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ゴブリンの知恵

 僕の手の中にナイフの欠片が残っている。


 兄の血が塗りたくられたそれは僕の財産。


 持ち物はこれだけ、


 暗闇の中を進む足取りは重い。



 出口は見えている。


 ようやくここからが始まりだ。


 塔の外がどんな世界が広がっているのか、


 一人で生きていけるのか、


 不安でさらに足が重くなる。


 出口から出てすぐに襲われるかもしれない。


 兄と二人で妄想しながら語り合った。


 塔を出たらどのように生き延びるか、



 そう、まずは生き延びなければいけない。



 一人で食べ、一人で眠り、一人で過ごさなければならない。



 きっと辛いことだろう。


 きっと困難な事だろう。


 それでも種族のため、自分のため、命を捧げた兄の為にやり遂げなければならない。



 そう、まずは安全の確保、一人で過ごし、身体を休める事ができる場所を確保しなければならない。


 その次は水だ。食料はなくとも水がなければ死んでしまう。



 そして身体を休め、本来の力が戻るようにするんだ。



 辺りを伺うが周囲には誰も居ない、恐る恐る身体を外に差し出した。


 これまでは目にしたこともない陽の光に曝されて呆然と立ち尽くしてしまった。


 なんて暖かい光だ。


 しばらくして、無防備に立ち尽くしていることにようやく気付いたが、その間に誰かに会うこともなかった。


 兄さんにも見せてあげたかった。


 ふいに込み上げてくる感情に流されそうになるのを堪えた。


 塔の周りは木々が茂っていた、背の高い木々が周囲を囲み、背の低い木々はそこかしこを覆っている。


 目を凝らすと背の低い木にはちょうど時期なのかちいさな緑色の果実をつけていた。


「たべ 、もの」


 驚いた。こんなに簡単に、塔から出た瞬間に、”人族”ではなく、他の生き物でもなく、食料が手に入った。



 背の低い木に鈴生りに実っている果実を口に含む、激しい酸味が口いっぱいに広がる。


「あまい」


 酸味にも驚いたが、なによりも甘さに驚いた。酸味に慣れるとより甘味が際立った。


 焦って口に含んでしまったが、この果実には即効性の毒は含まれていないようだ。遅効性の毒、もしくは一定量摂取したさいに毒となる可能性もある。


 ひとまず様子を見よう。


 栄養となるのか毒となるのか知らないが、口にすることができるものが近くにあるだけでだいぶ違う。


 そして同時に疑問が浮かぶ。


 なぜ塔に閉じ込められたのだろう、


 これだけ食料に溢れている世界で僕らの種族はなぜ虐げられなければならなかったのか、


 それを知る必要があると思った。



 さて、順序が入れ替わったけど、まずは水と身体を休める事ができる場所を探さなければ。


 塔の周囲をまずは探索しよう。


 探索の基本は周囲の警戒、そして移動だ、変化の少ない場所で動けば目立ってしまう。


 目立っても問題ない事を確認して移動する。



 人族との決闘で、僕らを見た人族の反応は酷かった。


 汚いものでもみるかのように眉根をよせて、嫌悪感が映像越しにも見て取れた。


 殺して動かなくなった仲間に追撃を打ち込み、汚い言葉で罵っていた。


 そこから読み取れるのは嫌悪、憎悪、いくら塔のガイドが討伐を命令したとしても、


 ガイドの案内以外何もしらないはずの”人族”が僕らにここまでの事をする理由はないはずだ。


 あるとしたならばそれは、見た目、そう醜悪な外見だ。


 爛れたような皮膚、節くれだった手足、


 どれもこれも塔での長い生活と呪いのせいでより顕著になってしまった種族の特徴だ。


 僕は先祖返りと呼ばれる珍しい個体だ。


 そう、どちらかというと”人族”の特徴に近い、もちろん身長や肌の色はゴブリンの特徴を持っている。


 それでも仲間の中では人族に近い外見から直接的な暴力や配給を受け取れないような陰湿な疎外を受けた事もあった。


 だがそれは今はプラスの材料だ。


 ”人族”から見て僕は仲間ほど顕著に嫌悪されるような対象ではないだろう。


 どうしても一人では生きていけなくなった場合は人族と関わり、なんとしてでも生き延びなければならない。



 塔の周囲を探索したが、それほど脅威になるような存在は居なかった。


 すぐに水場も見つけられ、その近くの低木が密集した茂みの奥に身体を伸ばして休めそうな場所を見つける事が出来た。これなら人目にもつきにくいし絶好の住処だった。


 ただし、このあたりまで探知系の魔法が常に展開されているようで、僕の魔力器官にも常に反応をさせていた。あまり探知魔法の濃い場所にとどまると魔力機関が疲弊してしまう。


 塔の周囲の安全確認と住処と水源の確保が終わった。食料についても果実を口にしてから体調の変化は見られない。兄と何度も確認した塔を出た後の行動計画もおおむね当初の予定は達成した。


 辺りが暗くなり塔の中と同じようになってきた。


 外は明るさが変わるのか、不思議な感じだ、塔の中はいつも薄暗く視界が悪かった。


 暗くなってきたとは言え、まだまだくっきりと見えている。


 これからの生活はまだまだ知らない事だらけの生活だ。


 不安もある、しかしここで恐れていては目的は達成出来はしない。



 これからは徐々に身体を戦えるものに作り変えていき。この世界について知識を得て、仲間の生活の助けとなるように行動しなければ。



 僕は覚悟を決めた。兄の分も、塔の中で倒れる仲間たちの分も生きるんだ。


 決意を固め言葉にした、茂みの奥に用意していた寝床に入り浅い眠りについたのだった。


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