが私に貸し与えてくださった物なのですね」
シンジノアは自分の腕の黄金のブレスレットを見せる。
サツキナも自分の腕のブレスレットを見せる。
「この髪のお陰で命が助かったらしい。部下が言っておりました。馬や蛮族達の体が真っ二つに切れたと。凄い切れ味だとね。現場は分断された死体で恐ろしい事になっていたそうです。まさか、これが妖精の髪の毛とはね……」
「お役に立って良かったです。アンジェ・リリカ様は妖精王のお子様なのです。お人形みたいに可愛らしい子ですわ。壁の向こう側から帰って来るのにハーピーに乗せてもらいました」
「ハーピーって、あの翼の生えた女の魔物ですか?」
「はい」
サツキナは言った。
「……ちょっと、信じられないな」
「ふふふ」
サツキナはおかしそうに笑った。
その笑顔をじっと見詰める。
「あなたはそこでレッドアイランドのカラミス王子を拾って来た」
「はい」
「カラミス王子とはいい友人になった」
「そうです」
「ふうーん。友人ねえ……ふうん……」
「何か?」
「いや、何でもありません。自分の婚約者が魔族の王女様だったなんてと驚いている所です。そう言われても信じられないなって」
「まさか角のある女が婚約者とは思わなかったでしょうね」
サツキナは言った。
「本当にびっくりしました。その帽子は角隠しですね。猫耳に角が入っている。よく出来ているな」
シンジノアはくすくすと笑った。
「……」
「あ、これは失礼。最初は変だと思ったけれど見慣れると可愛いと感じますよ。あなたに良く似合っている」
「……」
「この胸の指輪もあなたが私にくださったものなのですね? このサリーと言う方はどなたなのですか?」
「私の母です。私はあなたの安全を祈って母の指輪とその黄金のブレスレットをあなたに預けました。母とアンジェ・リリカちゃんがあなたを守ってくれます様にと。そしてあなたは私にこの指輪をくれたのです。婚約の印に」
サツキナが指輪を見せるとシンジノアはその手を取った。
指輪に手を触れる。
「ピンクダイヤか。……私はあなたに早く会いたいが為に危険な森に入っていったと兄は言いました。それで蛮族に襲われたと。私はとてもあなたが好きだったのでしょうね。残念な事に覚えてはいないが……」
「……」
「私はあなたと過ごす事であなたの事を思い出せたらいいと思っています。しかし、そんな事はどうにでもなる。思い出さなくても私はあなたと結婚をします。王族と婚約をしたのだから、婚約破棄などは有り得ない。魔族であっても。今から積み重ねて行けばいい。最初から。一からあなたを知って行けばいいと思っているのですよ」
シンジノアがそう言ってサツキナは寂しく微笑んだ。
領地に入った。
「すごく懐かしい感じがする」
シンジノアが窓から外を眺めてそう言った。
「ここが俺の故郷という感じがします」
「良かった。そうやって少しずつ思い出して行けるといいです」
サツキナは笑顔で返した。
大丈夫。きっと思い出す。
そう自分に言い聞かせた。
城の入り口には侍女や兵士がずらりと並んでいた。
料理人もいるし、馬丁もいる。
その数の多さにシンジノアは驚く。
デイジーは目を丸くしている。
城の召使や兵達の中には嬉し泣きをしている者もいる。
「ようやくお帰りになられた」
「無事でお帰りになられて本当に良かった」
そんな声が聞こえる。
「シンジノア様。ばんざーい!」
「ばんざーい!」
その列の最後、城の入り口にいたのはサンドラ王女だった。
「シンジノア・アクレナイト侯。よくご無事でお戻りなされました」
サンドラは言った。
「ブラックフォレスト王国サツキナ姫。初めまして。ようこそアクレナイトの領地へ。心から歓迎致します」
盲目で有る筈の王女はしっかりとサツキナを見てそう言った。




