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隻眼皇帝の一目惚れ  作者: ひよこ
7/11

07 月光

アランフォードは舞踏会から抜け出してきた。

シリルやアーネストと一緒にいたが、やはり人気のある二人だからダンスの申し込みが後を絶たなかった。二人のそばにいたら令嬢達も誘いにくいだろう。少し休憩してくると言って外に出てきた。舞踏会とはいわば婚約者のいない者が相手を探す場のようなものだ。今回開いた舞踏会も自分の婚約者を探すために父上が開いたようなもの。だが、実際にはキャンベル侯爵令嬢とダンスをしたきり。話しかけようにも目を合わせようとするだけで逃げ出してしまうので、流石に疲れてしまった。庭園に出ると月が夜空に輝き、そよそよと吹く風はとても気持ちがいい。

(この庭園には迷路がある。この時間なら誰もいないだろう。そこで一休みしよう)

アランフォードは足早に庭園に向かった。


この庭園の迷路はアランフォードにとって思い出の場所だ。初恋の君にあったのもこの場所である。

(あの時は、中央の噴水のところで、楽しそうに踊っていたな。噴水の水飛沫と揺れる銀髪がとても美しかった。)

アランフォードは迷うことなく噴水のある中央広場に歩を進めた。太陽の光に照らされ光り輝く銀髪も、澄んだ海のように自分を見つめてくる青い瞳もいまだに鮮明に覚えている。

(あの瞬間だろうな、俺が恋に落ちたのは・・・)

なんてことを考えている自分に少しの照れを感じ、誰もいないのに咳払いをして気持ちを落ち着かせた。

そして、角を曲がって噴水広場に入ろうとした時、アランフォードの目に一人の御令嬢が映った。その女性を見た時、アランフォードは息を飲んだ。

月光という薄ぼんやりとした中で、艶やかに光を反射して流れる髪。わずかに見えた横顔は微笑みを浮かべていた。その女性はまだこちらに気づいていないようで、小さく鼻歌を歌いながら、リズミカルにステップを踏みながら噴水の縁を歩いている。アランフォードは自分の鼓動が早くなっていることがわかった。なぜだろう。こんな気持ちはあの時以来で、自分が自分でなくなるような感覚に陥った。どれくらい時間が経っただろう。実際にはほんの数秒であろうが、その女性がこちらに気づいた。

「あら?こんばんわ。」

声を掛けられハッとする。月光に照らされながら歩いていた様子をもう少し見ていたかったが、声を掛けられたことで自分の心臓がさらに加速する。

「?こんばんわ?」

返事をしない自分に女性は再度挨拶をしてきた。

「!こんばんわ。」

「こことても素敵なところですよね。あなたも休憩にいらしたの?」

柔らかい話し方をする女性だ。薄暗い光の中で舞うチュールドレスが羽のようで、まるで・・・。

「・・・妖精だ。」

「え?」

「いや!失礼。」

最悪だ。思っていたことがつい口に出てしまった。その女性はアランフォードの発言に何も気にしていないようだったので安心した。

しばらく無言の時間が続いたが、女性がハッとしたようにその場を離れようとした。

アランフォードは思わずその女性の手を掴んでしまった。そのまま自分の手が届かない場所に行ってしまうのではないか。喪失感に囚われてしまったのだ。アランフォードは混乱した。自分は何をしているのか。初めて会った女性の手をいきなり掴むなんて。失礼いも程がある。謝罪をしなければ。でなけらば、この女性に嫌われてしまう。そこまで考えてアランフォードは自分の考えに驚く。

(なぜだ。なぜ、名前も知らない女性。それも会ったばかりの女性に嫌われたくないと考えるのだろうか)

自分の感情がわからなくなってしまった。いつもは冷静に物事を考えることができるのにどうして。

「あのー・・・。」

彼女の声にハッと顔をあげて顔を見る。青い瞳が海のようだと思った。

「あの、どなたかは分かりませんが、手を離してもらえますか?」

「!失礼した!」

アランフォードはすぐに手を離した。手を離したら逃げられてしまうのではないかと思ったが、彼女はその場にとどまり、アランフォードの顔をじっと見つめた。

思わず左手で顔を隠した。この醜い顔を彼女に見られてしまった。アランフォードは俯き、今更だが顔を隠そうとした。

(嫌われてしまった・・・。)

絶望。アランフォードの感情はそれだった。他の御令嬢のようにきっと彼女も恐れているだろう。

「その眼帯・・・。」

(あぁ、やっぱりだ。見られてしまった・・・。)

次に続く言葉を聞くことが怖い。聞きたくない。

「とてもおしゃれですわね!」

「え?」

彼女の言葉は自分が想像していたものとは全く違った。驚きのあまり、再び彼女を見る。

「やっぱり!一瞬しか見られませんでしたが、とてもかっこいいですわね!」

彼女はニコリと笑っていた。顔の前で合わせた両手のせいで顔が隠れてしまっているのがとても残念に感じる。

「あ!まだ名乗っていませんでしたね!私は、アリシア・クランシーと申します。」

そう言って淑女の礼をした。一つひとつの動作が美しい。クランシー公爵家の御令嬢、確か武術にも優れていると聞いたことがある。美しい上に強いのか。

心臓が脈打つ。自分も挨拶をしたいのに、言葉が出てこない。

無言を貫くアランフォードにアリシアは居心地が悪そうにモゾモゾし始めた。流石にこれ以上はまずい。自分も挨拶をしようとしたが、ふと頭の中に、自分が皇太子であると知られてしまったら彼女は萎縮してしまうのではないだろうか。そんな考えが浮かんだ。

「失礼。私はフォードと申します。」

嘘ではない。偽名として使っている名前だ。

家名を名乗らないことに疑問を感じているようだが、彼女は気にせずに言った。

「フォード様。今夜はお話ししてくださりありがとうございました。また、機会がありましたら、お話ししましょう。」

彼女、アリシアは淑女の礼をして立ち去ろうとする。二度手を掴んでしまう訳にはいかない。出しそうになる手にギュッと力を込めて思いとどまった。

「あぁ、また・・・。」

去っていく彼女の背を見つめる。途中、何かを拾ったようだが、彼女はこちらを振り返ることなく迷路に進んでいってしまった。

アランフォードは自分が夢の中にいるのではないかと錯覚していた。数分にも満たないわずかな時間であったが、今まで生きてきた中で最高の時間だった。アリシア・クランシー。いまだに彼女の姿を思い浮かべるだけで、心臓が脈打つ。アランフォードは自分の心臓が落ち着くまで噴水の音を聞きながら星空を見上げていた。

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