03 忘れてたこと
鳥の囀りが聞こえてきた。昨日の夜は遅くまで剣術の練習をしていたのにも関わらず、いつもと同じ時間に起きてしまった。毎日の習慣とは恐ろしいものである。確か今日の予定は何もなかったはずだ。侍女のナタリーもまだ部屋にこない。もう一眠りしよう。そう思って布団を被り直し、目を瞑った。
「おはようございます!お嬢様!」
顔を見ていないのに満面の笑みで言っていることがわかる声色で侍女のタナリーが部屋に入ってきた。
「お嬢様。まだ寝ているのですか?もう起きる時間ですよ?」
「・・・ナタリー。まだ眠いのよ。もう少しだけ寝かせてくれない?」
布団から目元だけ出し、ナタリーに伝える。
「ダメですよ。お嬢様。奥様から一緒に朝食をと言われています。」
「え?お母様が?」
「ええ、そうです。ですから、お早めに身支度を整えましょう!」
お母様によばれているのであれば仕方がない。渋々、布団から抜け出しナタリーが用意してくれた水で顔を洗う。
「今日は良いお天気ですよ!」
カーテンが開けられると一気に光が差し込んできた。いきなりの光に思わず目を瞑る。なぜナタリーはいつも一気にカーテンを開けるのだろうか。そう思うが、あえて言わない。ナタリーはアリシアのことをよく分かっている。ゆっくりカーテンを開けたら眠気に負けて寝てしまう。
「ナタリー。お母様の用事は何か知っている?」
のそのそとベットから降りながら尋ねる。
「え?お嬢様、今日が何の日か覚えていないのですか?」
「今日?」
今日の予定は何もなかったはずだ。退屈なお茶会もなければ、家庭教師が来る日でもない。何があるんだ。手を頬にあて頭をひねっていると、着替えの準備をしていたナタリーが驚いたような表情をしているのが分かった。
「ナタリーどうしたの?」
「まさかとは思いますが、お嬢様今日何があるか忘れてしまったのですか?」
「今日は何も予定がなかったはずだわ。何があるの?」
アリシアの言葉を聞き、ナタリーはさらに驚いた表情を浮かべる。そんなに変なこと言ったかしら・・・。
「・・・全く。本当にお嬢様には驚かされます。あれ程話題になっているのにも関わらずここまで関心がないなんて。」
「だから、何があるのよ。」
なかなか教えてくれないナタリーに少しむっとした。
「奥様に聞いて下さい。それよりも!早くお着替えしましょう!きっと皆様お待ちです!」
ナタリーは話を切り上げ、身支度の準備に取り掛かってしまった。小さい時から一緒にいるため、これ以上聞いても教えてくれないだろうことは容易に分かった。大きく息を吐き、アリシアも身支度を整え始めた。
食堂に向かうとアリシア以外の家族がもうすでに揃っていた。
「アリシア!おはよう!」
双子の兄であるエドガーが挨拶をしてきた。
「お兄様おはようございます。」
「今日は一段と綺麗だね。」
ニコッとエメラルドグリーンの瞳を細めてエドガーが言ってきた。今日はなぜかナタリーがいつも以上に張り切って準備をしてくれたのだ。
「アリシアおはよう。本当に今日は一段と綺麗だよ」
「おはようございます。お父様。お父様も今日は一段と凛々しくいらっしゃいますわ」
ジェームズ・クランシー。現公爵家当主であり、アリシアの父親。さらに帝国騎士団のトップであり、彼の剣術の力は帝国一と言われている。
「ありがとう。さぁ、早く座りなさい。朝食の時間としよう」
ジェームズにそう言われ、自分の席につく。しかし、お父様だけでなく、お母様もお兄様も今日は一段と支度に力が入っている。お父様に至ってはいつもの騎士団の服装ではなく、クランシー公爵家当主である正装を身に纏っている。
(なんなのでしょう。お父様が正装しているなんて、そんなに大事な用事があったかしら・・・)
疑問には思ったが、家族全員が談笑しながら朝食をとっている姿を見て、アリシアも深く考えずに食事をすすめた。
「ところで、アリシア?」
食後の紅茶を嗜んでいる時に母であるシルヴィア・クランシーが話しかけてきた。
「なんでしょう。お母様」
飲んでいた紅茶をテーブルに置き、母を見る。
「今日何があるか、覚えていますよね?」
ぎくりと肩が跳ねた。ニコリと笑いながら問いかけてくるシルヴィア。だが、目の奥は全く笑っていない。アリシアの様子を見ていたシルヴィアは笑みを浮かべたまま手を頬にあてた。
「アリシア?」
名前を呼ばれただけなのに冷や汗が流れた。怒っている。それを察してしまった。シルヴィアは普段はのほほんとしており、淑女の鑑として社交界で名が知られている。が、怒るとかなり怖い。静かに周囲の空気を凍らせて有無を言わせないのだ。なんと答えてこの場をやり過ごそうか。アリシアは必死に考えた。
(なんでお母様は怒っているの!?今日のこと?ああ!こんなことならナタリーに無理矢理でも聞いておくんだった!)
何も話さず、目線をあっちこっちに動かしているアリシアを見てシルヴィアはため息を吐いた。
「今日は皇室主催の舞踏会です。」
あ、そうだった。皇帝の婚約者を探すと令嬢達が噂していた舞踏会。興味がなさすぎて日付を忘れていた。
「その様子では、覚えていなかったのですね。」
「申し訳ありません。」
「今日の舞踏会で殿下は婚約者を探すようです。殿下の婚約者になれとは言いませんが、必ず。必ず参加しなさい。いいですね。」
「はい・・・。わかりました。」
この雰囲気ではノーとは言えないだろう。この母に誰が勝てるだろうか、たとえ殿下でも母には敵わないだろう。そんなことを思いながら乾いてしまった喉を潤すために紅茶を一口のんだ。
(舞踏会。空気になってやり過ごそう。はぁ・・・。憂鬱だな。)
ため息を吐きたくなる気持ちをグッと抑えるようにまた一口紅茶を飲み込んだ。




