婚約破棄するなら国が滅ぶ覚悟がいる、と言いましたよ?
「レーナ・イガスカ!
お前のような礼節を弁えぬ野蛮人に王太子妃など務まらん!
このナハノカ・ナノナハ伯爵令嬢のような者こそ貴族令嬢というのだ!
だというのにお前は、ナハノカに俺に近付かないよう迫ったそうだな!
お前との婚約は破棄だ!」
目の前でわめき立てる王太子に、思わずため息がこぼれます。
これは国王肝煎りの政略結婚だというのに、破棄などと。
割り込もうとするバカ女など手足の2・3本切り落としてもいいのに文句程度ですませている私は天女のように慈悲深いと思うのですが。
「本来なら死を与えるべきところ、甘いと仰せならいざしらず、婚約破棄とは?
殿下、陛下に内緒でこんなマネしていいと思ってるんですか?」
この婚姻の意味がわかっていたら、破棄だの解消だの言えるはずがないのに。
「黙れ!
だいたい、お前のような茶器の善し悪しもわからないような野蛮人が王太子妃になるなどおかしいだろう!
ナハノカのような気品と教養のある令嬢こそ王太子妃にふさわしい!」
「茶器で戦えますか?
その野蛮人なしでは国が守れないからこそ、私との政略結婚なのでしょう。
婚約を破棄するとなると、国を滅ぼす覚悟が必要と思いますが、よろしいのですか?
今すぐ破棄を撤回して手をついて謝るなら、寛大なる私は許してさしあげますよ?」
「何を言うか、謝るのはお前の方だ!
婚約は破棄だ!」
まあ、そう言うとは思っていましたが。
「では、これより我がイガスカ家は王家に反逆します。
やれ!」
私の声に、傘下の家々の令息達が短剣で警備兵の首を掻き切り、剣を奪います。
こうなることは予想できていたので、あらかじめ警備兵の近くに位置取らせていたのです。
「我らに従う者は平伏せよ!
立っている者は敵と見なし皆殺しにする!」
我が辺境伯領は、隣国との緩衝地帯。
どうしても小競り合いが多くなり、負担も大きい。
そうなると、王家に対する忠誠心が弱くなってくるから、私を人質兼褒美として王太子妃にと求めてきたのです。
我が家から王妃が出て、将来の王に我が家の血が入るとなれば、国を守る意欲も湧くというもの。
もちろん、隣国からも我が家を取り込もうという工作が入っています。
私が女王となり、隣国の王族を婿に迎えるというかたちで。
隣国との境に領地を持つ家々にも話が回っており、我が家が反逆する際には足並みを揃えるということになっていたのです。
もちろん、王都にある我が家のタウンハウスに詰めていた精鋭部隊が既に王城周囲に展開しています。
先ほど合図を送ったようですから、まもなく城内に攻め込むことでしょう。
しばらくすると、立っているのは王太子とナハノカだけになりました。
ああいえ、ナハノカは腰を抜かして水たまりの上に座り込んでいますから、立っているとは言えませんね。
「気品と教養というのは、幼子のように粗相することなんですね?
なるほど、私にはマネできそうにありません」
短剣をもてあそびつつ、王太子とナハノカの前に立ちます。
「あらあら、ご令嬢様は、言葉も話せないのかしら?
だったら、最初から黙ってればよかったわねえ」
言いながら、ナハノカの口の中に爪先を蹴り込みます。
水たまりは踏まないようにして。
「あらやだ、靴に鼻水つかなかったかしら?」
ナハノカは、倒れたままピクリとも動きません。
蹴った足に結構な手応えがありましたから、今ので死んだかもしれませんね。
貴族同士の宮廷闘争は得意だったのかもしれないけど、こっちはそんな枠に縛られてやる必要はないのですよ?
「こ、こんなことしてただですむと思ってるのか!?」
今更過ぎる王太子の言葉に、
「そちらこそ、婚約破棄なんかして、ただですむと思ってたんですか?
我が家が隣国につかないようにと結ばれた婚約だったというのに、我が家を切り捨てたのはそちらですよ?
なら、隣国と結んでも文句を言われる筋合いはないでしょう。
あなたの首は、王朝交代の旗印として、しばらく王城の前に飾っておこうと思ってますの。
ああ、今頃、陛下の首も体とお別れしてるかもしれませんね。
さて、愚かなる王太子殿下。
何か言い残すことはありますか?」
「この反逆者が!」
「せっかく飼われてあげようと思っていたのに、首輪を外したのはそちらでしょう?
野良になったのなら、噛みつくくらい当然でしょうに、そんなこともわからないなんて。
己のバカさ加減を呪いながら死になさいな」
王太子は、自分がやらかしたことを理解できないようです。
こんな大局観を持たない無能が王位を継いでいれば、遅かれ早かれこうなっていたでしょう。
バカ太子が何か言うと腹が立つだけですので、さっさと首を切り裂いてあげました。
バカ太子は、口をパクパクさせた後、倒れて動かなくなりました。
水たまりの上に倒れなくてよかった。
床に伏していた者達に起き上がることを許し、床に座らせたまま、我が家に恭順することの念書を書かせて解放しました。
「これよりこの国は、我がイガスカ家が統べることになる。
床の上ですまんが、この場で念書を書いてもらう。
書いた者から、帰ってかまわん。馬車まで護衛を付けよう」
護衛というより監視なのですが。
恭順を示した家以外の馬車は帰すわけにいきませんから。
それ以外の家の馬車は、御者だけ一か所に集めておけば大丈夫。さすがに御者の命までは取りませんが、報告されると困るのです。
しばらしくて、城が落ちたとの報告が入りました。
朝には、王都近くまで進めておいた我が領軍を招き入れられます。
3か月後、私は隣国の第4王子を王配に迎え、隣国を後ろ盾に、女王として即位しました。
王太子があんなだったせいで前王家の求心力が下がっていたこともあって、大部分の貴族家は従ってくれています。
私の婚姻により隣国との強固な同盟が結ばれ、軍事的に安定したことも大きいでしょう。
完全に属国に成り下がらないよう、これから踏ん張らないといけませんね。
キャラの名前を反対側から読むと…