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第三話 約束



「それじゃあ最近は春花が家事とかしてるんだ?

 小さいのに偉いなあ。穀潰し(ちさ)の奴にも見習ってほしいくらいっしょ」


「いやいや私なんか全然ですよっ。

 うちのおねぇ、ずっと引きこもってたせいで家事スキルだけは高いですからね。おねぇがやったらもっと早くきれいに終わりますよ」


「そうなん? あーしからしたら春花も十分手馴れるように見えるっしょ」


「えへへ、そうですか? だったら嬉しいです」

 

 キッチンで野菜を切りながら和気藹々と言葉を交わす春花となみ。

 時刻は5時過ぎ。一人で夕食の準備を始めた春花を見かね、既に今日分の課題を終えていたなみが手伝ってくれることになったのだ。

 二人の間にはまるで本物の姉妹のようなのほほんとした空気が流れていた。


 く、これが姉N〇Rってやつか。動け、動けよ俺の足。何でこんなところで立ち止まってるんだよっ。


「ほら、蓮花。また手が止まってる。

 そんなじゃ千沙にも抜かされちゃうよ~」


「そうよ、蓮花。もっと頑張って頂戴。

 あなたが駄目になったら私は誰に養ってもらえばいいのよ」


「ぐぅ」


 左右の莉々と千沙に詰められ、仕方なく目の前のプリントに目を移す。

 教えてほしいと言った手前、俺が手を抜くわけにもいくまい。ってか、千沙はまだ俺のこと諦めてなかったのね。

  

 今日の宿題もラストスパート。これが最後の問題だ。

 なになに、「各図の角度の時,sinθ,cosθ,tanθを求めなさい」か。

 辺の長さは5、12、13だからそれぞれーー


「よっしゃ、終了。これで合ってるか?」


「……うん、大丈夫そうかな~。

 良かった良かった。千沙みたいに壊滅的だったらどうしようと思ったよ~」


「今さらりとディスられた気がするわね。

 いいわね、もっと罵倒を頂戴っ」


 俺の回答を見て大きく頷く莉々。もう一人は……うん、ノーコメントで。


 学力的には莉々となみが上位層、俺と千沙が下位層。ただ千沙の方は進級すら難しいレベルらしい。

 子天ノ内高校に合格できたのもなみがつきっきりで勉強をみてあげた成果だとか。

 なみも「ほんと、勘弁してほしいっしょ」と嘆いていたけれど、それでも今も面倒を見ている時点で答えは出たようなもの。

 やはり百合は良いですなあ。……え、TS百合? あれは異端、ギルティよ。百合に挟まる男は死すべしっ。


「……それじゃ、私たちはそろそろ帰ろうかしら。

 家でなみの料理が待っているもの」


「だね。私も門限があるし」

 

「あ、そうか。……悪いな、こんな時間まで」


「ううん、気にしないで~。

 私も蓮花が誘ってくれて嬉しかったから」


 顔の前で手を振って、ほんわかと笑う莉々。

 後ろの方では「あーしも帰るっしょ、またね春花」「はい絶対に来てくださいっ」と春花が尻尾を振りながら(幻覚)、なみを見送っているのが見えた。


 俺のせいで色々と予定がずれただろうに、その余波すら感じさせなかった。ほんと俺にはもったいないくらい良い人たちだよなあ。

 三人の横に胸を張って立っていられるよう、俺も頑張らないとな。


「全部が終わったら、また泊りにでも来てくれよ。

 その時は色々とおもてなしするからさ」


「うん、楽しみにしてる」


「お、いいねっ。女子だけのお泊り会?

 あーし、蓮花の恋バナとか聞いてみたかったんよね」


「ふ、これで私の天下統一に一歩近づいたわね」


「……千沙、そんな大層なこと考えてたん?」


 わちゃわちゃといつも通りに騒ぐ三人。

 そんな彼らの前で、俺は来たる未来への約束を交わしたのだった。









「お疲れさん。おねぇ」


「おう、春花もお疲れさん」


 三人をバス停まで送ってきた後、キッチンで料理を進めていた春花と労いあう。

 友達が帰った後のこの疲労感と安心感は何なんだろうなあ。久しぶりな分余計そう感じるぜ。


「あ。折角いるんだし、俺も手伝うよ」


「そ? でも後は洗い物くらいしか残ってないよ?」


「まかせんしゃい。

 女の子にそんな冷たいものを触らせるわけにはいかないからな」


「おねぇも女の子じゃん」

 

「あー、俺は春花の姉だからな、うん」


 そういやそうだったと頬をかきながら春花の横、流し台の前へ。

 俺が譲らないことを悟ったのか、春花が若干不満そうに作った料理にラップを張り始めた。


「……みんな、良い人たちだったね。

 ほんと、おねぇが誰かに騙されてるわけじゃなくて良かったよ」


「だろ? 

 これはあれだな、俺レベルになると莉々たちみたいな聖人が向こうからやってくるってやつだな」


「……うん、そうかもね」


「おお?」


 春花の意外な反応に思わず声を上げる。

 

 てっきり「おねぇは神の奇跡に感謝すべきだよね」とか突っ込んでくると思ったのに、まさか普通に乗ってくるとは……。

 な、なんかすごく恥ずかしくなってきた。なるほどこれが新手の拷問か(違う)。


「おねぇはさ、やっぱり変わったと思うよ。

 最近の追い込み具合はちょっと心配だったけど、それもなくなって……今は昔のおねぇみたい」


「……そうか」


 昔、まだ俺が自信に満ち溢れていた頃。

 俺と春花の関係は全くの別物だった。いつも俺の後ろを付いてきたり、一緒の布団じゃないと寝れなかったり、俺がやることを真似したり。多分世間一般から見ても仲が良い兄妹だったと思う。

 それでも次第に、特に俺が引きこもってからは急速に二人の距離は離れていって、ついには顔を合わせれば軽口を叩きあうようになった。


 もしそれが修復されかけてるっていうんだったら、そんなに嬉しいものはないな。

 まあ今みたいな関係も結構好きなんだどさ。

 

 二人に降りる沈黙。

 流石に気恥ずかしくなったのか、春花がこほんと咳払いして話し始めた。


「なんか誰かと戦うんだっけ?

 頑張ってね。もし負けたりしたら絶対に許さないから」


「分かってるさ。春花の姉として、ちゃんと全部終わらせるよ」


「ん、それならよし」


 わずかに赤くなった春花の耳。

 それを出来るだけ見ないようにして、俺はただ食器を荒らす手を動かした。


 そーいや、魔女を倒したら俺のTSも解けるんかね?

 クロの話だと俺が女になった説明はつかないし……後で聞いてみるか。



 と、そんな風にみんなと過ごしながら一か月が過ぎてーー決戦の日がやってきた。



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