09 勘違い
その日シリルは戸惑っていた。今まで数々の仕事をこなしてきたし、どんなに困難な仕事であっても必ず成功させてきた。自分で言うのもアレだが、自分は仕事ができる。だが、そんな自分であっても今のこの問題は戸惑いを隠せない。
パリーン!
静かだった執務室にカップが破れる音が響き渡る。シリルの視線の先にはカップを壊した張本人。アランフォードがいた。
彼とは幼馴染である。彼がその外見から嫌われたり、怖がられていたって彼の内面をよく知るシリルは彼の考えていることがよくわかる。・・・。今となってはわかっていた、だが。最近のアランフォードは何かおかしい。普段の彼であれば些細なミスなどしない。幼い頃から常に完璧を求められていた彼は失敗をしないのだ。だが、そんなアランフォードが今日だけで3つのカップを割ってしまっている。メイドは彼が不機嫌で次々とカップを割っているように感じているのか、顔面蒼白である。このままでは彼女が倒れてしまうかもしれない。シリルは片付けはしなくていいから、新しいものを持ってくるようにメイドに指示を出した。
そして、アランフォードを見ると、さっきカップを割ってしまったのに、心ここに在らずの様子。
「アランフォード皇太子殿下。」
呼びかけにも反応しない。
「皇太子殿下。」
少し近づいて再度呼びかけるが、反応なし。少しイラついてきた。こんなに近い距離にいて無視するのか。
「アラン!」
「!」
昔の呼び名で呼ぶとアランフォードは驚いた表情を浮かべていた。
(まさか、本当に気づいていなかったのか?もしかして体調が悪いのか?)
「殿下、お加減でも悪いのですか?」
「いや・・・。」
体調が悪いわけではないようだ。側から見ても上の空なだけで顔色はいい。
「なら、どうしたのですか?」
「何がだ?」
「何がって・・・。ずっと上の空ではありませんか。さっきだってカップを割ったの今日だけで3つ目ですよ?メイドが死にそうな顔をしていました。」
「・・・。すまない。」
アランフォードは手で顔を覆った。
「疲れているのではないですか?」
「いや・・・。」
アランフォードは何かを考えている様子だった。こういうときはアランフォードが何をいうべきか考えているときなので、続いて話すのを待つ。
「・・・。実は忘れられないのだ。あの夜のことが。」
(あの夜?)
アランフォードがいうあの夜とは、もしかして舞踏会の日のことだろうか。そういえばアランフォードの様子がおかしかったのはあの日からだった気がする。
「あの夜とは舞踏会の日のことですか?」
その問いかけにアランフォードは頷いて答える。シリルは舞踏会の日のことを思い出してみる。あの日のアランフォードはいつも通りの様子だった。いつも通り、皇族としての挨拶をして、一曲踊って、その場で会場の様子を眺めて、帰ったはずだ。
(いつもと違ったのは、ダンスをしたくらい・・・。ん?)
ダンス?あの時は確かエリザベス・キャンベル侯爵令嬢にダンスを申し込まれて踊ったはず。
(まさかと思うが、エリザベス様に・・・。)
「殿下、もしかして侯爵令嬢のことですか?」
『!」
アランフォードはバッと顔を上げてシリルを見る。まるでなんでそれを知っているのだ!とでも言わんばかりの顔である。シリルも驚いた。まさか、初恋を拗らせて今の今まで女性を女性として見ていなかったアランフォードが・・・。
「・・・。おかしいのだ。あの日のことが忘れられない。リズムを刻む彼女も揺れる髪も瞳も・・・。」
そういうと、また上の空になる。
(これは、本当にアランフォードなのか?エリザベス侯爵令嬢であれば婚約者にも相応しい。だが、彼女には確か・・・。)
「侯爵令嬢には婚約者がいたとお「それは本当か!!!」・・・はい。」
カバッと勢いよく椅子から立ちあがたアランフォードの表情は驚きに染まっていた幼少期から感情を表情に出さないように訓練してきた彼らしくない反応である。しばらくすると項垂れて椅子に座った。
「・・・そうか。彼女は公爵令嬢だもんな。婚約者くらいいるよな・・・。」
そう言ったアランフォードの表情がとても苦しそうだった。ここまで感情を露わにするアランフォードは見たことがなかった。どうにかしてやりたい。たとえ婚約できなかったとしても・・・。
「今度お茶会にご招待してはいかがですか?婚約者がいらっしゃる方なので二人きりは厳しいですが、私と妹がいれば、大丈夫でしょうし。」
その提案を聞いたアランフォードは力なく笑い、しかし、よろしく頼むと頷いた。
だが、二人は気づいていなかった。二人が話している”公爵令嬢”と”侯爵令嬢”は違う人物であると言うことを・・・。




